灰空②
あれからどれだけ時間が過ぎただろう。
太陽がかなり移動しているから、分単位ではなく、時間単位で進んでいる。
屋上に時計がないのは不便だ。
といっても、ほとんど僕しか使わないからいらないのか。
そんな小さなことすら僕の思い通りにいかないのに、あんな大きなことが思い通りになるわけがないか。
コツコツと誰が近づく音がする。
そして、影が僕を覆い、ひらひらの中から暗いものが見えた。
「お前、スパッツ派か」
「あたしの見て元気でたか?」
「全然。ボーイッシュどころか、ほとんど男のお前のやつ見ても何にも感じねーな」
「とりあえず、減らず口を叩くほどの余裕は残っているのか。安心した」
加賀は腕組みし、仁王立ちで、僕にパンツを見せたまま、うなずく。
「そういえば今日の天気は?」
「今日一日中、雲ひとつない、快晴よ」
「そうなのか……」
「どうして聞いたの?」
「僕がこんなに暗い気持ちのときに、こんな身近な存在が楽しそうにしてるのをまざまざと見せてくることに腹立ってさ」
「でも、雨だとしても、『こんな僕に同情しているのは、本当に有難迷惑だよ』みたいなこと言うでしょ」
「ご名答。よく分かったな」
「この学校では、直義くんの次に付き合いが長いからね」
「そりゃそうか」
加賀とは中学からの付き合いだ。
人見知りで友達ができない僕に、加賀は積極的に話しかけてくれた。
中学生活が充実したのは加賀のおかげだと言っても過言ではない。
一緒にテニス部に入り、休みの日は2人で集まってラリーをしながら、喋った。
最初に家に招待した友達も加賀だった。
僕は自分の家に他人を入れることが、まるで丸裸にされるようで、嫌で嫌でしょうがなかった。
だけど、加賀ならいいや、なんて思うほど僕は加賀に信用をよせていた。もちろん今もそう。
だって、こうやって辛いときにまず最初に駆けつけてくれるのだから。
「そういえばお前、授業は?」
「授業なんて中止よ、中止。さっきのニュース見てたでしょ? 教師陣も大パニックよ」
そりゃそうか。だって執権が代わるってことは、この学校の理事長も代わって、さらには方針も代わるということだ。
しかも、次の執権になるのが、強引に物事を進める独裁者の中の独裁者、赤橋守時なのだから。
仕方ない。
「…………」
「どうしたのよ? そんなにあたしの顔を見つめて」
「顔じゃない、髪」
「え? ゴミでもついてる?」
「いや、長くなったなーて」
加賀は元々ベリーショートで、よく男の子に間違えられていた。
しかし、今は肩のあたりまで伸びており、それをポニーテールにし、さらにテールを2つに折ってまとめている。
「前は、運動の邪魔だからって言って、ずっとショートだったのに」
「気分よ、気分。女は気分で変わっちゃうの」
「そうか……」
ていうか、
「お前の目的は僕とだべることなのか?」
「あっ、忘れてた!」
「だろうな……。だって、汗でびしょびしょだもん」
「実は局先輩が……」
局先輩!?
「局先輩がどうした!?」
「登子ちゃんと一緒に赤橋家の車に乗ってるのが目撃されて」
登子ちゃんとだって!?
僕の頭は最高速で回転し、怒りも伴って、オーバーヒート寸前だ。
クソッ!
局先輩にまで、魔の手をかけるなんて!!
「で、その車はどこへ!?」
「赤橋家の病院に向かってるらしいよ」
赤橋家の病院? なんでそんなところに?
いや、そんなことはどうでもいい!!
守時さんから局先輩を守らないと!
争いごとは嫌いだが、局先輩を不幸にするほうがはるかに嫌いだ!!!
「分かった。ありがとう! 行ってくる」
僕は登子ちゃんから貰ったヴァサラで、おぼんくらいの小さなシールドを複数展開し、それを階段替わりにして、フェンスを越えようとする。
しかし、僕はフェンスの真上で止まった。
「どうしたの?」
「……直義に伝えて。赤橋家もとい剣舞大会には気をつけろ。お前は、クソ真面目たがら、罠にはめられるかもしれないってね」
加賀は「分かった、任せろ!」と、親指を立てる。
僕は安心し、つい口元が緩んだ。
そして、踵を返し、赤橋家の病院に行く。
▷▷▷▷
「まったく、兄弟揃って心配性なんだから」
加賀はポケットからケータイを取り出し、メールの受信箱を開く。
さらに、受信箱の欄の一番上を開くと、こう書いてあった。
"緊急連絡
局先輩が登子ちゃんと黒い車に乗って、赤橋家の病院に行ったことを兄ちゃんに言って
直義"
「…………」
もう一度読んで加賀はあることに気づいた。
「……局先輩って……誰?」