灰空③
「こちらへどうぞ」
身長が2メートル近いサングラスにスーツ姿の大男がエレベータの扉を片手で抑えながら言った。
親切なことに、この病院に着いた途端、この男に「足利高氏様ですね?」と訪ねられ、「そうです」と答えたら簡単に守時さんのところまで案内してくれた。
面会の条件として、危険物であるヴァサラが没収されたことは不安だが、流石に意味もなく僕や局先輩に手を出すことはないだろう。
僕はエレベータを降りて、すぐ右に曲がり、正面の部屋に案内される。
コンコンッ。
「失礼します。高氏様を連れてまいりました」
「あー、入っていいよ〜」
中から気が抜けた声がする。
大男は扉を開け、僕は中に入る。
そこには背もたれが大きな椅子があり、それがくるっと回転して、線の細い男が僕を見る。
「いや〜、久しぶりだね〜! 元気にしてた?」
拍子抜けた態度は相変わらずだ。
そして、妹そっくりの作り笑い。
「久しぶりですね。守時さん」
「本当に久しぶりだね! 去年の年末パーティに来てくれたとき以来じゃないかな? となると半年振りか! いやー、会いたかったよ〜!」
僕は全く会いたくなかったんですけどね……。
そして、会話もしたくないんですけどね。
僕は何よりまず聞きたいことを言った。
「すみません。越前局先輩が登子ちゃんとここに来たらしいんですけど、彼女はどこですか?」
「あー、帰したよ」
え? 帰した?
「彼女には、君がこの病院に緊急搬送されたって言っちゃったから、それは誤報だったって言って帰した」
なるほど。そんな嘘を使って登子ちゃんとここに向かわせたのか。
「彼女に何か危害を加えたりは?」
「そんなことしないよ〜! だって……目的は君を呼び出すことなんだから」
ビクッ!!?
途中から急に声が低くなり、威圧感が増し、それに僕は驚き、少しばかり恐怖を感じた。
「僕を呼び出した? 何のためにですか?」
「話したかったんだよ。君と」
「剣舞大会のことですか?」
「見ていてくれたか、なら話は早い。君には北条家代表として、剣舞大会に出てもらう。もちろん優勝したら何でも願いを聞こう」
「なんで僕が選ばれたんですか? 他の人たちと比べれば成績は劣りますよ?」
「私が知らないとでも思っているのかな? 今回はヴァサラの大会なんだよ?」
くっ、やはり知っていたか。僕がヴァサラを人よりも使えることに……。
「なんで君がヴァサラの成績において最下位になっているか知ってる?」
「それは、僕がヴァサラを故障させたから……」
「違う」
守時さんは強く否定した。
「正しくいうと、たしかにそれは要因の一つだが間接的にでしかない。直接的な理由は君の強さだよ」
「僕の強さ?」
「徐々に気づき始めているかもしれないが、君の強さは桁外れだ。本気を出せば、日本で最も優秀な武士が集まった鶴岡高校全員の実力を合わせたところで、君には勝てないだろう」
「それは言いすぎじゃないんですか? 僕にそんな力が……」
「あるんだよ。だから最下位にすることで、実技実習のないクラスに入れることで、事故が起こるのを防いだんだ」
そんな……まさか……。じゃあ、元々教師陣や幕府の人たちは、本当の僕の実力を知っていたってことか。
僕よりも前に。
ということは、兄さんも……。
「それに君のためでもある」
「僕の……ため?」
「君は人の痛みが分かる、理解できてしまう人なんだ。だから、もし事故が起こったとき君は後悔し、自らを恨み、絶望してしまうかもしれない。それを防ぐためでもあるんだよ。もっとも、これは高時さんが言ったことだけどね」
高時さん……。歳も近いこと、そして性格も似ていたことから僕らは小さいときから意気投合して、遊んでいた。
中学生の頃、彼は14歳にして、執権となり、僕と彼との私的な交流は、途絶えてしまった。
でも、彼がまだ僕のことを思っていたことは僕にとって驚愕の、そして、嬉しい事実だった。
「だが、私はそれに反対だった」
守時さんの冷たい言葉が響く。
冷酷な視線が僕を刺す。
「なんでこんなに優秀な人材を活用しないのかって私は疑問に思ってたんだ。君がいればどんな強国との争いにも勝てる。世界のトップに日本がなれるかもしれない!」
作り笑いではない、守時さんの本物の笑顔を僕は初めて見た。
爽やかさの欠片もない、汚く汚れた顔を。
「だが、今は、残念ながら平和……君の実力派を垣間見ることができない……。だから開催したんだこの大会を、すべて君のために」
僕のため? 何を言っているんだ?
