95、痛い再会
ハルカは思わぬ危機に瀕していた。
いきなり天井スレスレの高さまで持ち上げられ、このまま床に叩きつけられたら紙装甲の子供の体では即死も有りうる。
(何で精霊の守りが働かない?)
「ハッハッハ。ハルカ。マイ、エンジェル♪」
(この変なイントネーション・・)
「ジョンの兄貴。ハルカが恐がってるぞ。落とすなよ」
「へ・・ジョン?。それに 今の声は・・ガルガンサ?」
いきなりの事に目をつぶっていたハルカが下を見ると、以前より逞しくなった黒人青年ジョン・ハミルトン・アダムスと 彼に助けられた舎弟 ガルガンサが居た。
2人共デカイので 天井から見下ろしているのに顔が直ぐ近くにある。そのデカイ体のジョンが再会に感激してハルカを抱きしめるからたまらない、必死でタップして圧死をまぬがれた。
余所者がギルド内でこれだけ騒いでいるのに誰一人文句を言う者は居ない。
2メートル級のガチムチ大男が2人もそろっているのだ、力の上下は試すまでも無い。実際、ジョンに至っては 軽く殴っただけで相手は死んでしまうだろう。
落ち着いたようなので近くの酒場で話をすることになった。
ハルカは勿論お茶を頼んだが、意外な事に2人の大男もお茶にしていた。
まぁ、この2人が酔っ払って暴れたらシャレにならないだろう。
「2人共エールとか飲まないんだね」
「ああ、酔う前に腹がガボガボになるからな、性に合わないのさ」
「そういえば、ハルカと別れる前に飲んだ酒は美味かったな」
「なっ、まさか・・向こうの(地球の)料理だけじゃなく酒まで持ってるのか?」
ギラギラと期待に満ちた眼を向けられると恐い。
幸い他の客は居ないようなので ジョンが好きであろうウイスキーを取り出す。
「は、ハルカ。頼む、売ってくれ。今有る金は全てやる」
ガッチリとウイスキーごと手を握られて迫られる。
「痛い、いたい。手加減しろバカ」
「おおー、ソーリィ。ハルカ」
危なく手が複雑骨折するところだった。
そうなったら彼に悪意は無くても 守護してる精霊が激怒して、ジョンとの人外バトルが始まってしまう。くわばらくわばら。
「焦らなくても これくらいあげるよ。ジョンが酔って暴れたら町が崩壊するから、心して少しずつ飲んでね」
ハルカが取り出したウイスキーはペットボトルに入った大きなものなので暫くは楽しめるだろう。取り合いにならないようにガルガンサにも1本渡した。
ガルガンサは酔うと寝てしまうタイプなので大丈夫だろう。
「シェアラも一緒に王都まで行ってたそうだな。ギルドマスターから直々に説明されたぜ」
「本当はこの町でゆっくり待つつもりだったけど、シェアラを危険に付き合わせてしまった」
「ああ、その点は問題ないぜ。むしろ あの子に広い世界を見せてくれて感謝してる」
「そか。シェアラは仲間と一緒に まだ王都に居る。明日迎えに行くから明後日には会えるよ」
「そうか、あの子にも仲間が出来たか。良かった」
そういえば、シェアラの事情はハルカも何一つ知らない。別に知らなくても何も変わりないし、時期が来たら分かるだろうとハルカは思っている。
2人とこれまでの事を談笑し、シェアラ達3人を迎えに行くための準備をするために分かれた。
彼ら2人はフェルムスティアをベースタウンにするそうなので 帰ってくれば幾らでも時間は取れるだろう。
ハルカは以前知り合った大工の棟梁に会う為に、今も建設中のギルド会館建築現場に来ていた。
「おぅ、ハルちゃん。久しぶりだな。もう直ぐこの建物も完成するからよ。そしたらハルちゃんの例の家を作らせてもらうぜ」
「今日は頼みが有って来た。えっと・・これを四人座れるように長くして欲しい」
今有る 『杖に取り付ける座席』は3人乗りなので、ハルカ、シェアラ、シシルニア、そして新しい仲間のマウラが同時に乗るには一人分足りない。
