夢現⑨
満面の笑みを作っている彼は話を続けた。
「貞顕さんが出席する予定だったんですけど、野暮用で代わりに私が出ることになりました」
嘘だ。執権就任発表よりも大切な用などあるわけがない。
「じゃあ、もったいぶらないで発表します」
僕は息を飲んだ。
「貞顕さんは執権に就任しましたが辞職を望まれ、私、赤橋守時が新たに執権に就任いたしました」
画面の向こうの報道陣がざわめき始める。
僕も息がつまり、呼吸ができていない。
兄さんの悪い予感はついに的中してしまったのだ。
「登子ちゃん! 守時さんは一体何をした!!」
僕は詰まった息を吐き出すように、怒鳴る。
自然と目に腕に足に、体全体に力が入る。
「何って、何もしてませんよ。兄さんの言ったとおりです。貞顕が辞退なさっ……」
「そんなわけあるかッ!」
体中の血液が僕の頭目がけて、昇ってくるのが分かった。
「執権就任が決まった以上、何らかの異常事態がない限り、辞任しないはずだ! こんなこと前代未聞だぞ!」
「まあまあ、落ち着いてくださいよ〜。せっかくの可愛い顔が台無しですよ〜」
この状況に似合わず、登子ちゃんは天真爛漫な女の子を装って応答する。
その態度にさらに腹が立った。
「それより見てくださいよ。ほれほれ」
彼女は飛行船の画面を指差す。
仕方なく、僕はもう一度彼女に背を向ける。
「皆さん、落ち着いてください。私にはまだ話すことがあるんですから」
気持ち悪いほど爽やかな顔で彼は報道陣、もしかしたらテレビの前の民衆をも、なだめる。
「実は、私、守時の就任を祝して、高時さん主催で、鎌倉の武道館で、剣舞大会が行われることになりました。剣舞といってももちろんヴァサラしか使わないんですけどね」
は? 高時さんは何を考えているんだ?
いや、高時さんが主催するというより、主催させられているように思える……。
あの嫌味なニヤニヤした男に……。
「この剣舞大会では、私たち鎌倉幕府に仕えている名家の中から七つの家を選び、それぞれ一人を代表として出します。
もちろん我々北条家からも一人出しますので、計八人が出場します。
それでは、それぞれの家と代表をエントリーナンバー順で発表します。
まず、エントリーナンバー1。
新田家、新田義貞」
それはそうだと僕は納得する。
新田家は誰もが認める名門。
そして、成績優秀で期待されている義貞が選ばれるのは当然のことだ。
それ以降も次々と名前が挙がるが、僕はふと疑問に思った。
全く足利家の名前が出ないのだ。
武田家や安田家などの名家は既に呼ばれているが……。
心配なのは、誰が代表として出るのかということだ。
兄さん、直義、それとも……僕。
僕は争いごとが嫌いだ。
勝負事には、何度も負け続け、敗者の気持ちが痛いほど分かる。
だから、たとえ勝ったとしても、素直に喜べないのだ。
勝っても負けても痛む心。そんな不幸なものを僕は身につけてしまったのである。
歯を食いしばり、僕は画面を見守る。
「エントリーナンバー7。足利家……」
きた! 全神経を画面に集中させる!
「足利直義」
僕は、「プツン」と糸が切れたようにその場に倒れ込む。
「はーーっ」と肺の中に溜まった悪い空気をすべて吐き出した。
そう、僕に戦いなど向いていないのだ。
そんな人前で派手なことをするのは、僕は好きじゃない。
僕はひっそりと閑散とした日常を送りたいのだ。
あの人と一緒に……。
僕の耳の中に雑音が入ってくる。
その雑音はこう言った。
「エントリーナンバー8。北条家、足利高氏!」
僕は耳を疑った……。
えっ……。
僕は画面を見直す。そこには、発表された家と代表者の名前が記載され、ちゃんと「北条家代表 足利高氏」と書いてあった。
「高氏先輩、私たちと頑張ってセカイを手に入れましょ?」
僕の耳元で、小さい悪魔がいつものような高い声ではなく、いつもより低いが魅力的な声で囁く。
そのあと声の主は出口に向かい、バタンと扉が閉まる音がした。
僕はそのまま呆然と飛行船が去っいくのを見ていた。
口を軽く開かせ、死んだような目をしただらしない顔で、見ていた。