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後継者②

 コンコンッ。


「高氏くん、朝だよ」


 僕を起こすために、つぼねさんが部屋に入ってくる。


 開くドアの静けさは、彼女の気遣いを象徴していた。


 八月も後半でまだ暑さが収まる気配がないとはいえ、彼女はいつも通り、アイデンティティの如く、白いワンピースを身に纏っていた。


 しかも、今日は彼女が朝食の当番のため、その上にエプロンを着用していた。


 エプロンはワンピースが汚れないように必死に守ろうとしたのだろう。


 しかし、その苦労は虚しくところどころ茶色い水玉模様がデザインに付け加えられていた。


 彼女はきっとだらしなく寝ている僕を想像していたに違いない。


 僕の顔を見るなり、彼女は「えっ?」と感嘆をこぼした。


「おはよう……。局さん」


 ベッドに腰かけながら、僕は局さんに言った。


 すでに、パジャマは脱いでおり、濃い赤色のシャツと黒いズボンを着用していた。いつ外出しても大丈夫な格好だ。


 そんな予想外の展開を目の前に、彼女は呆然と僕を見つめる。


「どうしたんですか?」


「いや、いつもはこの時間に朝食を食べるのに、降りないから……。


 寝ているんじゃないかと思って……」


 僕は咄嗟に左腕に巻いた時計を見る。


 そこには「9:00」と記されてあった。


 もうこんな時間?


 おかしいな。アラームをこれより前の時間に設定したのに……。


 時計のボタンを押してみる。すると、宙にアラームの画面が提示される。


 そこには、たしかに八時と八時半にアラームが設定されており、画面の上には「アラームが鳴りました」とご丁寧に書かれている。


「すみません。ちょっとボケっとしちゃって」


 本当に、寝ぼけている。


 こうなった原因は明らかだ。


 昨夜見た、悪夢のせいだろう。


 兄さんに憧れた小さい僕を見せつけられ、憔悴してしまった。


 まだ太陽が昇らない時間に目が覚めた僕は、結局眠れずに着替えてアラームが鳴るのを待った。


 しかし、思った以上に心のカサブタはえぐられていたのだろう。


 二回鳴ったはずのアラームに、僕は気づくことができなかった。


 それくらい忘れたくても、忘れられない出来事。


 あれから数日間、泣いても、泣いても、僕の涙が枯れることはなかった。


 それでも、僕は前を向くと誓った。


 だから、前を向かなければいけないという使命感。


 前も後ろも囲まれた僕に、逃げることなど許されないのだ。その思考は確実に僕の喉を締めていた。


「では、リビングに行きましょうか? 温かいうちに食べないと料理はおいしくないですもんね」


 僕は立ち上がり、そう言って笑ってみた。


 局さんは「そうだね」と小さく呟いた。


 そんな局さんの両肩を掴みながら、一緒に一階のリビングに向かう。


 そうやって、笑顔も発言も偽った一日が始まるのだ。

 






 


 

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