叛逆の始まり
タン、タン、タン、タン……。
淡い水色のシャツに、黒いスーツのズボンというまさにクールビズの格好の男が、革靴で綺麗な音をたてながら、路地裏を歩いている。
その格好は、サラリーマンが多い都会では、ありあふれたもので、違和感はないが、わざわざ路地裏を歩いているという点に違和感が存在した。
換気設備で吸収された室内の悪い空気が排出される路地裏は、異臭で満ち溢れており、会社仲間や客と接するサラリーマンは、臭いを気にし、ここを通らないからだ。
貴族が最も多いこの都に、そのマナーを守らないものなど、不良ぐらいか……いや、不良ですら、女にモテたい一心で香水をつける。
何が言いたいかというと、彼がこの都の者ではなく、不法侵入した者なのだ。
このビル街は、信号機やら電柱やらに防犯カメラがいくつも設置されており、それに撮られた顔はすぐに正式に壁の中に入った者なのか診断される。
しかし、そのカメラの性能では、マスクなどで顔を覆われると本人かどうか認識が不可能なため、マスクをしていると直接警察に確認されることもある。
きっと、彼はそれすら避けるためにこのような路地裏に来たのだろう。
だが、その発想自体が彼の疑惑をさらに深めているわけだ。
間者の経験があるボクにとっては、彼のような素人を見抜くことは簡単だ。
だから、カマをかけてよかった。素人なら、京のマナーも知らず、この路地裏に入るとは思っていたからね。
とりあえず、話しかけようとしましょうか。ボクは彼を待っていた。
何枚もの彼の写真を見て、特徴を知りつくしたボクには、彼が今のようなマスク姿で伸ばした前髪で目がほとんど隠れている状態でも、彼だと判断できる。
ボクはすぐに彼の背後に近づき、話しかけた。
「すみません、土岐頼兼さんですね?」
彼は、いきなりの呼びかけに、猫のように毛を逆立て、 ボクのほうに振り向く。
まるでオバケを見るような目で、ボクを見た。
「ち、違いますがッ!」
「安心してください。ボクはあなたの味方です」
「味方……?」
ボクはさらにカマをかけてみた。
「帝からの使者です」
「はぁ……驚かせないでください。人目につかぬように神経を使っているのですから」
彼は、硬直していた肩の力を抜き、引きつった声も、元の低い声に戻した。
分かりやすい人だ。帝からの使者というのはもちろん嘘で、神経を使っているなら、ボクの言葉の真偽を見極めて欲しいものだが……。
彼の努力も虚しく、彼、土岐頼兼、と多治見国長が、六波羅探題襲撃のために、この京に入っていることは、ボクの知るところになったわけで、もちろん六波羅探題も把握しているだろう。
彼らが討伐されるのも、時間の問題だ。
やはり、帝はこの件に関わっている……。その事実を知っただけでも、彼の利用価値はあったが、ボクにはある妙案が思いついていた。
このまま、何もせず捨てるには惜しい駒だ。ちゃんとボクが酷使してから捨てないと、この捨て駒が可哀想だ。
ボクは、その妙案を彼に伝えた。
「実は…………」




