Blue Scream
「皆さん、午前の部をご覧いただきありがとうございました。これより三時間ほど時間が空いてから午後の部、決勝戦を行います。それまで…………」
女性の声の落ち着いたアナウンスが場内に流れる。なんでこんな情のない争いを見ておいて、そんな冷静でいられるのだろう。
僕なら憤りに耐えられなくなり、らしくない猛々しい声が出てしまうと思う。
いや……思っていたか……。
僕は彼女と違い傍観者ではなく当事者だ。
この手で人を傷つけてきた。
心も体も…………。
僕だって傷ついている。
だからどうした。
僕の気持ちなんてどうでもいい。人を傷つけたという結果が大事なんだ。
でも、こうしなければ、もっと多くの人々が傷ついてしまう。犠牲者は少ないほうがいい。僕がこうするのは当然のことじゃないか。
それは僕が正しいと思ってることにすぎない。もっと良い方法があるかもしれないのに、僕は思考停止した。逃げたんだ。
逃げた? 僕に逃げる場所なんてどこにあるんだ!? 僕はどっちに動いても地獄に落ちなきゃいけないんだ!
そうやって、自分を悲劇の主人公みたいに思うのが、僕の悪い癖だ。自分を美化して何が楽しい?
美化じゃない! 事実だ! 僕はこうも苦しんでいるんじゃないか!
そうやって、苦しんでいる自分を肯定しているんじゃないか?
違う!
僕は周りの人が傷つくのを見て「自分が傷つくこと」が怖いんだ。僕は結局自己中心的な人間なんだ。
違う!!
そうして最後に自分の弟に手をかけた。
違ッ…………………………………………。
いきなり目の前に横たわった直義が現れた。
そして、僕の手を見ると…………ルージュのような紅色に染まっていた…………。
あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁあ゛ぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッぁぁあああ゛ぁぁぁぁぁぁああああ゛あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「大丈夫だよ」
気がつけば僕は自分控え室で、体育座りで涙を流していた。
その僕を、加賀が優しく温かな手で、包んでくれていた。
「……何、勝手に人の部屋入ってんだよ…………」
「扉ノックしても返事しないし、中に入ったら誰かさんが辛そうにブツブツと言ってるからだよ」
僕の強がりに、いつもの反論を、囁いてくれた。
その対応が、僕は沼の底から引っ張り出す。
少しずつ、心も呼吸も落ち着いてきた。
「ごめんな……」
感謝よりも先に僕が放った言葉は、謝罪だった。
いつも僕が辛いとき、加賀は助けてくれる。今回の一連の事件も加賀のおかげで立ち向かえた。
でも、僕には大きな罪悪感があった。
「ごめんって、なんで?」
「僕が一人で抱えるべき問題なのに……何もかも加賀に任せちゃって……」
「何言ってるの? 今回も、今までもそう。私が勝手に首突っ込んでるだけなんだから、高氏は謝る必要はない。謝らなければいけないのはあたしの方だよ」
「それに……こんなみっともない姿見せちゃって……」
「こうしてるんでしょ? こうすればあんたの泣き顔なんて見えない。それにみっともなくないよ」
たしかに加賀は、僕の肩に顎を乗せて包んでいるため、僕の姿を見ることはできない。
だけど、僕を抱きしめることで、僕の悲愴的な感情を感じてしまうはずだ。
まるで、それが僕の悲愴を自分に共有しようとしてくれてるように見えて、また、実際に僕の心を閉ざしていた氷河が溶けていく感覚があった。
僕は泣き止んでから、加賀に言った。
「で、どうしたんだ? 僕の部屋に来て」
「お願いがあるの」
「お願い?」
「次の試合、なるべく長引かせて欲しいの?」
「なんで?」
「時間稼ぎよ。それが必要なの……」
次の言葉に衝撃を受けた。
「局先輩を助けるには……」
え? 局先輩?
「だって、局先輩はいないって……」
「詳細は後で教える……今はお願いを聞いて……」
僕はこれ以上言及しなかった。恩人である加賀のお願いを断る権利など僕にはないのだから。
「分かったよ」
「ありがとう」
加賀は僕の肩から顎をどかす。
そして、加賀の左肩は僕の涙で濡れていた。
「じゃあ、私行くから」
と、加賀は僕に背を向けたが、「あっ、いけない、忘れてた」ともう一度僕に振り向くと、「壁のほうに向いて」と僕に指示した。
その指示通りに僕が加賀に背を向けると、バチッと大きな音がした。
そして、激痛が僕の背中に走る。
「痛ッッ!!!」
加賀の方に向くと、加賀の右手の手のひらが真っ赤になっていた。
それで、僕は加賀に張り手をされたのだと気づいた。
「何すんだよ!?」
「気・合・い」
「可愛くねぇよ!!」
加賀は「じゃあね!」と元気よく言葉を発して、部屋を出ていった。
それを見送ったあと、僕は自分のヴァサラを強く握った。
「局先輩…………」
僕には逃げ場がない。周りは壁だらけである。でも、その壁の先には楽園が待っている。
加賀は僕にそれを伝えて楽にしたかったのだろう。
この困難を越えれば、もう一度、灰色だが幸せだった日常に戻れる。
そう思うだけで、僕は下に向いていた顔を前に向かせることができた。
ありがとう…………加賀。
僕は、僕のやるべきことをするよ。
▷▷▷▷
「続きまして青コーナー! コイツに勝てるやつはいるのか? 最強無欠の男!! 足利高氏ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!」
会場は決勝とだけあって今まで以上の大歓声に包まれていた。
短時間で、グラウンドは元通りになっており、鎌倉幕府の科学技術に素直に尊敬した。
その地面を踏み出す先に、彼、安田一親がいた。彼のバトルスーツは、灼熱の太陽のように赤く輝いていた。
立ち位置について、彼のミラーシールドを見ると、悲愴感や哀愁など全く感じない凛々しい姿の僕が写っていた。
初めて見たその姿に、僕は自分の覚悟の大きさを確認できた。
目を閉じ、深呼吸をする。
心臓の音がダイレクトに僕の脳内に響き渡る。
そして…………「始めッッ!!!」と、合図が鳴った。
僕は覚悟を決めて、目を開く。
その先のハッピーエンドを見るために。




