壁の向こう⑥
「そうそうそう。よくボクの『今の』名前知ってたね」
「なんとなく情報は入ってきたからね」
「流石に、腕はなまってないか……。伊賀から、離れてから、そういう仕事からも離れたんじゃないかと思ったんだけど」
「正成こそ、知ってるでしょ……あたしのこと」
「まあ、お姉ちゃんとは、二年間、一緒にいたからね」
「あたしにとっては、黒歴史だけどね……」
正成とは、昔、伊賀で共同生活を送っていた。
伊賀といえば、言わずと知れた諜報機関が多く存在する地域で、あたしたちは、そこで諜報に必要な技術を学んだのだ。
そこにいる人たちの名前は、どれも偽名であり、あたしたちは互いの本名を知ることはなかった。
というのも、次に敵として会ったときに、同情や躊躇いもなく相手を殺すためだ。
でも、正成は違った。
正成は、生まれは河内の国で、「今の世には、武芸以外の技術が必要」という彼の父親の方針の元、「体験入学」として、やってきたのだ。
そのとき、正成が七歳だから、あたしは十歳だった。
あたしたちは、伊賀で生を受け、いわゆる間者になることが決まっていた。
けれども、正成は、間者ではなく、楠木家の当主つまり悪党の頭領になることが決まっていた。だから、彼はあたしに本名を名乗って、接してきた。
それが新鮮だったあたしは、さらけ出すことは職業上できなかったが、他のやつらよりは、心を開いて正成と関わってきた。
それに、全寮制だった、その小学校で、あたしは好成績を残していたため、正成と同部屋になることを頼まれたのだ。
それから二年間、彼と同じ部屋で、生活をした。
「お姉ちゃんとの二年間は、思い出深いよ……あの頃から、お姉ちゃんはかっこよくて、男らしくて、美しかった」
「とんだ過大評価をもらってるけど、あたしは、そんなんじゃないよ」
「今では……ね」
正成は左右の口角を広げて言う。
「もう怒らないんだ……『お兄ちゃんって言え』って……」
▷▷▷▷
はぁ……はぁッ……。
ダメだ、見つからない。
僕はあれから二十分以上探しているが、まるで見つからない。
さっきいた人混みをも超えて、僕は今壁の真下にまで来ている。
近くに来ても、その大きさには唖然とし、手で触れただけでもその厚さが分かってしまう。
すると、その壁の下に穴を見つけた。
それほど大きくないが、子どもなら、一人で入れそう……。
そのとき、僕は思い出した。
彼女が壁の向こうに興味を示していたことを。
僕は、慌てて、その穴のほうに近づくが、やはりそれは僕が入れる大きさではない。
仕方なく、僕は、ここから一番近い門に向かった。門番の方に、再入場証を発行してもらえば、もう一度外に出ても、再入場できる。
僕は急いで、事実を述べ、再入場証を手に入れた。
そのまま、急いで、壁の向こうへ向かう。
そこは薄暗く長い通路の先には、微かながら光が指してきた。
その光が段々と強くなっていく。
そして、僕の体が光に包まれたとき……。
目の前にあったのは……。
「ぅぅ……た、す、け、て……」
地面に這いつくばった屍……そして、今にも死にそうな骨と皮しかない、見るに耐えない姿となった人間たちがいた……。




