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97、精霊乱舞

ハルカとノロが王都に向けて高速で飛ばしていると 前方に濃い紫のモヤがかかってきた。


「何、あれ?」


「紫色・・死の霧にゃ。

いかん、ハルカもっと高く飛ぶにゃ。あれに触れると死んでしまうぞ」


普段より高度を上げて飛んでいたのが幸いした。

ハルカがさらに高度を上げ 上空を通過しようとした時、ミサイルのように霧の塊が打ち出されてきた。


「ハルカ、左によけて!」


「えっ、ピア急に何?」「早く‼」


突然、背中にピアが顕現してアシストしてくれた事でギリギリ回避できた。


「うわっ、この世界の霧って、意思が有るんだね」


「いやいやいや、おかしいにゃ」


「本当に変だよ、この紫のモヤモヤには悪意が有るんだよ」


「皆が心配だ。急ごう」



上空から見下ろすと 紫の霧が弧を描くように帯状に伸びている。


「まずいにゃ。このままでは王都は全滅にゃ」




ほどなく王都に到着はしたが、門は完全に閉められていて外から多くの人々が押し寄せていた。これでは正規に門から都に入るのは不可能だ。

ただし 空なら別だ。大混乱している今なら空から侵入しても無視されるだろう。


ハルカは王都の上空に侵入したがやはり何の攻撃も受けない。

国の心臓部で侵入者にこの反応など本来なら有り得ないはずだ。


「紫の霧は全てを死滅させる死神にゃ、それが接近して来るのじゃから無理も無い」


「それってマズイじゃん・・・でもさすがに知ってる人全員を乗せて飛べないし 困ったよね」


「ハルカ ハルカ、飛んでたら何も出来ないよ。あそこに降りようよ」


360度全体を見渡せる場所で、尚且つ 足場の良い塔の上に降り立った。

ハルカの魔力が尽きて倒れても落ちない場所だ。ピアの采配である。


「うわぁ・・・さすが異世界」


塔から見渡した景観は 全方位が紫に染められ幻想的ですらある。


「どうすれば良いと思う?」


「あの霧を人が撃退した例は聞いた事も無いにゃ。

まずは 近寄らせない事が最低条件で何か対策するならその後にゃ」


「とは言っても・・・この広さを結界で守るのは無理かも・・」


王都の人口は80万ほどで地球のそれに比べれば ささやかなものだが、それでも高層建築無しで その人口を収容しているのであるから都全体の広さはかなり有る。

歪に広がっているので全てを結界でカバーするのは難しいのは勿論だが 実現したとしてもそれだけで魔力が枯渇してしまうのは確実だろう。


『我等ヲ忘レテオラヌカ、王ノ宿主ヨ』


「そうだよ、ハルカ。こんな時くらい頼ってよ」


「ピア。霧を足止め出来る?」


「それくらいなら任せて。精霊の力は大自然とパートナー、それに数え切れない仲間が居るから単体ではないんだよ。全てがハルカの仲間だ」


精霊王たるピアは そう宣言すると近隣の精霊 全てに召集をかけ、一つの意思の元に力を集結していった。




************




「ひあぁぁぁぁー」


精霊殿の巫女達は大混乱した。


「これほどの精霊が集まるとは、何事がおこっていますか!。ありえない」


「巫女長、外にも精霊が満ちています。これほどの数は見た事がございません」


巫女達が外に出ると、空を埋め尽くすほどの様々な属性の精霊が乱舞していた。

最も活発に活動する風の精霊が集まるのは 城に隣接している塔の上だ。

そこには 彼女達が知ることも無い巨大な存在、精霊王ピアが居る。

巫女たる少女達は無意識のうちに膝を屈し祈りを捧げていた。


そして 異様な力の本流を感じ取り 混乱する者が城の中にも居た。


「この膨大な力は何ですか。都を消し飛ばすつもりですかぁー!」


「ラニカ殿、どうなされた。気をしっかり持って・・・」


「どうもこうも、皆は感じないのですか?。王都に途轍(とてつ)もない魔力が集まっています。こんな力 どうしろと言うの」


宮廷魔術師ラニカは異様な事態に怯えていた。

ピアが言ったように自然界の魔力が集まってきているのだから無理も無い。

魔力を感じる者ほどこの異常事態は受け入れ難い現実だったのだ。



やがて紫の霧が王都に近づくと 上空から不可解な風が王都に吹きはじめる。

それは強すぎず 弱すぎず、都の中心から外に流れる異様な風であった。

上空から空気が真下に流れ込み四方に拡散する、いわゆるダウンバーストという名の それは、飛行機を墜落させる原因の一つである危ない風である。


その風が近づこうとする紫色を押し止め、結界の壁が有るかのように防御していた。渦巻く霧は徐々に高さを増し、王都を囲む紫色の巨大な壁のようになっていく。


「さて、どうしよう ノロ」


「霧を相手に魔法で攻撃するのも変じゃしのぅ」


「教えてあげましょうか?坊や」


「「!」」


ハルカは飛び上がるくらい驚いたが一歩も動く事が出来なかった。



「あーっ、動かないで。影がずれちゃうから」


「影?・・ヒイッ!」


ハルカはまたも心底驚きの悲鳴を上げた。

自分の影から伸びた手が足首を捕まえ そのとなりには 女性の顔だけが出ているというホラーな光景である。

まるで暗闇から手が伸びて地獄に引きずり込まれるような究極の恐怖体験だ。


「この声はアリスにゃ?」


「脅かしてごめんなさいね。

