無知の知③
準決勝の前日。
綺麗な花畑に囲まれそびえ立つお墓の前に義貞の姿があった。
義貞はお墓に花を添えたあと、しゃがんで手を合わせた。
「一回戦勝つことができました。玲さんのおかげです。ありがとうございます」
一年前の安田玲の死去は義貞には衝撃のニュースだった。
片想いで終わったことを後悔し、悔し泣きをしたが、すぐに切り替えて、保健室でのあの言葉を思い出して努力を続けた。
大会が始まる前にも、墓参りをし、「あなたの言われた通りに頑張ってきました。どうかどこかで見ていてください」と伝えていた。
だから、もしかしたらあのときの逆転は玲さんのおかげかもしれないと、義貞は思ったのだ。
そのお礼に今日は来たわけだが、それ以外にも客がいるようである。
「どうした? なんでお前がいるだ? 高氏」
そう高氏、つまり僕である。
そのセリフは僕も言いたいのだが……。
「いや、お墓参りに」
「お前も玲さんの知り合いだったのか……。ほら、お参りしてあげようぜ」
今まで見たことがないくらいテンションが低い義貞を見て、安田玲という人物がとれだけ義貞にとって大きな存在だったのか察することができた。
僕は墓参りを終えてから義貞に話しかけられた。
「お前はいつ玲さんに会ったんだ?」
「……最近かな」
「最近会えるわけないだろ。幽霊なら別だが……」
「…………」
幽霊か……。あんなはっきりと存在してたのに、あんなに手が温かかったのに、足もちゃんとあったのに……。
死んだはずの安田玲のお化けが偽名を使って、僕と出会ってしまった。
そんな馬鹿げた話あるわけない!
あったとしても……僕は信じたくない……。
加賀はあの後、まだ調べごとがあると言って、さっさと帰ってしまった。
その加賀が残してくれた端末の中には、この場所への地図が載っていた。
本当に準備周到なやつである。
今日の朝になるとマスコミが嘘のように誰もいなかったが…………あいつのせいじゃないだろうな。
そうしてると、僕の沈黙に察して黙っていた義貞が、僕の後ろを見て声を漏らす。
「あんたは……」
僕は気になって後ろを向くと、そこには短い髪、白い肌、凛とした瞳、薄いくちびる、涙ボクロの美少年が花束を持っていた。
「どうも初めまして安田一親といいます」
安田一親……ということは。
「お前が明日の俺の対戦相手ってことか」
「はい。そうです。まさかあの義貞さんがぼくのお姉さんと知り合いだったなんて」
「あのってどのだよ?」
「だって、ぼくと同い年の中で一番の実力者ですよ。そんな人と戦えるなんて」
何に反応してるんだよ……。
僕はそんなことより気になったことを質問した。
「一親さんって、もしかして玲さんと双子の姉弟ですか?」
「はい、そうです。名前も、姉さんが零から作り、ぼくが一から百にして、協力しておけという意味でつけられたんです」
「そうなんだ」
零から一を作るか……たしかに僕も局先輩が零から作ってくれたもののおかげで今がある。
安田玲と局先輩が同一人物であるという説は信じたくないが、そういうところは二人の共通点であるということは認める。
それに局先輩もお姉さん気質だったしな。
一親さんもお参りを終えると、義貞が一言、
「明日はボコボコにしてやるからな」
と言い残し去った。
そして、その背中に「ぼくも負けませんから!」と一親さんが叫んだ。
「じゃあ、僕も失礼します」
「はい。決勝で会いましょう」
僕と一親さんは固く握手をしてから、帰路についた。
明日、直義との戦いは不安が多いが、義貞と一親さんがどんな試合をするのか期待も大きかった。
そして、それを玲さんも微笑んで見てくれることを何よりも願った。




