壁の向こう⑦
何が起きてるんだ……?
死体には、ハエがたかり、ハゲタカも襲っていた。
この壁の向こうの京に行こうとして、その願いが叶うことがなく、生命を散らした者たちだろうか。
血の引いた灰色の肌、ほとんどない肉、そして僕たちのと違い質の悪い服……。
僕は、この日本の経済格差が大きいことを知っていた。貴族、武士は、それなりの地位になることができるが、平民は、違う。
だから、平民の中では、いわゆるホームレスとして生きている人たちが大勢いるらしい。
しかし、それは「知っている」だけで、「理解している」わけではなかったんだ。
きっと、彼らは今の貧しい暮らしを抜け出し、京を求めてこの森にやってきた。
しかし、そこには壁にあり、この大きな森から抜けることもできず、朽ちていった……。
「うぅッ……」
今にも吐きそうになってきた。腐った臭いが鼻を劈く。
そして、一人の屍、いや、屍になりそうな体が匍匐前進で、僕のほうに向かってきた。
「た、す、け、て……」
あっ、あっ、あっ、あぁぁあぁぁあああああぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!
僕は慌てて、踵を返し、再入場証のコードを電子機器にかざす。
早く読み取ってくれ! 早く読む取ってくれ!! 早く読む取ってくれ!!!
そして、「ピー」と読み込まれた音が鳴り、扉が開いた。
すぐに僕は、中に入り、出口に向かって、全速力で走る!
後ろを振り向くこともなく、ただただ前に向かって、走った!
「た、す……」
何も聞こえない! 何も聞こえない!! 何も聞こえない!!!
僕は、息を止めて、拳を力強く握り、体をさらに前に倒して走った!
はぁ、はぁッ、はぁ、はぁッ!
そして、気がついたら、光が視覚を刺激し、僕は、京に戻っていた。
「大丈夫ですか!? 一体何が!?」
「うぅえぇぇぇぇぇ」
僕は、少し胃液を吐き出した。 それに一体何があったのかと、門番が疑問に思っていた。
もしかして……彼らは知らないのか? あの壁の向こうの現状を?
彼らも、きっとどこかの武士の一族。裕福な日常を送っていった人たちなのだろう……。
だからといって、だからといって……すぐそこの現状を知らないというのは、どうなのだろうか?
その事実を目の当たりにし、僕はさらに気持ち悪くなった。
僕も人のことを言えない……。彼らよりも裕福な日常を過ごしていて、彼らの現状を理解していなかったし、知っていても気にしてすらいなかったのだ。
この憤りはどこにぶつければいいのだろう?
幕府? 皇族? それとも……僕ら、武士?
これが、日本の現状……本来の姿……。
こんな大きな間違いを犯している国……それが日本……。
恐怖で体が震えていた……。
僕は、小さく呟いた……。
瀕死の彼らのように……。
「助けて……高義兄さん……」
この京のどこかで仕事に追われ、いつも僕の味方で、僕を守ってくれた兄の名を……。
▷▷▷▷
「弟さんたち、到着しました」
佐々木は、部下に高氏たちの荷物を任せた後、六波羅探題直轄の病院に来ていた。
「それにしても、大きくなりましたね。もうすっかり大人ですね」
「…………」
「でも、心配なんですよね? 彼らのことが」
「…………」
「彼らのことは任せてください。だから……」
「…………」
「今は、自分のことを考えてくださいね……」
佐々木のいる病室のベッドでは、やせ細り、点滴を打ち、マスクをつけている高義が横たわっていた。




