96、紫色の死神
次の日の朝。
ハルカが様子を見に棟梁のところに行くと、満足しきった顔で大工の面々が現場で寝ていた。
「頼まれた品物はできてるぜ。ハルちゃん」
「えっ、もう出来たの」
「ルクライアスの職人どもが中々シャレた細工をしてやがったからな、うちの弟子達がやる気になっちまって、明かりの魔道具を持ち込んで徹夜で作り上げたのさ」
「ありがとお。でもみんなに無理させたね」
「はは、気にするな。どうせ今日は休日だからな。こいつらも良い勉強になったぜ」
職種が少ない世界では「物を作りたい」という 欲求を持つ人が付ける仕事は限られる。結果として 集まった男達の中には 仕事と言うより楽しみで仕事をしている職人も多い。そんな彼らが面白い仕事に巡り会った事で がぜんやる気が出たらしい。
出来上がった4人乗りの座席は 3人乗りのそれとは別物のような出来上がりに成っていて、棟梁がドヤ顔で手渡すのもわかる。
ハルカがお礼に50センチ四方のゴンゴロウ牛肉のブロックを二つ渡すと大喜びされた。帰って皆で宴会でもするのだろう。
ハルカは早速 試験飛行も兼ねて王都スティルスティアに向けて飛び立つのだった。
4人乗り座席付きの杖は一人で乗っても違和感は無かった。
大きくなった分 安定感が出てきて落ち着ける。
デメリットとしては魔法を解除したときに重過ぎる事と、直ぐに杖として使い難いところだろう。
迷わないように 以前通った道をなぞって王都に向かう。
ゴンゴロウが襲ってきた場所には 今も馬車の残骸が放置されている。
「ねぇ、ノロ」
「なんにゃ」
「今更だけど、ゴンゴロウは魔物じゃないのに 何であの魔法で死んだのかな」
「ふむ。確かに今更にゃ。
わしらも魔法が使えるという事は 体に魔力が流れてる証拠にゃ。でも 体を維持する為に魔力を使ってない。ゴンゴロウみたいな巨大な獣はな、巨体を支えたり維持するために必要な力の半分を魔力で行ってるにゃ。血液と同じようなものじゃな」
「じゃあ、あの魔法で人は死なないんだね」
「うむ。身体強化の魔法を解除する事はできるがの」
(人も同じように魔力を使えば巨大になるのだろうか。進撃とかされて 食われたら嫌だな)
「ちなみに、魔物は体を維持するのに魔力を使うのと同時に、外から魔素を取り込んで補っていると言われておるにゃ。魔素の豊富なダンジョン意外は魔素が希薄じゃからの、摂取するのが大変になり 目に付くものを何でも襲うようになるらしい」
「なる・・」
どうやら地球とこの世界の一番違うのは魔素の有無、あるいは濃度なのかも知れない。検証のしようが無い事だが。
徐々に王都に近くなっていく。
それと比例してハルカの不快感も増大してきた。
「ノロ・・何かおかしい」
「うむ・・わしもさっきからヒゲがチリチリしとる」
「急ごう」
地上に影響が無いように高度を上げ、音速近くまで速度を上げた。それはハルカがその気に成れば この星を最初に周回し把握できる事を意味する。
それがどの様な意味を持つかは 大航海時代の地球を見れば分かるだろう。
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「失礼致します。陛下」
「ふむ、お主の焦った顔は 久しぶりじゃな。して、どのような大事なのじゃ」
「北の監視砦から急報です。・・死の霧が発生いたしました」
「!。詳しく申せ」
「はっ、確認できましたのは今朝方。
規模は今のところ小規模ですが・・増殖しながら王都方面に向かっております」
「ぬぅ・・よりによって、この時機にか」
死の霧とは この世界で時折発生する災害である。
紫色の霧が地面を埋め尽くし、霧が去った後は魔物すら死に絶える恐るべき現象だった。突然発生し、増殖して大きくなっていく。そのまま広がるなら地上の全ての生物が死滅しそうなものだが、自然に消滅してくれる謎の災害でもある。人々ができる対策は 逃げて過ぎ去るのを待つしか無かった。
