アヤマリ④
僕が近づくと、土岐は僕に気づいて、首を横に曲げながら、見つめてくる。
その目は、餓死寸前の獅子がうさぎを見つけたときのような、有頂天に達した喜びの色をしていた。
しかし、僕はうさぎではない。黙って食われるつもりもないし、そもそも食われるつもりもない。
逆に、僕が喰らうのだから。
大きな手は、UFOキャッチャーのように開いて、獲物である僕目掛けて、突撃した。
空気を斬る音が耳をつんざく。
避けることはできるが、敢えて僕は避けなかった。
手のひらが作った影が、僕の全身を覆う。
その手のひらに、僕は、見えない刃で突き刺すように、ヴァサラを添える。
すると、急ブレーキをかけられたように、手は急停止をする。
何が起こったのか、分からなくて、土岐は「あ゛ぁッ!?」と口にする。
すると、食道に物が通るみたいに、手首から、ボコボコと膨らんでは縮むを繰り返し、「それ」は、やがて手の根本である土岐の背中まで辿り着く。
「喰らえ」
そう呟くと、その膨らみから、何本もの手が現れて、彼に襲いかかった。
「しぁぁぁ!」
僕が誰かに体を乗っ取られたとき、砂羅を操れたのはヴァサラ支配率が関係していることは、体が理解した。
たしかに、土岐は薬で支配率を上げたかもしれない。
でも、今の僕相手には、劣りすぎだ。
土岐は、反射的にシールドを展開する。
でも、無駄だ。
手は、シールドの中心に集まって、無理矢理穴をこじ開ける。
そして、他の手が穴を開いている間に、一本の手が土岐の首を掴む。
「ぐぅぅぅ! がぁぁ!」
息ができずに苦しみ、奇声をあげる。
もがきながら、自分のヴァサラで、手を切り裂き、脱出する。同時に、複数の手、巨大な手も元の砂になり、風に乗って消えていく。
僕に近づくのが危険だと思ったのか、彼はそのまま後退し、距離をとった。
その距離、100mといったところか。
こちらから一瞬で詰めることのできる距離だが、それは相手も分かっている。
弱者にでも、本気を出して、確実に勝たなければいけない。今は、そういう戦いなのだ。
彼は再び巨大な手を生成する。周辺から灰色の砂が舞い上がり、腕、手首、手のひらの順で作っていく。
そして、コリもなく手を僕に放つ。
同じことは通じるわけがない。
もう一度、僕はヴァサラを構える。
しかし、その手は、僕の目の前で元の砂に変わった。
それに塞がれた視界から、土岐の姿が現れる。
僕の目と鼻の先に、彼は剣を振りかざして飛びかかってきた。
これには驚いた。ニヤリ笑いが、剣を振り落とす。
でも、それは僕にとって好都合だった。
僕は、彼の胸に柄を添える。
その耳では聞こえないと思うが、僕は彼に告げる。
「静かに眠ってください」
その場が一瞬、光に包み込まれる。
そう、僕のヴァサラが彼のヴァサラ粒子を吸収したのだ。