六波羅探題
プルルルル、プルルルル……。
「もしもし、父さん? ボクだけど、そろそろ京に着きそうだよ」
「おー正成か……そうか、それはご苦労……。また、お前の声が聞けて嬉しいよ」
その言葉がオーバーに聞こえない状況にいることに、まだ実感はない。
実際、このまま、実家に帰るという選択肢を取れば、命を失うことはないのだから。
しかし、ボクはその選択肢を取ることはない。
どう考えても間違っているものを正したい。
その願望は、生きたいという欲望よりも深く、強い。
こんなことをしても、歴史に残ることはないだろう。でも、それでもいい。
こんなのはわがままだろう。
でも、いいじゃないか?
ボクのわがままは、ボクしか聞いてもらえないのだから。
「ところで、帝の動きは……?」
「お前の言う通り、畿内地域の食料や武器の流通が増えた。きっと、どこかの御家人か悪党かが、帝の密書により、反乱を起こそうとしているのだろう」
これはボクの読み通りだった。
ボクら、悪党は、輸送を生業としている。
ヴァサラの力を悪い方向に使う者もいるので、それに対抗するべくボクら、悪党が輸送車を護衛するのだ。
だからこそ、ボクらは、流通に敏感で、それによって、何が起きているのか、起きようとしているのか、が分かってしまうのだ。
きっと、食料と武器の流通が増えたということは、戦に備えて食料と武器を溜め込もうとしているのだろう。
このまま戦となれば、京は、がら空きになる。
そのときに、六波羅探題に攻め込めば、倒幕のための大きな一歩となるだろう。
しかし……
「そういえば、こんな情報が入った」
父さんの声が低くなった。
「足利の息子たちと、新田の息子が京に向かっているらしい……」
足利、新田……この両家は言わずと知れた名門で、この前の剣舞大会から、この国に、足利高氏、足利直義、新田義貞の名前を知らぬ者はいないだろう。
義貞の速攻は、天下一品で、その上逆境に強いのが彼の特徴だ。
真っ向からぶつかって勝てる者など、この国に何人いるのだろうか、分からない。
直義の堅守は、いかなる攻撃も防ぐ。もしかしたら、核爆発をも防げるかもしれない。
彼の盾を砕くものはいないだろう。
そして、高氏……。
彼は、無敵だ。
勝てる者などいない。
あの大会の中継を見て、全国の人がド肝を抜いた。
桁外れ……天才をも超えて神才とも呼ぼうか……。
そんな三人が、ボクと同じく京に向かっている……ということは、彼らはボクの一番の脅威となるだろう。
そう考えたら、段々と、実感が湧いてきてしまった。
「大丈夫か?」
「心配症だな、父さんは……」
でも、心配して当然か……。
「生きて帰って来いよ」
その言葉がボクの胸を刺す。
そんなの…………。
「じゃあね」
ボクは、端末の通信を切った。