「ほう、こりゃあ・・良い仕事してるじゃねぇか。何に使うかわからねぇが」
「これはこうして、空を飛ぶのに使う。これを作ってくれたのは ルクライアスの職人さん」
「ルクライアスだと。・・分かった、明日までに作ってやるぜ。それ以上に良いものをよ」
ライバル意識でも有るのだろうか。
早速、杖から座席を外して色々と採寸を始める棟梁。
建物を作る作業は頭から抜け落ちたようだ。
目的を終えたハルカは 広場の近くの宿を一泊分とってから、久しぶりに広場に繰り出した。
「おおっ、ハルちゃん。凄い久しぶりだな。元気してたかい」
「おっちゃん、久しぶり。みんなの料理で助けられたよ」
「はははっ、そいつは良かった。焼きたて食べていきな、もちろんタダで良いぜ」
「うん、ありがとう」
「ハルちゃん、うちのも遠慮なく食べておくれ」
屋台の店主たちは ハルカが来ただけで売り上げが伸びるような気がしていた。
そして その幸運は食べてもらうと より大きくなるようにも感じていたため、皆が競ってハルカに料理を進呈してきた。
とはいえ、屋台の店主たちも 何となくそんな気がするだけで、売れたらラッキー程度の感覚でしかない。気に入った子供に食べさせたいだけ、なのである。
ところが、ハルカにとっては何気ない暖かさで迎えられるのが嬉しい。なので この上なく幸せそうな顔をしながら ベンチに座って次々と料理を食べていく。
人が食べている姿を見ると 自分も食べたくなるものである。
可愛い少女にしか見えないハルカが幸せそうに、心底美味しそうに食べている姿を見た人々は 無意識のうちに屋台に足が向いてしまう。
この日もハルカが来ただけで売り上げが2割り増しになった。
さくら、マネキン、福の神。
色々と変な称号でも付きそうなハルカだった。
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王都スティルスティアには この国唯一とも言える施設、精霊殿がある。
精霊が見える、あるいは 声が聞こえるなど 特殊な能力を持った女性たちが巫女として勤め、時には精霊から聞いた情報で人々を災害から守ったりしている。
「まだ、精霊の御子はお招き出来ませぬか?」
「申し訳ありませぬ。
今朝までは王都で確認されておりましたが、忽然と行方を眩ませてございます」
「ふふふ、まるで 精霊そのもののような方ですわね」
人々からは予見者と呼ばれている精霊殿の巫女たち。
その多くは未成年の少女たちである。
歳と共に精霊を感じる能力は薄れ、大人になると引退して普通に結婚する者が多い。
「早く御目にかかりたいですわね。私達が精霊と近しい存在とは言っても 少しの助言をもらえる程度の力しか有りません。それに引き換え かの方は精霊を側に置き、顕現までさせているとか・・真の巫女にふさわしい」
現在の巫女長である少女は 誰も居ない神殿の祭殿で一人何かに語りかけていた。
その頃、スティルスティアの門番が王都に向かってくる異様な一団を確認した。
ケガ人を抱えているらしく、何とか動かせるほどボロボロの馬車で多くの人が運ばれている。
門番の騎士が 馬で確認に向かったところ、まだ到着していなかった領主の一行と分かり 王都は大騒ぎとなった。
領主も生き延びてはいたが 馬車も荷物も失い、従者や 同行していた商隊の中には死者も多数出ている。
彼らは フェルムスティアやルクライアスが襲われたと同じように 魔物の襲撃を受けたのだ。
同じ規模の領主一行でありながら 大きく命運を分けたのは、唯一ハルカの存在の有無である。
オラテリス王子成人の儀で産声を上げる 記念すべき新設の騎士団。
そこに配備される防具の一つが絶望的になってしまった。
式典は五日後に迫っている。