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94、ハルニア商会

シシルニアの家族が全員そろった。

父ラザルの首に嵌められていた奴隷の首輪はこの時をもって解除された。

当然だが奴隷としての契約は破棄され一般人としての権利を復活させていた。

しかし、今後の事を考えればお先真っ暗な状態だった。


ラザルは風評被害によって王都で商人として生きて行くには信用が無いに等しい。

陰謀の為のデマとは言え 不始末をして解雇されたという情報が流され、商人の間で広まってしまっては商人生命は絶たれたようなものだ。


「ラザルさん、フェルムスティアで商会を立ち上げてほしい。

お金はギルドに有る自分の貯金から好きに使っても良い。

サラスティア王国が平和になったから交易すれば良いよ」


ギルドの貯蓄を他人が引き出す場合は専用の契約書類に持ち主のサインが魔法で書かれる事で成立する。魔法を利用した小切手と言えば分かり易いだろう。


唐突に告げたハルカの計画に シシルニアの父ラザルは戸惑ってしまう。

助けられただけでも返せないほどの借りが有るというのに、「自らの資金を使って商売しろ」と言ってきたのだ。


隣国サラスティアは戦後のゴタゴタから立ち直り 発展するのが明らかだ。

フェルムスティアからはそれなりに距離も有るが 貿易する相手としては魅力的だ。

これなら王都での信用が無くてもさして問題は無い。


無論、商会を立ち上げるのは簡単な話では無い。

信用できる従業員を集めるのは最も時間が掛かるし、質も問われる。

商売の基盤は一朝一夕で作り出せるものではない。

だがハルカはラザルなら それが出来ると思っている。


「なっ、何ですか、この金額は・・

ヴェルマルタ商会の総資産よりも多いなんて。貴方は何者なのですか」


「足りなければ補充するから 思う存分 腕を振るって欲しい。

シシルニアが大人になった時、つまらない事で時間を取られないように下地を作ってくれれば文句は無い。シシルは世界一の商人になる」


「えっ、ハルカ。それって 私の為なの?」


「下地が有れば シシルは大商人になれる。

何も無ければ、それを作る為に手伝わされるから面倒」


「なによーそれ。いいじゃん、手伝ってくれても」


「ゴロゴロしたいから やだ」


ハルカは冗談のように言っているが、父親なら娘のために頑張れと言っているのだ。しかも 提示されている条件は商人として願っても無いものだ。

自分の残された生涯をかけるだけ価値のある大仕事であり、自分はこの為に今まで生きてきたのではないかと運命のように感じさせる。


「あなた、シシルニアの為にも2人で頑張りましょう」


「ああっ、そうだな。最後のチャンスだ」


「話は決まったようね。

ではではー、これは私からのプレゼントね。ハルカの計画を応援させてもらうよ」


錬金術師のマウラが差し出したのは皮製のカバンであった。

勿論、大賢者と言われているマウラが 普通のカバンをドヤ顔で出すわけが無い。

おそらく巷には数えるほどしか存在しない、マウラ謹製のアイテム袋なのである。


マウラは ただの錬金術師のマウとして紹介されていたので ラザルも気楽に受け取ったが、マウラ作と知ったら卒倒するかも知れないほど 商人達にとって垂涎のアイテムなのであった。それこそ 値段が付けられない代物なのである。


