夢現⑥
あれから長い時間僕と先輩は、流星群が終わるのを見届けた。
そして、先輩を無事に送り届けた僕は、試しに夜空を見ながら我が家を目指した。
流星群は終わってしまったが、流れ星はいくつか、ちらちらと見ることができた。
流星群がなくても、僕たちが気づいていないだけで、ずっと夜空を眺めてるといくつも流れ星が流れていることに驚いた。
先輩はとっくにそのことに気づいているのかな?
そんなことを考えてたら、気がついたら、我が家が目の前にあった。
今日は、僕の中の時間の流れと現実の時間の流れが食い違うことが多くて、タイムリープした気分だ。
「ただいま」
返事はなかった。皆寝たのかもしれない。
さっさとジャージ着て寝ようとリビングに向かうと、そこには兄さんがいた。
「なんだ、いたの? いたなら返事してよ」
「高氏、話がある」
兄さんは、シリアスな面持ちで言った。
もしかしたら僕が帰ってくるのを待っていたのかもしれない。
「ちょうどいい。僕も兄さんに聞きたいことがあったから」
そして、それはたぶん兄さんが話したいことと同じだろう。
▷▷▷▷
「赤橋守時? 守時さんって、登子ちゃんのお兄さん」
「そうだ」
赤橋家……北条家の分家で、多大なる影響力のある家だ。
彼らとは幕府主催のパーティーで度々会う。
そして、守時さんといったら、鶴岡高校の先輩で、生徒会長をやっていた。
たしか、彼のあとに兄さんが会長を継承したと記憶する。
「それで守時さんがどうしたの?」
兄さんは唇を歪めながら、話し始める。
「ここだけの話だ。実は、高時さんが執権の座を降りるらしい」
僕は「え?」と小さく漏らす。
たしかに政治は有力な部下が独占しているため、高時さんから部下に権力が移行しつつあるとはいっても、執権の権力が絶大であることには変わらない。
そして、高時さんはまだ十八歳……引退には早すぎる。
「理由は病気だ。よくある理由だよ」
「次は誰がやるの?」
「話し合った結果、北条貞顕さんに決まったんだが……」
「だけど?」
「守時先輩が怪しい動きをしているらしいんだ……あくまで噂だけど」
「怪しい動き? 何のために?」
「執権になって、この日本の支配を磐石とするためだ。モンゴル帝国との戦争によって、多大な軍事費がかかり、今では財政は赤字だ。全国の武士たちの不満が高まっている。何もしなければ幕府は滅びる」
それは僕も知っている。テレビなどでは幕府を褒め称える言葉が並ぶが、それはテレビ、ラジオ、新聞ですら幕府が運営し、自由な言論ができないからだ。
皆、心の中ではこの恐慌を打破してくれるのを幕府に期待している。
しかし、高時さんは僕よりひとつ年上で若く、部下が勝手に動くため、自分は動けずにいた。
この状況を改善するために、完全なる独裁者となることが必要だと守時さんは考えたのかもしれない。
「それで、なんでそんな内部事情、主に守時さんの話をしたの? それは……」
それは……
「『あの手紙』と関係するの?」
「……ああ、そうだ」
兄さんはずっとうつむいて、両手の指を交差させながら、渋い顔で話し続ける。
「俺と守時先輩が高校時代に、同じ生徒会のメンバーだったことは知ってるだろ? ある日の会議、ちょっとした雑談をしてな……『欲しいのは何?』っていう」
僕は鳥肌が立った。それはさっき僕と局が話していた内容と一緒だったからだ。
しかし、そういう話はどこの誰でもしたことのある話題だろう。僕の気にしすぎである。
「それで、守時先輩が答えたんだ。『セカイが欲しい』ってね」
僕は固唾を飲み、心臓の音がだんだん大きくなるのを感じた。
「そして、明日、貞顕さんの執権相続についての記者会見が開かれるんだ。執権相続、守時先輩の暗躍の噂、守時先輩の発言と手紙の内容のリンク……。これらが何か関係しているのではないかと気になって仕方ないんだ」
兄さんがそう考えるのは当たり前だ。
兄さんの周りでは、こんな気味の悪いことが連鎖的に起こっているのだから。
僕は何も言葉にすることも出来ず、呆然と兄さんのうつむいた苦しそうな表情を眺めることしかできなかった。
兄さんの考えが正しければ……。
明日の会見に、何が起こる。
良くない何が……。