僕の大切な人たちに迷惑かけて、自分の欲しか考えてないこの大会のどこが僕のためだって言うんだ!!!
冷静になれ! 冷静になれ!
理性が言う。
殴りたい! 殺したい!! すべてを壊したい!!!
本能が叫ぶ。
僕は理性に従おうとするが、本能は僕の目を使って叫んだ。
「そんな怖い目しないでよ〜、冗談だよ〜」
また爽やかな笑いに変わった。
僕もやっと理性が本能を鎮静し、落ち着いてきた。
「まあ、簡単に言うと、君がどんな戦いをするのか楽しみなんだ〜! あと3日だからよろしく〜!」
楽しげに語る姿に怒りを覚えたが、もう用件は済んだからいいやと気持ちを切り替えた。
「じゃあ、僕はこれで」
僕は守時さんに背を向け、扉に向かう。
「あー、待って待って言い忘れたことがある!」
この期に及んで何を言いだすつもりだ?
仕方なく、僕は顔だけを彼に向ける。
「君って、適性検査がああなっちゃったから、自分専用のヴァサラ作ることできなかっでしょ?」
「はい」
「だから、君が妹からもらったそのヴァサラ上げるよ。大会は専用ヴァサラがないと出場できないからね」
と言ってはいるが、僕は不満を言う。
「でも、あれは柄の部分しかありませんでしたよ? あれでどうやって戦えと?」
「いや〜、あれは曰くつきのものでね。
誰もシールド展開すらできないからヴァサラであるかどうか分からなかったんだよ。
でも君は難なくそれを使いこなし、ここまでやってきた。
きっと、とてつもない潜在能力をそれは持ってるよ」
僕は心底疑い深かったが、嘘をついてるようでもない。
それに物は使いようだ。刃はなくても、シールド展開も加速もできる。そして、何より僕の操作でオーバーヒートしない。それで十分だ。
僕は、半信半疑でそれを使うことに決め、顔を体の正面に戻し、扉に向かい直した。
扉を開け、閉める際に、中をもう一度見ると
「ヴァサラ演習じゃないんだから、さぼらないでね〜!」
と、気味悪い笑顔が手を振る。
「流石に、今回はさぼらないですよ」
だって、逃げたら、
僕の周りの人がどうなるか分かったものじゃないのだから。
▷▷▷▷
僕はさっさとヴァサラを大男から返してもらい、エレベータで1階まで降りた。
病院を出ると、今まで経験したことない開放感があり、僕は大きく息を吐き出してから、大きく背伸びする。
「高氏くん」
そうすると、癒される声が聞こえてきた。
開放感による幻聴かなと思ったが、「高氏くん」ともう一度聞こえてきた。
僕は声のする方に目線を変えると、そこには局先輩がいた。
いつもと変わらない姿に僕はホッとした。
「あれ? どうしたんですか、先輩? もう帰ったんじゃ……」
「高義さんからメールが来て、私を追って病院に向かったと思うから迎えに行ってあげてくれ、って」
「そうなんですか」
あの兄貴は、いつ局先輩とメール交換しやがったんた!
そう思ったが、こうして局先輩を僕のところに送ってくれたから、チャラとしよう。
「約束……忘れてないよね?」
「約束?」
なんかあったっけ?
「私の曲……」
「あっ、あぁぁぁ!」
「忘れてたんだ……」
「すっ、すみません! 今日いろいろと忙しくて、つい、その……」
「高氏くんから言ったのに……」
「本当にすみません! このお詫びは生命に変えてでも!」
「うふふ、嘘だよ! ドッキリでした!」
「え?」
先輩はさっきまでの悲しい表情が嘘のように明るい笑みに変わっていた。
『女は皆女優』とはよく言ったものだ……。
「じゃあ、いいですか?」
僕は尋ねる。
「今から聞かせてもらっても」
先輩は、「うん」と、照れながら、うなずく。
空は、先輩の顔色を映すように、オレンジ色に染まっていた。
その下を僕と先輩は、隣り合って歩いた。




