義貞②
ナレーターの合図が鳴った瞬間、信武の目の前に、義貞の姿があった。
薙刀の刃と信武の間にまで、義貞は間合いを詰めたのだ。
一瞬で、コンマ何秒で、義貞は約20メートルも移動したのだ。
その情景に、こだまのように、観衆の衝撃が遅れてやってくる。
「終わった」
誰かが言った。
しかし、そんなことはなかった。
義貞の剣は空中で静止していた。
いや違う。信武に振り落とした剣は、半径20センチメートルほどの半透明な円で防がれていた。
「何ッッッッッッッッッッッッ!?」
その情景をテレビの向こうで見ている者よりも、控え室のモニターで見る他の選手よりも、すぐ近くで肉眼で見ている者よりも、義貞が驚いた。
さっきも言ったが、義貞は短気である。
だからこそ、長引く試合は好きではない。
一発勝負。
それが義貞のスタイルである。
しかし、その渾身の一発が決まらなかった。
義貞は諦めずに何度も振るう。
常人が瞬きをしている間に、二発、三発と角度を変えて繰り出す。
それでも、信武の盾が、その角度に合わせて防いでしまう。
至近距離で、マシンガンのように繰り出す剣筋をすべて読み切っているのだ。
「ちッッ!!!」
しびれを切らした義貞は、距離を置こうと、後ろに下がろうとする。
その瞬間……薙刀の刃が横から義貞の頭に放たれる。
「ぐッッッッ!!!」
キィィィン! と間一髪、義貞の剣で防がれるが、義貞の体は、そのまま簡単に吹き飛ばされる。
そして、そのまま地面に打ち付けられる。
すると、会場の巨大モニターには、両選手の名前とその名前の下に横長の長方形のメーターがあり、「新田義貞」の下のメーターの青い部分が減った。
それぞれが二人のバトルスーツの防御力を表したゲージである。
この大会では、ゲージが30%を下回ると負けとなっている。
義貞は、顔面を覆うヘルメットの損傷もあるため、大きくゲージが減っていく。
特にヘルメットの損傷は、ゲージを大きく下げることになるのだ。
そして、ゲージは64%で止まった。
(おいおいおい、俺のあのスピードに追いつく薙刀って何なんだよ!?
こんなこと初めてだぞ!)
義貞はすぐに立ち上がり、相手の間合いを見る。
(信武さんは、パワーと防御の組み合わせができるタイプだ。
ってことは、スピードは常人並か、それ以上でも俺には遠く及ばない……はずだが)
義貞はすぐさま、ハイスピードで、信武の背後から飛びかかり、渾身の一発を繰り出す!
だが……、
「甘いよ」
すぐさまシールドを展開され、反作用で、そのまま空中に吹き飛ばされる。
なんとか着地し、ゲージの減少を防いだ義貞は、もう一度相手の様子を見始める。
たしかに信武は、スピードがそこまで速いわけではない。
しかし、完全なる防御と、トップレベルのスピードを誇る義貞の動きを捉える目、さらには、その動きに合わせて繰り出される剣技がある。
まさしく、信武は義貞の天敵とも言うべき相手だろう。
(てか、あのシールドなんだよ!?
ヴァサラで発生するシールドは小さいほど強くなる。
大体は、大人の男の体全体を守れる大きさで、小さくするとしてもその上半身くらいの小ささのはず。
あんな小さいの見たことねーぞ!)
シールドは小さければ小さいほど強度を増すが、共に守れる範囲が狭くなる。
信武の目と、異常なシールドの発生速度があるから、為せる技だろう。
全く動かずに相手の攻撃を誘う信武に、いくら攻めても意味がないことは、義貞にも理解している。
しかし、何度も言うが、義貞は気が短い。
何十秒も様子見ができるわけもなく、イライライライラと、頭が熱くなっていく。
「うぉりゃぁぁぁぁぁぁ!!!!」
義貞は飛び出す!
(何度やっても同じなのに)
信武は冷静に義貞の剣の振られる方向に合わせてシールドを発生させる。
「うらっ! やっ! こらっ! んぁ! 」
義貞は叫びながら剣を振り続ける。
しかし、百発を超えても、信武に届く事はなかった。
(嘘だろ!? これだけヴァサラ粒子の濃度が高いシールドを、こんなスピードで、これだけ多くの数を出しているのに顔色が一つも変わりやしねぇ!)
また下がろうとすると、薙刀が襲いかかってくる。
義貞は前に進むしかなかった。
でも、このままでは体力が消耗し、隙をつかれて止めを刺される!
義貞には、たった一つの勝利を手にしなければいけない理由があった。
▷▷▷▷
二年前、高校に入学したばかりの頃、義貞は遊んでばかりいた。
テキトーに勉強し、テキトーにヴァサラ演習を行っていた。
勉強はすこぶる悪かったが、ヴァサラ演習は違った。
義貞は、ヴァサラの腕に長けていて、鶴岡高校の生徒は、誰も義貞に勝てなかったのだ。
周りからは、「我が校始まっての天才」とか、「神童」とまで言われた。
それで鼻を長くした義貞は「俺は天才、努力なんていらねー!」と勘違いをし、夜遅くまで悪友と酒を飲み、授業はすべて寝ていた。
新田家は他とは違う! こんなことしても許される家なんだよ!
