無知の知⑤
「義貞ッッ!!!」
あまりの衝撃に声が出てしまった。
流石に体の頑丈な義貞でも、専用ヘルメットを装着していたとしても、あの至近距離での銃撃は体に何らかの影響を与えるだろう。
しかも、赤いゲージは0%を示していた。明らかに危ない状況だ。
僕はつけていたテレビを消さずに控え室を出た。
そして、義貞のいるステージに行こうとするが……。
「どうしたんだ? そんな慌てて」
突如目の前に現れた男に僕は急停止させられる。
「守時……さん」
「やあ、どこに行くんだい?」
「どこって……義貞のところですよ。親族があんなことになったんです。行くのは当たり前でしょ……!」
守時さんは冷たく笑った。
もう七月だというのに、全身に鳥肌が立ち、背中には寒気が龍の如く昇っていった。
「そんなことか。大丈夫、心配しないで。義貞くんは緊急治療室に運ばれたから。いかにバトルスーツとはいえ完全に人を守れるわけではない。といっても、バトルスーツは優秀だ。義貞くんには大きな傷はなかったよ。ただ脳震盪になったことは心配だけどね」
心配。それはこの人が口にするような言葉ではないように感じた。
ただ、本当に心配しているのだろう……。だって、自分の重要な手駒が怪我をしたのだから。
「君は次の戦いに集中してくれたまえ。兄弟相手とはいえ手加減無用だよ。
良ければ本気を出したっていいんだからね」
守時さんはくすくす笑いながらその場を去った。
捨て台詞、『本気を出したっていい』が、彼が一番言いたかったことだろう。
自分の手駒がどのような働きをするのか分からなければ、活用法が分からない。
この大会は僕の力を試すために仕組まれたものだ。他の七人の参加者は完全なる犠牲者と言える。実際に、義貞が大きな害を受けてしまった。
僕の背中には抱えきれない重荷がのしかかっている。それを表すかのように僕の肩ががくんと落ち、姿勢が猫背になってしまっている。
こんな憂鬱な状態で本気を出せなんて無理な話だ。きっと本気を出したら僕はもっと憂鬱になる。しかも、次は直義が相手。負けず嫌いなあいつに勝つことはあいつを傷つけることど同意義である。さらには、負ければまた別の人たちが被害にあってしまうだろう。
あぁぁ!!!
ダメだ!
考えれば考えるほどドツボに入っていく!!
僕は頭を右手で痛いほどかきむしった。
まさに八方塞がり…………僕に逃げ場など存在しないのだ……。
そう……ただただ、意思に関係なく、一方通行の道を立ち止まらずに進むしかないのである…………。
▷▷▷▷
「赤コーナー! 絶対に破壊されない盾と、絶対に破壊する矛を持った最強戦士! 足利直義ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
直義は複雑な気持ちで前に進んだ。
自分の兄と戦わなければいけない現状を心の底から嘆いているのだ。
足利兄弟は昔から仲が良く、一度も喧嘩したことがない。互いに尊敬している相手だからこそ、その人の頬を殴りたくないのだ。
しかし、殴りたくない相手を殴らなければいけないときが来てしまった。
自分の意思より大切なお家のために勝たなければならない。そして、負けず嫌いな自分の性格がその強制さに拍車をかけていた。
昔の偉人が「戦わずに勝つ」ことが重要だと言っていたが、今こそそれができないかと考えるが、もちろんできるわけがなく、それは直義も承知の上である。
「青コーナー! 謎! 謎! 謎! こいつに勝てるやつはいるのか!? 無敵戦士、足利高氏ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!」
そして、直義の目の前から高氏が現れる。
高氏は戦いの前なのに、とても穏やかな雰囲気を醸し出しながら前に進んでいる。
この不条理な現状に悟ってしまったのだろう。その進む姿にはどこか哀愁が漂っていた。
それを見て、直義は正気に戻る。
(そうだよな、兄ちゃん。今は目の前の敵に勝つことしか考えなきゃダメだよな)
現実逃避しても無駄である。目の前の壁に立ち向かわなければいけない。
悲しいがそれが二人の指名なのだ。
高氏と直義がお互いの目を見る。毎日家で見ているが、二人とも、見たことない目をしていた。
そして始まりの合図が鳴る。
「始めッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!」
こうして初めての兄弟喧嘩が火蓋を切ったのであった。




