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後継者⑤

 さて、ここまでが僕が現在本館の前にいる経緯である。


 似合わないスーツ姿と局さんにセットされたオールバック。


 万が一、クラスメイトに見つかって、誤解されそうになったら、以上のことを述べれば、誤解を解いてくれるだろう。


 言い訳にしては長すぎると思うが……。


 去年の誕生日プレゼントに父さんから貰った高級腕時計に目をやる。


 時刻は十七時五十分。十分前行動主義の僕にとって、その長針の角度は好ましいものだった。


 安堵感と高揚感が、緊張で下がっていたテンションを上昇させた。


 でも、血圧も上昇したので、フルマラソンみたいに、多くの赤血球(ランナー)が自己ベストを目指して走っている。


 だから、体に悪いのは変わらない。


 気合いをいれるため、ネクタイをきつめに締める。


 僕の心臓がビートを刻んでいる間、左隣にいる弟は、平然としている。


 こんな肝の座った漢になってみたいと思ったが、こんなに緊張している兄を見たら、緊張が和らぐだろうと悟った。


 ピシッと決まったスーツと、自分で整えた七三分けが大人っぽさを演出していて、周りから見れば直義が兄だと錯覚するだろう。

 

 きっと、この雰囲気が「ついて行きたい」と思わせる魅力なのだ。


 実の弟に見とれていると、ぎぎぃと扉が開く音がした。


 中から、鼻の下にひげを生やした浅黒のおじさんが現れ、お辞儀した。


「高氏様、直義様。執事の高師直こうのもろなおです」


 そして、頭を上げると。


「私が御屋形様のところまで案内いたします。私の後についてきてください」


 こうさんは、真っ直ぐ伸びた背筋を僕らに向け、ゆっくりと歩き出す。


 その背中にしばらく見とれていたが、直義が歩みだしたことに気づき、遅れて自分の足を踏み出させた。


▷▷▷▷


 案内されたのは会議室。この薄暗い部屋は、5mほどの長机があり、政治に関することを父さんと家臣で話し合っている。


 僕と父さんの間にできる5mの距離。それは、僕が作った壁の厚さと同じだった。


 これ以上近付きたくないし、離れたくもない。


 居心地が悪いとは感じない距離だ。


 向こう側の上座には、足利の紅く染まった家紋を背に、これまた紅い椅子に、父さんが深々と座っていた。


 その業火のような威圧感も、心の障壁を作る要因となっていた。


 僕たち親子の間に独特な緊張感が流れる。


 直義も額に冷や汗を浮かばせ、息を吞んでいた。心なしか体も震えていたかもしれない。


 沈黙が長く長く続いた。僕らはそれが破られるのを待つしかなかった。


 そして、待望のときはきた。


「ここまで来てくれてご苦労。君たちをここに呼んだ理由は分かるな」


 重く響く低音が上からの物言いをする。


 反発したい気持ちを抑えて「分かっています」と返した。


「ならいい。そろそろ後継者を決めなければと思っている。


 私も歳だ。世代交代を早くしたい。


 私としては、高氏、お前を次期当主に推薦しようと思っている」


 僕は「ありがとうごさいます」と抑揚のない声を出した。


「だが、話は単純ではない。


 直義。お前を推薦する家臣の数も多い。今までの学業の実績を考えれば当然のことだ」


 その褒め言葉に直義は何も反応しなかった。僕と違い、いついかないときも、褒められ、称えられるため、そういうものに慣れてしまっているのかもしれない。


「そこで君たちに是非を問いたい。


 この度、この家を継ぐ意思があるかないかを」


 この問いに容易く首を縦に振ることはできない。


 この国を支配する鎌倉幕府。その国で二番目に土地を所持している足利家。実質的なナンバー2。


 その家のトップを手に入れるということは、地位と名誉と責任が伴うということだ。


 それも高学歴というだけの高校生に。


 その覚悟ができているかどうか聞かれると自信満々に答えることはできない。


 それでも僕は……。


「僕はこの家を守り抜くと決心しました」


 それを聞いて父さんは「そうか……分かった」と言った。


「それで直義はどうだ?」


 これで僕が足利の当主だ。


 そうなったら、僕を信頼してもらうにはどうしたらいいだろう?


 幕府との繋がりをどう改善したらいいのだろう?


 この土地に暮らす民に喜んでもらえる政策は何なのだろう?


 そういったことを頭の中で駆け巡らせていると衝撃的な言葉が聞こえてきた。



「この家を兄貴に任せることはできません。


 足利家次期当主は私、足利直義です」


 


 



 


 


 


 

 


 

 


 


 


 

 


 

 


 

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