心の底からそう思っていた。
しかし、二年生になった途端、事態は急変する。
飛び級で入学し、圧倒的な力で上級生をねじ伏せる化物が出てきたのだ。
しかも、幕府ナンバー2の家柄の出身で、義貞と違い「ド」真面目。
勉学においてもトップを走り続けている。
そう、足利直義、その人だ。
義貞と直義は昔から仲が悪く、何度も何度も戦ったことがある。
決して、義貞は負けたことはないが、勝ったこともない。
勝負はいつもどちらもボロボロになって終わる。
学校では、「あの義貞にも負けず劣らない」とか「総合的には義貞に勝る」と言われ、義貞の名は、直義を評価するための踏み台と化していた。
その事実にショックし、義貞はさらに悪友との交流を深めていった。
そんなある日。
義貞は直義との勝負で腕に擦り傷(というよりもあまりの太刀のスピードで火傷している)を消毒し、包帯を巻いてもらおうと保健室に行った。
そこには、先生がいなかったが、ベットの上に女の子が座っていた。
長い髪、白い肌、凛とした瞳、薄いくちびる、涙ボクロ。
完璧ともいうべき美貌に一目見て、義貞の心臓はこの上なく高鳴った。
「どうしました!? その怪我!?」
彼女は義貞の怪我を見て、動揺し、近づいてくる。
花の蜜のような甘い香りが彼女の髪から漂う。それは媚薬のように義貞の脳を麻痺させた。
「いや、ヴァサラ演習で……ちょっと……」
「ちょっと待っててください!」
彼女はそう言うと、保健室の洋タンスから、包帯と消毒液を取り出し、義貞の治療をした。
「いたっ」
「だっ、大丈夫ですか!?」
「大丈夫、大丈夫。俺は強いか、いたッッ!」
「もう強がらないでくださいよ」
彼女が笑う。
それは、義貞にとって、目だけでなく傷だらけの体の保養にもなった。
「でも、女の人って……強い男が好きだろ?」
女の子には人見知りをする義貞の精一杯の質問である?
「え? そんなことないですよ?」
「ほ、本当に? でも、親父やお袋が……」
「まあ、男の子はそう育てられるから勘違いしますけど、そうじゃありませんよ」
うふふと、小鳥の鳴き声のような美しさで彼女は笑った。
「じゃあ……君は……違うの?」
「ええ、私は頑張ってる人が好きで……って、大丈夫ですか!? 顔真っ赤ですよ!」
「ちょっと、熱でもあるみたいだ! 早く病院にいかなくては!! 包帯も巻き終わったみたいだし、さらば!!!」
義貞は、保健室を飛び出し、そのまま走り出した。
行き先は分からないが、とりあえず、保健室から遠く離れるように……。
それから義貞は二度と彼女に会うことはなかった。
▷▷▷▷
(俺はあれから心を入れ替えて、もっと強くなろうと努力した!
俺は天才じゃなくてもいい、秀才であればいい! そんことを思えるようになったんだ!
その成果を今、見せてやらないといけない!
きっとどこかで見ているあの子に、どれだけ頑張ったのかを示さなければならい!
)
その想いで、意地で、義貞は剣を振り続ける。
「くッッ!」
義貞の勢いに押され始める信武。
(やるな、義貞……。だけど、お前にもうスタミナはないはずだ!)
義貞の顔は、あのときのように赤く染まっていた。
しかし、原因は前とは違い、それだけ本気を一発一発に込めているからである。
義貞は思った。負けると。
思いたくもないが、負けると。
絶対嫌だが、負けると。
(どうせ負けるなら…………!)
義貞は一歩退いた……。
それが意味するのは……。
(喰らえ!!!)
信武は薙刀を繰り出す!
その薙刀が義貞の頭の側面を打つ!!
しかし、それは、刃の部分ではなく、柄の部分である。
その攻撃を受けて、義貞の体は空中で側面から回り出す。
否。
正確には、義貞がその力を利用して、回転したのだ。
空中にいられるのは一秒足らず……。
しかし、そんな時間があれば、義貞には十分だった。
義貞は、回転しながら、全力で剣を振るった!
(何ッ!?)
パワーにすべてのヴァサラ粒子を集中させていた信武は、それを防ぐことはできず、92%、85%、73%、と次々とゲージが減っていく!
そして、義貞の頭上が地面となったとき、信武の足が払われた!
信武は体勢を崩し、倒れこもうとする。
その頃には……すでに、義貞の足が地面に上手く着地した。
「すみません。マット運動とか得意なんですよ」
さっきまでのキツそうな顔とは一変し、ニヤニヤとなった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!!!」
義貞が放った一撃は、信武の顔面を振り切った。