私がこの国に姿を見せると何かと問題が有るのよ。このままで話をさせてね」


「し、心臓に悪い登場にゃ」


「時間が無いわ。あの紫の霧の事を教えるわね」


「・・・うん」半べそ


ハルカは竜退治のアドバイスが 自分の求めていた答えだった事に感謝していた。

そして、それを惜しげもなく教えてくれたアリスに畏敬の念すら持っている。


再び自分が答えを出せない所に現れた 救いの人であるアリスの話を聞かない訳が無い。ビビッて腰が引けてるのは無理も無いが・・・


「あれはね、霧に見えるけど とっても小さな魔物の集まりなのよ。

そして 魔物だから使い魔にもなるわ。極めて特殊なケースだけどね。

それが今 押し寄せている敵の正体よ」


特大の魔物が闊歩する異世界である。

微生物のような魔物が居ても何ら不思議ではない。紫の霧とは そんな微生物サイズの魔物が異常な増殖をする、いわゆる赤潮のような現象なのだろう。

使い魔という事は今回の災害は意図的に行われているという事になる。

ハルカからすると極めて迷惑なテロ行為だった。


「 ありがとう、本当に助かったよ アリス」


「いいのよ・・・また会いましょうね 坊や。必ず生き残るのよ」


顔と手が影に溶け込み、アリスは去っていった。

途轍もない貴重な情報を残して。



そしてハルカは青い杖を掲げた。


数多(あまた)の精霊に満たされ、濃厚な魔力の漂う空間でハルカは魔力を集束する。

霧の押し寄せている広大な空間を意識し定着させ都全体を包み込むイメージ。

空間を意識上で固定しそれを反転。魔法を打ち込む準備が出来た。

何時もの魔法とは逆でこれより魔法を転送するのは空間の外側になる。

360度 全方位に放射形式の広域魔法の転送、当然ながらその為には膨大な魔力が必要となる為 さらに魔力を集めていく。


まだ明るい日中にも関わらず、ハルカの周りにはチカチカとフラッシュが炊かれたように光が明滅する。急速で荒々しい魔力の制御を物語っている。


まるでモーゼが海を割るように渦巻く紫の雲を背景に (まばゆ)い光の子供が踊っていた。

城から あるいは地上から その姿に気付いた者全てが誰一人として声も出せずに呆然と見入っている。


それは今まで多くの戦いを経験し成長したハルカが放つ全力の大魔法。

そして解き放たれる ノロ直伝『魔力循環停止』の魔法。


「消えた・・」



そう、消えていた。紫色に渦巻く雲も、吹き渡る風も。

そして 神秘的な光景を作り出していた精霊の乱舞も明滅する光も。

今までの事が嘘であったかのような穏やかな優しい空気だ。


子供は塔の上で膝から崩れ落ちた。

その姿が唯一 今見たものが幻では無かったと教えている。


魔法を少しでも使える者なら分かる。あの瞬間 確かに魔法が行使された。

その魔法によって死の霧は消滅したのだ。


「奇跡よ・・この瞬間に立ち会えるなんて素晴らしいわ」


「すばらしいです。すごい出来事を確かに見ましたわ」


城の窓から成り行きを見ていた王女達は感嘆の声を上げる。


逆にハルカの非常識な魔法を知らない人々は「自分が見た光景は現実なのか」と認める事に躊躇していた。



「ハルカ、大丈夫ニャ?」


「うん。だいぶ楽になって来た。マウラのポーション飲んだし。

それとピアたちが魔力を集めてくれてたおかげだね」


「ハルカ、凄いよ。自分もまた成長できた」


『某モ 強クナッタヨウデス』


微生物並みに小さいとはいえ、数百億単位の魔物を倒した事でハルカやノロ達だけでなく、協力してくれた数多(あまた)の精霊達も恩恵を受けレベルアップしていた。この後、王都スティルスティアの近辺では 数年にわたり記録的な豊作が続いたそうな。



「ピア、皆で帰ろう・・精霊樹に」


「うん、帰ろう」


「そうと決まれば早く三人を拾いに行くにゃ」


ハルカ達は王城の者達がいまだに再起動できないうちに フェルムスティアに向けて飛び立った。


一部始終を見ていた城の人間達の殆どは真実を知る事ができず、うやむやのうちに

成人の儀に突入したため 忙しさに負けて深く考えるのを止めてしまった。

わずかに事の真相を予測できる者達も 公式に偉業を認めるための証拠は何も無く、

ハルカの存在を公表した場合の大混乱を避ける為に あえて動こうとはしなかった。


その後 ハルカと一緒に帰れないと知ったフェルムスティアの冒険者達は愕然として落胆し、イベントが目前なのに早くも帰り支度をはじめた。


そしてその後何事も無く、「皇太子成人の儀」は予定通り華々しく開催された。

晴れの式典で国民から盛大な祝福と歓呼の声を送られている皇太子オラテリスは何処か寂しげであり、ハルカの存在を知りながらも結局 会う事が出来なかった王家の人々は苦笑いするしかなかった。国の中枢の者ほど式典の間は動きがとれないのだ。


大成功のうちに終わりを迎える式典を苦々しく見ていたのは 一人の魔術師。

激レアな使い魔、死の霧をハルカに殲滅させられた男である。


「異世界から召喚された勇者・・・必ず報復してあげる」


男の能力は魔物の召喚、そして 世界一とも言える鑑定能力。

ハルカの存在を正確につかみとった男は、呪詛の言葉と共に復讐を誓うのだった。







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