夢現④
「これが保健室に落っこちてて」
彼女は、トートバッグから一つの手紙が入った封筒を出した。何色にも染まっていない真っ白な封筒である。
「それでこれがどうしたんですか?」
「高氏くん宛だったから、高氏くんが落としたんだと思って」
「僕宛?」
手紙を裏返すとたしかに「足利高氏様へ」と書いてあった。
しかし、僕はそれに見覚えがない。
「中身は見ましたか?」
彼女は、首を横に振った。
「とりあえず、中身を見てみましょう」
僕は、奇妙な気分に犯されながら、その封筒から手紙を出す。
そこには、
『セカイヲテニシマセンカ?』
と書かれていた。
文字はどうやらパソコンで打ったもので相手が誰なのかは検討がつかない。
世界を手にしませんか……どういう意味だ?
「高氏くん、何か心当たりは……」
「全く……ないです」
「直義くんは?」
「俺もないですね。こんなこと義貞ですらやらないですよ」
「お前はさっきから義貞を何だと思っているんだよ……」
本当に嫌いだよな……小さい頃から……。
「…………」
ん? 兄さんどうしたんだ? いきなり黙って……。
さっきまであんなに饒舌だったのに。
しかし、兄さんのことよりこの手紙のほうが気になる。こんなに謎めいた内容の手紙が、なぜか保健室に落ちていた……。
しかも、自分宛に……。
「なんでか」を深く考えようとすると、より吐き気が増してきたので、僕は、
「まあ、どうせ、誰かのいたずらですよ。気にすることないですよ」
と結論づけた。
結論づけたというより、結論を出すことから逃げたと言うのが正しいだろう。
皆も僕と同じような気分になったのか、僕の現実逃避をすぐに受け入れた。
「すみません、こんなことでわざわざ僕の家に来てもらっちゃって」
本当にそうだ。こんな変なことに巻き込んでしまって本当に申し訳なく思う。
「気にしないで。大したことないならそれに越したことはないから」
「そうですね」
ほっこりとした先輩の笑顔が、僕の心の中の虫を取り除いてくれるのを感じた。
彼女が放つ雰囲気は、まるで良薬のようである。
「じゃあ、遅くなってきたので、私は帰ります」
時計を見ると、九時を少しすぎていた。
もうこんな時間なのか……。
まだ八時にもなってないと思ったのに。
先輩は「ありがとうございました」と、礼をしながら言い、玄関に向かい始めた。
「待ってください。 流石に、夜に女性を一人で帰らせるわけにはいかないので、僕もついていきます」
「いや……でも……」
「気にしないでください。男として当然のことなんで」
「そう……なら、お願いします」
局先輩は深々と頭を下げた。
僕は、パジャマ代わりに使っているジャージを着ていたので、リビングの隣の和室にあるクローゼットに向かう。
それを伝えたので、先輩は玄関で兄さんと雑談を交わしている。
ああいうコミュニケーション能力が僕にもあったらな……なんて淡い幻想を抱いていると……。
「ねえ、兄ちゃん」
直義が僕の耳元で呼ぶ。
さっきから気づいているだろうが、直義は小さい頃に僕を「兄ちゃん」と呼んでいたために今でもそれが抜けないのだ。
でも、それを他人に知られるのが恥ずかしく、人前では「兄貴」なんて、大人ぶっているが、こいつは図体がでかくなっても子どものままなのだ。
「どうした?」
「気になったんだけどさ……」
「さっきの手紙のことか?」
「うん。あの『セカイ』って何を指してるんだろう?」
「どういうこと?」
「それは、この地球のことなのか、それともこの日本のことなのか、または幕府や皇族のことを指しているのか」
僕はそれを聞いて「フフ」と小さく笑う素振りをする。
「お前の考えすぎだよ。あんなのただのいたずらだって」
「……ならいいんだけど」
僕は直義に背を向け、クローゼットから外出用の服を探す。
でも、……たしかに考えてみると気になる。
僕は、左手で持っている手紙を見つめる。
セカイ……それは何を指すのだろう。
幕府、皇族、日本、アジア、地球全体、そして……。
おっと、俺も考えすぎだ! なんで、あんなわけの分からない手紙から、スケールを大きく考えちゃうんだ!
両手でパシッと両頬を叩く。
うん、痛い。
「おーい、高氏まだか?」
兄さんが僕を呼ぶ。
危ない危ない……女性を、ましてや先輩を待たせるわけにはいかない。
「今、行く!」
僕は服を着替えて、玄関に向かった。
その途中に、ゴミ箱に手紙を放り投げて。