プロローグ
「おまえの嫁ぐ日取りを決めてきたぞ」
まるで飼い犬の貰い手が決まったとでも言うように、婚姻があっさりと告げられた。
城に到着した途端にこれかと、乾いた笑いが漏れそうになる。
嫁ぎ先は政情不安を今も引きずる、山脈を越えた先の帝国。本気だろうか。
嫁いだならば、国に戻ることは難しいだろう。それどころか、帝都に無事辿り着けるかどうかも甚だ怪しい。
――婚姻すら初耳なのに日取りだなんて。
椅子に悠々と腰かける男の、自分と同じ緑の瞳。喜ばれ、礼を言われることを疑っていない無神経な瞳。クロエセリア・ハノーファーは、それを謁見室の檀下から見つめながら、男を椅子ごと蹴り飛ばしたい気分に駆られた。
凛々しく、人々を魅了してやまない姿。
緑の瞳は理性に溢れ、流れる金の髪の一本すら尊く輝く。
声はどこまでも力強く、言葉は人々を正道へと導く標そのもの。
それら全ての賛辞を受けたエルクラルドの先々代国王、カイセル・ハノーファー。
目の前のフェルディナンド・ハノーファーは、その孫にあたる。
クロエセリア唯一人の兄。
彼は即位当初、偉業を成した先々代国王カイセルの生き写しと呼ばれていた。
でも実際は――――。
もっと穏便に済ませるつもりだった。
――でも兄上がそのつもりなら、こちらだって手加減しないわ。
クロエセリアは、兄に視線を合わせたまま口を開いた。