六波羅探題⑤
「おい!」
義貞が、路地裏に入った途端、荒らげた声を上げる。直義も、容赦なく眉間にシワを寄せ、佐々木を睨みつける。
「どういうことですか、大仏さんがいないときに、俺達を京に送るなんて……」
冷静に質問しているが、その声は、満ちあふれた怒りを隠そうとするように聞こえる。
「そうだ! 教えろ!」
「落ち着いてください、二人とも……」
佐々木もさっきよりも低い声で、答える。狐のように細い長い綺麗な目も、開き、そこには、狂気すら漂う。
その狂気に、義貞も直義も体の震えを感じた。
「さっきから、隠せたつもりですか? 私のほとんど開いてない目で見ても不自然でしたよ」
「「うッ」」
直義が「やっぱりかぁ」と小さく呟く。
「もしかして、『あのこと』を知ってしまったのですか……?」
「はい……」
直義はそれを言うことをためらったが、義貞はストレートに言った。
「本当か? 尊治王が幕府に敵対しようとしているのは……」
尊治、この国の王であり、絶大な力をもつとされる人物である。
あくまで都市伝説だが、この国の実質的な支配者である幕府を恨み、幕府転覆を目論んでいるとされる人物だ。
「さぁ、どうなんでしょうか? 私には真実は分かりません。証拠もないですしね……でも、この京に今までと違う、不穏な空気が流れ込んでいることはたしかですね」
二人はその言葉を聞いて黙り込んだ……。
直義が恐る恐る聞いてみる。
「佐々木さん、これはあくまで俺の予想なんですが……。
幕府がこのタイミングで、俺らを京に送ってきたのは偶然じゃないと思うんです。
もしも、都市伝説が本当のときのために、剣舞大会で好成績を残した俺ら、特に兄貴を京に送ることで、皇族への布石としようとしている。
そして、大仏さんを幕府に呼んだのは、大仏さんという貴重な人材を維持するため……いや、というよりむしろその重要人物がいないこの状況を囮にして、京に反逆者を呼び込もうとしているのではないか。
そう考えてならないんですよ……」
佐々木は、頷きながら言葉を返す。
「私も同意見です。いや、正確には、少しちがいますが……」
「少し? どこがですか?」
「きっと、『彼』が望んでいるのは、私たち源氏の血を引く次期当主候補を一掃することでしょう」
二人の顔がより一層険しくなる。
『彼』、その指示語だけで、二人は誰だか分かったらしい。
「あの、ジジィッ!」
義貞は、拳を壁にぶつける。歯ぎしりが加速し、怒りをあらわにする。
「やはり……円喜の企みか……」
直義の呟きが、地面をさえずり渡る。
長崎円喜。幕府の政治の全てを司り、実質的な幕府の権力者。
そして、源氏を誰よりも毛嫌いする男である。




