義貞⑦
会場は異様なざわめきで包まれた。
優勝候補とまで言われた人物が、敗北間違いなしの僕に一瞬にして倒される事態に、観衆は、まるで化け物を見たかのように、僕を見つめている。
それが嫌だったのと、また眠気が出てきたので、僕はさっさと退場することにした。
僕は地面で寝ている青い光を失ったバトルスーツを見る。
親房さんもそのうち目を覚ますだろう。きちんと手加減はできたはずだ。
この三日間だけで、このヴァサラの使い方を頭で理解するのは難しかった。しかし、感覚で覚えることはできた。
人間の脳というのは本当に優秀なコンピュータで、「なんとなく」という感覚で、難しい計算をやっている。
義貞がいい例だろう。直義が膨大な演算をし、ヴァサラを操っているのと対照的に、義貞はその計算の全てを感覚任せにしているのだ。
それであれだけのスピードやパワーを兼ね備えているのだから鬼才というにふさわしいだろう。
そして直義は誰もが認める秀才だろう。
そんな二人を相手にするかもしれないと思うと、欝になりそうだ。
さてと、今日はさっさと帰って寝るか。
次の試合まで二日間空く。
その間にしっかりと体を休めておこう。
僕は千鳥足ながら、その場から退場した。
▷▷▷▷
「加賀さん。あれは一体何が起こったの?」
「直義くん」
「お前、なんでここにいるんだよ?」
「お前の雑魚面を見るためだよ」
「なんだとッ!?」
「今は喧嘩してる場合じゃないでしょ」
加賀は冷静に二人を諭した。
たしかにこの二人がここで争っても意味はない。少なくとも目の前の怪奇とも言える現象に比べればだ。
直義は次に高氏と当たることとなり、もしかしたら義貞と高氏が決勝で当たる可能性もある。
そんな対戦相手の手のうちを今のうちに知っておかなければ、今後の対策が考えられないのだ。
「で、加賀さん、あなたなら見えたでしょ? 何が起こったんですか?」
「加賀なら見えるって?」
「加賀さんは動体視力が並外れていて、俺たちにも見えない速さの動きも捉えることができるんだよ」
「マジかよ!?」
「言っても、動体視力だけですから」
「じゃあ、高氏の動きも?」
「まあ……見えましたね。かろうじてですが」
「教えてくれ」
「はい、分かりました」
▷▷▷▷
まず、北畠さんが高氏に襲いかかりました。
それは二人とも見えたと思います。
北畠さんは左右両方、あらゆる角度からそれぞれ刀を振り回した。たとえ義貞さんのスピードがあっても、避けきれるか分からないほどの数の斬撃を高氏に喰らわせようとしました。
しかし、「くらわせようとした」ということは、一つも高氏に当たらなかったんです。
高氏はその斬撃一つ一つ見極めて避けました。しかも、紙一重で。
北畠さんの斬撃は一秒足らずで数百ぐらい放たれましたが、それら全てが空振りとなったんです。
そして、そんなに左右から連撃をしていても、隙は生まれます。北畠さんの両手が広がり胴が完全に開いた瞬間があったんです。
だけど、これは本当に一瞬の出来事だから、本来なら隙ではなかったでしょう。
しかし、高氏はそれを見逃さず、持っていたヴァサラを北畠さんの胴にかざしました。
その途端に、北畠さんの周りの光が薄れ始め、刀が両手から二つとも離れ、北畠さん自身は気を失いました。
▷▷▷▷
「光を薄れた? どういうことだ?」
光が薄れたということは周りのヴァサラ粒子が消えたことを意味する。
高氏がヴァサラをかざした途端に、ヴァサラ粒子が消え始めた。ということは結論は一つ。
「兄貴は、北畠のヴァサラ粒子を吸収したってことか……」
直義はこめかみにシワを寄せながら歯ぎしりする。
「ヴァサラ粒子を吸収!? そんなことできるのかよ!?」
「理論上では不可能じゃない。ただ……」
「ただ?」
「ヴァサラ支配率100%を超えるという条件がなきゃいけないんだ」
「100%以上!? そんなバカな! 90%に達したやつでも、日本で二人しかいないのにか!?」
「だが、そうとしか、この異常を説明することはできない。
バトルスーツも繊維にヴァサラ粒子を練り込んである。今回の大会ルールにおいて、ヴァサラ粒子を吸収することができれば、簡単に試合には勝てるだろう。
だけど、これは危険でもある。知っているだろうが、俺たち人間は誰しもヴァサラ遺伝子を持っていて、ヴァサラ遺伝子はヴァサラ粒子からエネルギーを供給してもらって動いている。
つまり、周りの空気中のヴァサラ粒子を吸収したってことは、ヴァサラ遺伝子呼吸とも言える生理現象が妨げられ、最悪死に至るかもしれない」
「なっ!?」
義貞と直義の表情が固まる。高氏の圧倒的な力への恐怖もあるが、何よりも争いが嫌いな高氏が相手に殺せる技を使ったことに驚きを隠せないのだ。
高氏をそうさせるほどのものが、この大会には潜んでいる。そう思うと、それに参加した、いや正確には参加させられた自分たちの身に何が起こっているのか気になってしょうがないのだ。そして、同時に、知りたくもないという気持ちも存在している。
義貞は布団を握りながら、直義は腕を組んで立ちながら、加賀は何か考えごとをしているのか右上を向きながら、時は流れていった。




