叛逆の始まり④
「…………ふぅ」
局は、肩まで湯船に浸かり、体に溜まっていた悪い気が口から吐き出された。
セイナに「一緒に入ろう?」と誘ったものの、見事に振られ、恥ずかしがり屋だなと思いながら、結局、局は一人で入ることになった。
しかし、それもいいものだ。お風呂というのはプライベートな空間で、たとえ恋人であっても入って欲しくないと思うときがある場所なのだ。
しかし、それでも頭に思い浮かぶのは、恋人のことなのだから、不思議だ。
天井に昇る湯気を眺めながら、頭の中で今日の高氏の姿を上映する。
頼りなく微笑む姿。
その可愛い微笑みに、つい見蕩れてしまい、喋るのも忘れてしまう。
蒼白な顔で涙目になりながら弱気になる姿。
高氏は、男として、そんな姿を見せていいのかと、否定的に思うが、局はそう思っていなかった。
そういうとき、高氏はいつも局を求めていた。「自分が求めらている」という実感が、局に、愛情を確認させて心の安定をもたらしていたのだ。
偽物の自分を肯定し、受け入れてくれた高氏の恩は、一生返せるものでもないし、何より、その優しさこそ、局が高氏に惚れたポイントなのだ。
「さてと……長風呂は禁物と」
局は、湯船から出て、体を拭いてから、お風呂場を出た。
そこから、彼女の記憶は、シャットアウトされる。
▷▷▷▷
「どういうことだよ……?」
義貞が声を漏らす。
直義と義貞が佐々木に連れられてきた先は、六波羅探題が運営する病院。しかも、その中の重症の患者のための個室である。
二人の目の前に映ったのは、ベッドに横たわった兄、高義の姿だった。
しかし、その姿は、いつもの活発さや力強さのない、体は痩せこけ、顔は青白く、目の下には濃いクマがあった。
「おい……! な…………」
「何があったのか教えろォォォッッ!!!」
短気な義貞を差し置き、いつも冷静な直義が佐々木の胸ぐらを掴み、鋭い眼光で睨みつけ、怒鳴り立てた。
義貞も、直義の変貌ぶりに驚き、怒りが溢れそうな口をつぐんだ。
佐々木は、つま先立ちになりながら、無言のままだ。しかし、その表情には、悲哀と懺悔が深く刻まれていた。
「落ち着いてください! 何のために、この部屋を薄暗くして、防音装置を置いているのか考えてください!」
たしかにこの部屋は、電灯をつけても月の光ぐらいしか明るくなく、ベッドの四つ角すべてに置いてあるのは、ベッドの外からの雑音を防ぐシールドを貼る装置である。
もちろんカーテンは閉まっており、よく見れば、この病室の扉も防音扉だ。
その他にも、視認できないが、外から光や音を遮断する機器の数々が、この部屋には存在する。
「今の高義さんには、少しの光や音の刺激で、体にさらなる不調をきたす場合があります。だから、この部屋では静かにかつ落ち着いた行動をしてください」
直義の握力がなくなっていき、掴まれた胸ぐらが開放される。
踵を地面につけて、眼鏡を上げてから、佐々木は語り始めた。
「まず言えることは……高義さんの命があと少しということです……」
「なんで……兄ちゃんはそうなったんですか……」
佐々木が息を吐いてから、言葉を出した。
「それは…………」
しかし、それは遮られた。
そのとき、病室の扉が開いた。
「大変です! 佐々木様! 局様が!」
白いワイシャツ、赤く六つのバツ印が刻まれたネクタイ、黒いズボン。
それは、六波羅探題の制服を着た、佐々木の部下であった。
「局さんがどうしたんだ!?」
義貞は、その部下に問いかけた。
彼は答えた。
「局様と、同部屋のセイナ様が……ホテルから姿を消しました……」
「何!? 佐々木さん、早く行……!」
直義が佐々木のほうへと振り向くと、佐々木は、無線イヤホンに耳を傾けていた。
イヤホンにかざしていた右手を静かにおろし、佐々木は言った。
「四条御所で、土岐頼兼らが反乱を起こしたらしいです……」
そして、加えてこう言った。
「しかも、若い女性と小さい女の子を人質にだそうです……」