「自然消滅する見込みは有るか?」
「難しいものと思われます」
「王都は今 祝賀イベントで人が溢れている。公表すればパニックとなり死者すら出るだろう。国の威信は失墜し国力は大きく失われる。しかし、発表せねば それ以上の悲劇を招き 国自体の存続すら怪しい」
「はい・・」
「まだ時間は有る。この件はまだ誰にも教えてはならぬ。信頼できる者達を集めて対策会議を行う。各領主にも参加してもらおう」
「御意。早速手配してまいります」
宰相は薄くなった髪の毛を揺らしながら 小走りに王の執務室から退席して行った。
(やれやれ、こうも心配事が続くようでは、わしも髪の毛の心配せねばならぬな。
しかし、狙ったようなタイミングよの。よもや、これも奴らの妨害工作ではあるまいな)
王都から馬車で北に向かって5日ほど進むと大きな森にぶつかる。そこには魔物の監視をするための砦が作られていた。常備20人ほど監視のために兵が居たのだが 今は逃げ出して誰も居ない。
「ぬぅ、一足遅かったか。痴れ者共め、こんなものまで用意していたとは」
誰も居ないはずの場所に立っていたのはリンリナル魔法王国 現国王ゲァアリス・フォア・リンリナル。
妖艶な美女にしか見えないゲァアリスは立派なオネェであった。
「すでに私でも抑えきれない大きさに成長してしまっているわ。影をスティルスティアに繋いでちょうだい」
「御意」
ゲアアリスは建物の影に入ると溶け込むように消えて行った。影を使った特殊な転移魔法である。
増殖するだけでなく生き物を包囲して捕食するプログラムがされた特殊な死の霧は、徐々に速度を上げ大きな獲物の臭いに引かれて王都を包み込むべく分裂して二手に分かれていた。
王都スティルスティアでは情報をもたらす早馬がしきりに往来し、それがただ事ではない事態であることを人々も感じ取っていた。
城の会議室では王をはじめ、国の要人と各地の領主が集まり対策に頭を抱えていた。
「最悪の場合、他の領都にいったん遷都する事も考えるべきですな」
「それ以前に逃げ出す方法を考えませんとな。今の王都は各地の大きな商人たちが集まっているようなものです。彼らを見殺しにしては国の経済は崩壊して遷都どころでは無くなりますからな」
事態が深刻とは言っても 霧の進行速度が遅いことを知っているため 彼らの会議は余裕が有り、自分の利権につなげようと考える者すらいた。そんな彼らを震撼させる急使からの情報がもたらされる。
「ばかな、あり得ん!」
「早馬を走らせていた兵の何名かは霧に飲み込まれて死亡。各地に向かう為の主要な街道は霧で封鎖されました」
「なぜ、そんな位置に霧が来ているのだ、そもそも早すぎるぞ」
ここにきて、彼らは自分達も逃げ出せない事を知った。
街道以外を馬車で移動するなど不可能だし、歩いて移動しては逃げ切れるものではない。今の王都には王族だけでなく各地の領主が家族連れで来ている。このまま都が死の霧に包まれれば指導者を全て失う事となり、国は事実上崩壊する。
「ほ、報告いたします。紫の霧が視認できる距離に近づいております。夕方には王都に到達する模様」
王は走り出し、城のバルコニーから外を見下ろした。
見渡す地平線にそって紫色のラインが引かれるように異様な風景を作り出している。
「おわりだ・・・わしの代でこの国が滅ぶとは、何という・・」
同じように 外に出てきた国の要人たちも 途切れる事無く続く紫の地平線に言葉も無く、呆然とその場に立ち尽くすより無かった。
その視界を小さな点が横切る。
有り得ない速さで飛行するそれは 大きく旋回した後、城に隣接する塔の上に降り立つ。
それは小さな子供であった。