Blue Scream⑤
「消す!? なんで!!?」
「だってそうでしょ? 私は死んでいるべき人間。こうして一年以上も生きながらえているのはおかしいの」
「でも…………」
「神様に逆らうことなんて私にはできない。今までの人生は十分に楽しかった! もう十分だから……」
彼女は明るい表情を見せたが、口から吐き出す言葉、声は悲しみに溢れていた。
僕には彼女を消すなんてことはできない。
折角もらった命だから、もう一度生きればいいと僕は思った。
でも、そうはいかないことも理解していた。
人間は神ではない。
入ってはいけない領域っていうものがあるのだ。
そして、彼女もそれを望んでいる。
僕には一つしか選択肢がなかった。
「分かりました。あなたの望みに従いましょう……」
そう言うと景色が一瞬にして変わった。
慌てて僕はあたりを見合わす。
満天の星空、僕と玲さんを守る屋根、ペンキ塗りたてのベンチ……これは、病院の後に行った公園そのものだった。
「行くよ」
玲さんは木製の机に鍵盤を映し、弾いた。
あのときと全く同じように。
▷▷▷▷
曲は静かな滑り出しをする。
ゆっくりと流れる川のようなリズムは、のどかな日常を表していた。
その内、音は高く、リズムは速くなり、華やかで楽しい時間がやってくる。
この上ない幸せに、心踊っているような感じがした。
だが、それもつかの間、音は低くなり、幸せな時間に暗雲が立ちこめる。
悲しみだ。涙という雨が激しく降っていく。
黒い雨が自分を濡らして、汚していく。
音は激しく、リズムは速くなっていく。
勇気だ。その雨の中を突き進み、怖くても、逃げたくても勇猛果敢に進んでいく。
そして、雨は止み、雲は割れ、そこから日差しが射してくる。
今までのを乗り越えて、新しい自分へと生まれ変わった。
なぜ乗り越えられたか?
それは彼が叫び続けたからだ。
楽しいときも悲しいときも、いかなるときでも叫び立ち向かっていった。
その勇者は疲れたのか、ゆっくりと目蓋を閉じ、安らかに眠る。
▷▷▷▷
そこでこの曲は終わった。
弾き終わった後の彼女は、汗だくになっていて、それでも綺麗だった。
僕はあまりの迫力に心撃たれ、夜中なのに大きな拍手をした。
「ありがとう。最後まで聞いてくれて……ってあれ?」
彼女は僕の顔を見て驚きの表情を見せた。
「どうして泣いてるの?」
「え?」
気がつくと僕の目から涙が綺麗な直線を描いていた。
僕は鼻をすすりながら答える。
「つい感動しちゃって」
僕自身、曲を聞いて泣くのは初めてである。
それほどの衝撃がこの曲には含まれていた。
僕は涙がを拭きながら、質問する。
「この曲の題名はなんですか?」
「題名は決まってなくて……そうだ! 高氏くんが決めてくれないかな?」
「僕が!? 僕なんかじゃ……」
「いや、高氏くんじゃなきゃダメなの!?」
「そうですか……」
僕は真剣に考えた。ここまでの名曲を汚すような名前をつけるわけにはいかない。
題名だから、それだけでどんな曲なのか分かったほうがいいよな。
この曲は、突然現れた非日常に立ち向かう勇気のことを謳っている。
それは特別な人なんかではない。青春を送る全ての人に言えるのではないのか?
