アヤマリ③
「へぇー、まさかあそこまで適応するとはね」
ボクは、高氏くんと離れてから公民館の屋根の上に登り、しゃがみながら、戦いを鑑賞している。
高氏くんを登用するという最大目標は失敗したが、まだボクには手に入れた薬の効果を記録するという役目がある。
ベストよりベター。やることは最後までやり通さなければいけないからね。
それにしても驚いた。土岐のことは大したことない人だと思ったけど、ここまで薬と相性がいいとは思わなかった。
ヴァサラ支配率が100%を超えると、砂羅も操ることができることは知っていた。
その砂羅を操ることができているということは、土岐はその支配率が100%を超えた証拠である。
人工的な措置が加えられたからと言って、普通、人がそこまでの支配率を持つことはない。
でも、そんな彼も、高氏くんの手で殺められることになるだろう。
「可哀想に、惜しい人を亡くしたな」
「安心して、あんたも送ってあげるから」
首の右横に刃を突きつけられ、ボクはゆっくりと両手を上げる。
声だけで背後にいるのが誰だかは分かる。
「あれれ? お姉ちゃんも見に来たの?」
「あんたが昨日、見に来てみなと言ったから、誘いに乗ってあげたの」
「そう言った覚えはあるけど、殺してくれとも言った覚えはない?」
「幕府の人間として、それに仇なす危険分子を処分するのは当然でしょ?」
「仲間の命助けたんだから、この場は勘弁してくれないかな?」
「仲間の命? どういうこと?」
ボクは右へ指さす。その先には、美少年が横たわっていた。
「一親くん!?」
驚きで、お姉ちゃんは彼の名前を出す。
綺麗な白い肌は、擦り傷だらけで、血で赤く染まっていた。
「奮戦むなしく土岐に敗れてね。
トドメ刺す前に救出しておいたんだよ。
体中から出血してるし、骨も何本か折れてるから、早く救護班に送ったほうがいいよ」
「なんで? あんたには、関係ないのに」
なんでだろう? 考えてもいなかった。
しばしの間、熟考してみたら、自分でも意外な結論が出た。
「高氏くんが悲しむと思ったからかな」
そう思わせる魅力が彼にはあった。
なぜなのかまだ分からない。
でも、ボクはその魅力に惹かれてしまったのだ。
「お姉ちゃんもそう思うときあるでしょ?」
そう問うと、さっきまでの饒舌がピタリと止まり、沈黙の時間が続く。
「とりあえず、あんたを殺すのは後の機会にする。あの子に治療を受けさせなきゃいけないもんね」
あ、話そらした。
それを指摘すると、せっかく助けてもらった命を奪われそうだから、お口をチャックした。
「そういえば、高氏はどこ?」
彼女の質問にボクはまた指をさして答える。
目の前の瓦礫が散らばった平地。
そこに大きな手を尻尾のように生やした土岐と、それに近づいていく高氏くんがいた。
「高氏……!?」
お姉ちゃんは、ボクの隣をすり抜けようとしたが、すぐに右手でそれを静止する。
「何のつもり?」
怒りが漏れた質問に対して、ボクは返答する。
「高氏くんが決めたことだ。
それをボクたちが止めることではない。
赤子が自分の足で立ち上がるときは、誰かが手助けしたら、意味がないんだよ」
そう言うと、不満に思いながらも、お姉ちゃんは、一親くんを担いで屋根から飛び降りた。
やっと、いなくなったか……。
内心怖くて、お姉ちゃんと目を合わせないように、ずっと戦場を見ていた。
では、しっかりと見せてもらいましょうか。
高氏くんの本気を、決断を、実力を。