無知の知
また悪夢を見た。僕の体が僕じゃない体じゃない夢だ。
遠くから本物が偽物の僕の振る舞いを眺めていて、羨ましそうにしている。
それを見て、僕は気まずく感じた。僕の喜びはあいつの苦しみであり、あいつの苦しみは僕の苦しみ。
つまり、どっちに転んだところで僕は苦しむのだ。
そんな苦しみの連鎖を半永久的に夢の中で味わい続けたわけだが……。
夢は、脳が記憶の整理際に見るものである。
その苦しみが僕の大会での苦しみと似ていたことから、たぶんその夢は僕の大会での心情を反映したものではないのだろうかと結論づけた。
せめて夢の中では幸せになりたいものだが、夢というものの性質上仕方ないのだ。
それにしても外が騒がしい。
僕は自分の部屋のカーテンを開けて外を見る。
「お願いします! 高氏くんに合わせてください!」
「せめてお話だけでも!」
家の門の前に大勢の人たちが集まっていた。
いわゆるマスコミという人たちだろう。
砂糖に群がるアリの如く、他人の迷惑も考えず行動する人たち。
彼らにも生活があるから仕方がないと思うが、公共の福祉も考えてもらいたいものだ。
さてこうして僕は外に出られなくなったわけだが、どうしよう?
兄さんは仕事でいないが、たぶん直義は家にいる。明後日の対戦相手と仲良く話せるわけもなく(しかも元々直義は口数が少ない)、家にいたところで二度寝ぐらいしかやることはない。
そう考えていると枕の隣に置いてあったケータイが鳴った。アラームかけたっけと思いながら画面を見てみると加賀からの電話だと表記されていた。
ちょうど暇だし良かったと思いつつ僕は電話に出る。
「もしもし加賀だけど」
「どうした?」
「聞きたいことがあったんだけど、あんたの家の前の野次馬が邪魔で会えないからさ」
「なるほどね。その聞きたいことっていうのは?」
「あんたの好きな人のこと」
僕は吹いてしまった。
「好きな人って?」
「しらばくれてもダメだよ。あたしは何でも知ってるんだから」
冗談だろうが本当に聞こえるからあいつは怖い。
「で、好きな人……えーと、局先輩だっけ?」
「う……ん……まあ……そうだよ……」
なんだろう。この恥ずかしい尋問。悪いことではないのに……。
「その人の特徴を教えて欲しいの?」
「え? 特徴? なんで?」
「理由はいいから」
その異様なほど冷静な声に、僕はそれ以上理由を言及しないことにした。
「えーと、長い髪、白い肌、凛とした瞳、薄いくちびる、涙ボクロ」
「体型は?」
「結構細いね。足なんかまるで羚羊みたい」
「…………分かった。ありがとう、また!」
そう言うといきなりの電話がプツンと切れた。なんか急いでるように感じたがどうしたんだろう?
ペンが紙をなぞる音がしたから、メモをしていたと思う。なんでわざわざこんなことをメモする必要があるんだろう?
そんな疑問があったが、加賀が情報を集めるのに理由はないように思えた。
だから、こうやって加賀は情報を得ているのかと僕は納得する程度にしておいた。
「さてと……」
僕は思考を停止させ、そのままベッドに飛び乗り、二度寝を遂行することにした。