受験や、告白、大会……学生には突如訪れる戦わなければいけないときがやってくる。
全て自分の意思で戦うわけではない。そうせざるをえない状況に誰しも陥ってしまうのだ。
そこに心折れる者、諦める者もいるだろう。
でも、勇者はそれを乗り越えた。
その勇者の心情、叫びをこの曲は表現している。
若者の「青い叫び」を表現しているのだ。
ん? 「青い叫び」? これだ。
「『青い叫び』っていうのはどうでしょうか」
僕は恐る恐る聞いてみた。
すると、彼女の顔がパッと笑顔になった。
「『青い叫び』か……いいね! そうだ! それにしよう!」
彼女が気に入ってくれて、僕は一安心する。
彼女は何回も「青い叫び」と口に出ししっくりしていることを確認する。
すると彼女が一言。
「『青い叫び』って英語にすると、『Blue Scream』だね」
と言った。
僕は、『青い叫び』より『Blue Scream』のほうがしっくりくると思った。
「『Blue Scream』いいですね! そっちにしましょう!」
「えっ!? でも、折角、高氏くんが…………」
「いいじゃないですか? 僕と先輩で協力して作ったんですから」
「そう? ならいいかな」
彼女の笑みが星よりも街灯よりも僕を照らしてくれた。
その笑顔は、僕の傷をいち早く治癒してくれた。
その笑みに、僕は惹かれた。
その笑みは、僕に、僕の心の声を、告白させた。
「先輩……僕、先輩のことが好きです!」
いきなりの告白に先輩は戸惑った表情をした。
「いきなりですみません。でも、これが本音です! 僕と付き合って下さい!!」
僕は頭を下げた。
流れ星にもしないくらい、叶えたい願いだ。
彼女に迷惑なのかもしれない。困らせたかもしれない。でも、それが本音だ。僕の心だ。
この願いは絶対に成就させたい。
しかし、彼女の返事はこうだった。
「ごめんね………。
そういう目で見てなかったんだ…………。
本当にごめんね……………………………」
彼女は急いでその場を去ろうとする。
その後ろ姿を僕は黙って見るしかなかった。
「あのときは」である。
二の舞なんてうんざりだ。
僕は彼女を追いかけて、後ろから抱きしめた。
彼女の震えが全身に伝わっていく。
「あなただったんですね。あの曲を作って、僕に演奏してくれたのは……」
ついに分かった。初めて会ったときと二度目に会ったときの局先輩の違和感に。
初めて会ったとき、演奏していたのは、安田玲さんだったんだ。
そして、最後会ったときに演奏してくれたのも彼女。
だから、ピアノに演奏しているときの彼女と、それ以外での彼女に違和感が生じたのである。
「私もね。
あなたのことが好きだったの。
ずっと前から。
コンプレックスに立ち向かうあなたを応援したくなったの。
その努力が報われますようにって、この曲を作ったんだ。
ありがとう。
止めてくれて。
嬉しかったよ。でも、行かなきゃ」
彼女は少しずつ光の粒となって消えていく。
その光の粒は、僕の中へと入っていく。
「行かないでください!
もっと話をしましょうよ!!
もっと曲をつくりましょうよ!!!
なんなら僕が成長する姿を最後まで見送ってくださいよ!!!!」
彼女は僕に振り向き、あの笑顔を見せた。
「大丈夫。
私はあなたの中で生きるから。
そして、私が消えても『Blue Scream』は残る……それを聞いて私を思い出してね」
そういうと彼女を構成していた光の粒は、散乱し、僕を包み込んだ。
それは、涙でいっぱいの心を、温めてくれた。
▷▷▷▷
気がつくと僕は玲さんの胸元にヴァサラを当てて吸収していた。
赤いゲージは0%となり、玲さんは地面に倒れ込んだ。
僕は虚無感を抱えながら膝をついた。
目の前が涙で歪んで見えた。
彼女とは実質二日間しか関わることができなかった。もっと時間が欲しかった。もっと違う出会いをしたかった。
そんなことを愚痴ったところで、神は僕の言うことを聞いてくれない。
それが……本当に……本当に…………悔しかった…………!
すると、僕を温かい手が包んでくれていた。
それはさっき倒れ込んだはずの彼女だった。
いや、正確には違うのだろう。
「局先輩?」
「そうだよ」
「局先輩……僕ってやつはッッ……!」
「自分を責めないで。私にも責任がある」
局先輩は力強く僕を抱きしめる。
「彼女のために、泣いてあげて」
僕は局先輩の胸で声を上げながら泣いた。
玲さん、現実は厳しいね。
乗り越えたのに、生まれ変わるどころか、子どもみたいに泣いちゃってるよ、僕……。
玲さんを吸収したヴァサラは、灰となり、僕の手からすり抜けていった。




