アヤマリ⑥
高氏と局は、診療所として建てたテントの中に、飛び込むように入った。
中には、弟の直義、上半身が包帯に巻かれた義貞、全身包帯の一親、そして、簡易ベッドに横たわる兄の高義がいた。
「高氏……」
入口の近くに立っていた加賀が、高氏に話しかける。
そして、加賀は高氏に告げた。
「高義さん……もうダメみたい……」
それを聞いても、高氏の表情が変わることはなかった。分かっていたことだ。覚悟はできている。
パイプ椅子に座っていた義貞は「最後に顔くらい見ておけ」と言い、隣に同じく座っている一親も首を縦に振った。
高氏はそのまま兄の顔を見に行く。
直義はイスに座って高義の手を握っていた。
「兄さん」
高氏がそう呼ぶと、高義が重たいまぶたを開いた。
「おう、五分ぶりだな。元気にしてたか」
息苦しそうな声で、高義は冗談をかました。
「最後に言わせて」
「おう、なんだ……」
「僕と直義はもう子どもじゃない。
体も大きくなったし、色々なことを学んだ。
強くもなったから、自分のことは自分で守れる。
だから……安心して休んで……」
高義は再び目を閉じて「俺も最後に言いたいことがある」と言った。
「安心できない。お前らには心配事だらけだ」
「安心してよ。僕たちはもう自力で生きていける」
「いや、安心できない」
「高義兄貴、高氏兄貴が言ってるとおり、心配しなくていいんだよ」
「いや、心配だ。だって……」
高義は、目を開いて、顔を二人の弟の方に向ける。
「そんなに泣いてる姿見て、心配しないわけないだろ?」
高氏と直義は、顔がくしゃくしゃになり、鼻水を垂らしながら、涙していた。
大粒の涙が地面を濡らす。
「だって……だって……!」
高氏が息を詰まらせながら言う。
「泣くなよ。泣きたいのは俺のほうだぜ。
大好きな弟二人おいてけぼりにして、まだ生きていたいのに、まだお前らと一緒にいたいのに、こうして死ななきゃいけねぇんだからな。
理不尽すぎて、神に文句言ってしまってやりたいよ……。
でも、これが運命だ。受け止めるしかない。
それに、お前らのことは心配だが、周りの皆がいれば大丈夫なんじゃないかなと思ってるよ。
局ちゃんに加賀ちゃん。義貞と一親くん。
そして、さっきから、外でこそこそ見てる登子ちゃんもね」
皆が一斉に、テントの入り口を見る。そこには、中を覗いてる登子の姿があった。
登子は恥ずかしがりながらも、中に入ってくる。
「こんな大事件が起きてさ、俺の弟を心配してくれて、二人共駆けつけてくれたんだぜ。
そうだよな? 二人共」
いきなりのアドリブに、加賀と登子は、「は、はい」と口を合わせる。
それを聞いて「事情」を知らない局、義貞、一親は、納得する。
「さてと……」
高義は幽かな体力を全て使って、上半身を起こす。
そして、高氏と高義を抱きしめる。
「お前ら本当に大きくなったな。昔は、二人同時に抱っこしてたのに、今じゃそんなの無理だ」
さらにかすめる声に、皆は死期を悟り、高義の周りに集まってくる。
「皆……俺の弟達を任せたよ……」
一親に肩を貸しながら、義貞は返答した。
「任せてください。俺たちがこいつらが間違った道に行ったときは、怒ってやります」
義貞らしい、威勢のいい返答だった。
「頼もしい言葉だ……。ありがとう……」
「兄さん!」
「兄貴!」
「俺は幸せだ……。お前らと兄弟になれて……。お前らと生きて……お前らのために生きて……生涯を終えられるんだから……」
「兄さん、もうしゃべらないで……!」
「いや、これだけは言わせてくれ……。
ごめんな……ありがとう……」
そして……。
「またな」
▷▷▷▷
「高義さん!」
そう叫んで、佐々木はテントに入った。
でも……。
「もう……遅かったか」
足利高義。文武両道の天才は、仲間に囲まれて、愛する弟たちに抱かれて、短い生涯を終えたのであった。