夢現②
「どうぞ、お茶です」
直義は、礼儀正しくカーペットに正座している局先輩にお茶を出す。
小皿に乗った湯のみの中にあるのは、注がれたばかりの熱い緑茶である。
「ど、どうも。あ、あのー……」
局先輩は、もじもじしながら言う。人の家にあがって緊張してるのかもしれない。
「聞きたいことがあるんですけど……?」
聞きたいことだって! え、なんだろう?
ヤバイ! 気になる! どうしよう? こっちまで緊張してきた!
「き、き、き、聞きたいこと? ど、ど、どうぞ!」
「なんで御三方も、正座しているんですか?」
今、僕たちは、局先輩から見て、右から、兄さん、僕、直義の順番で座っている。
「おかしいですか?」
「どうぞ、ソファにかけてください」
先輩は、両手でソファを示す。
「いやいや、客人がカーペットに正座しているのに、ソファに座れませんよ」
「で、でも……」
彼女は、申し訳なさそうに、そして、悲しそうにつぶやく。
「私、平民ですし……」
平民……。その言葉は、あまり好きではない。
ヴァサラ遺伝子を持たない者を人はそういう。
ヴァサラ遺伝子を待つ者、つまり武士は、最初は、貴族の傭兵となり、英雄・源頼朝が幕府を開いてから、武士は自分の領地を手に入れ、政治を行うようになった。
そのまま、国の統治する者は、世襲制によって決められ、その人に実力があろうが無かろうが、その人は政治を司り、権力を持つのだ。
ヴァサラ遺伝子がない人達にとっては、これ程住みづらい世の中はないだろう。
しかも、この世界の富は、たった1%の富裕層、すなわち貴族が持っているため、貴族は働かなくても金に困らない。
そして、それも子孫へと受け継がれて行くので、金は下の層に降ってこない。
それは、ヴァサラ遺伝子もなければ、権力や富もない、平民にとって残酷な事実である。
平民は、一部の武士や貴族の軽蔑と差別に耐えなければいけない。
それなのに、平民は、税金を納めなければいけない。
その税金が生きている僕は、複雑な気持ちでいてならないのだ。
「そんなことありません」
と落ち着いた声がした。
「たとえ平民であろうと、私たちの客人です。手厚くおもてなしをしたいのです」
兄さんは、ニコッと笑った。
まるで、さっきまでの軟派な感じがなくなり、冷静で温厚な雰囲気を漂わせる。
きっと、政治に参加しているときは、こんなキャラなのだろう。
僕は、兄さんのキャラチェンジに驚きながらも、その器用さに感心した。
「だからといって……」
「分かりました」
兄さんは、局先輩の言葉を遮る。
「きっと、私たちが正座をしているのに、ソファに座ることを躊躇っている。そうでしょう?」
「は、はい……」
「安心してください。ちゃんと他にも椅子がありますから、気にせず先にソファに座ってください」
兄さんは「直義、二階の私の部屋から椅子を持ってきてくれ」と頼み、局先輩のお茶と、兄さんのソファの前にあるテーブルの上に運んだ。
僕は、僕と直義のお茶を運ぶ。
そうしながら、兄さんの優しい対応に心の中で感動し、この上ないほど感謝したくなった。
「高義兄貴、これでいいのか?」
「それで大丈夫だよ」
直義が帰ってきて、兄さんは僕を座らせる。
……ソファに。
ん? なんでソファ?
えーと、あーと……。
あっ、思い出した。
たしか兄さんの部屋の椅子って……。
「すみません。2脚しかなかったので、高氏の隣に座ってもらっていいですか?」
「えっ、はっ、はい……」
前言撤回。こんな余計なお世話して、きっと心の中でほくそ笑んでる兄に感謝の言葉を与える価値なんてなかった……。