人造のアイテム袋は 作り手の能力が大きく反映される。

袋に術式を書き込む作業でも大きく左右されるが、最後の仕上げで込められる魔力によって出来上がりに天と地の差が出来上がる。

マウラは その最後の仕上げをハルカにやらせた。


袋に収められる内容量は馬車5台分で、それだけでも破格の容量なのだが、ハルカの魔法の影響を受けたため中に入れたものは時間による劣化が無くなっている。

しかも、登録された血族専用というオマケの機能付き。

今現在、世界で唯一のアイテム袋となってしまっていた。

ラザルが その事実に青くなるのは まだ少し先の話。


後に世界を又に掛けるハルニア商会はここに産声を上げる。



王都は穀物が豊かに流通している。

ギルドマスターに頼んでおいた品物も揃っていたので 穀物の9割をラザルに渡した。ラザルはその意味が分からずに、とりあえず受け取ってバッグに収めていた。


次の日、三人乗りになった杖にシシルニアの両親を乗せてフェルムスティアに向けて飛び立つ。

王都に一泊しただけで早くも王都を出たため、多くの諜報員がまたもハルカをロストするという事態に陥る。神出鬼没なハルカだった。


9日もかけて馬車の団体で移動した距離も 空を飛ぶなら一日で終わる。

しかし ハルカは途中の町に立ち寄った。


「あれは、・・・メルメルの妖精。間違いない」


妖精が再び町に来てくれた、と町全体に伝わるのに時間はかからなかった。

ここは ゴリ(巨大ゴキブリ)に食べ物を荒らされた町である。

町の人々は ゴリを退治してくれたハルカを忘れるはずがなかった。

むしろ さらに尾ひれが付いて美化されて話が大きくなっていた。



「おおっ、ハルカさん。久しぶりじゃの」


「町長さん、お久しぶり。

今日は商人さんを連れてきた。穀物が必要なら売ってくれるよ」


「おおーーっ、ありがたい。この町は都までは遠くてのぅ。近隣の町でやりくりしとるのじゃが、となりの町も食糧不足で今回は満足に手に入らなかったのじゃ」


ラザルは驚いた。

そして ハルカが穀物のみを自分に持たせた意味を知った。

一つの商品なら売るための手間は少なくて済むし計算もしやすい。

しかも 最も欲しい商品らしく 飛ぶように売れた。

奥さんと二人だけの商売なのでヒーヒー言いながらも全力で売りさばいた。


ほとんど利益の出ない薄利多売な売り方だが、ここではラザルの評判など誰も気にする者は無く、逆に窮地を救ってくれた恩人として顔が売れている。

ハルカはその為に町に立ち寄ったのだろう。


もしもハルカが本気で商人として立ち上がったら 誰も太刀打ちできないだろうと、彼の才能に恐怖すら憶えるラザルだった。


当のハルカは別に大した事をしているつもりは無い。

日本では多くの営業マンが当然の事として行っている市場調査や営業の顔見せみたいなものでしかない。日本の商社マンが異世界に行ったら大商人確定、かもしれない。



町を飛び立つと一気にフェルムスティアに向かう。

飛び立つ3人を町の人々が手を振って見送ってくれたのが印象的だった。

ラザルは今後の商売のあり方を色々と考えさせられていた。



少し離れていただけなのに 懐かしく感じられる精霊樹が見えてきた。

たった一日で到着したことに驚きを隠せないラザルとシルクであるが、日本で生活していたハルカには これが普通である。


完成された安全地帯の広場に着陸して門から入り、お金を使えるようにするため 冒険者キルドにむかう。


「おや、ハルカさん。戻られたのですか」


タイミングが良いのか悪いのか、手続きをしているとギルドマスターのフェレットが顔を出した。今も仮の建物を使っているので声が聞こえたのかも知れない。

丁度良いので、フェレットにラザルを紹介する。

商人と冒険者ギルドはお互いに仕事を頼む事も多く、そのトップと知己(ちき)を得る事は何よりの助けとなる。


この後もハルカの人脈がラザルを助ける事となる。

ハルカの預金を資本金として、正式に商人ギルドに商会の設立を申請する。

だが 普通はギルドに名前が知られておらず、実績のない商人が商会を立ち上げて企業するには色々な根回しと少なくない時間が掛かるのだが、驚いた事にあっさりと即日申請は受理された。それどころかギルドでは大喜びで迎えられたのだった。


フェルムスティアの名士達は名前も出さず自分達を助けてくれたハルカを忘れていない。そして彼が都に押し寄せた災害を未然に防いだ事も情報通の者達なら当然のごとく知っているのだ。

そのハルカが後ろ盾になる商会が王都では無くフェルムスティアで開業する。

喜ばないはずがなかった。

つまり、ハルカは膨大な資金とは別に、絶大な信用という商人にとって一番大切な資産を開業する前から持っていた事になる。


様々な手続きと資金の手はずも調い ラザルは街に腰を落ち着けるべく 夫婦で暮らすための部屋を探しに行くらしい。


そして、ハルカは 例によってギルドマスターの執務室に呼ばれていた。

領主一行を王都まで護衛した状況を聞くためであった。

そう・・単に経過報告を聞くだけのはずだった。


ところがハルカがピアとお菓子を食べながら話す道中の事件の数々は、フェレットをして取り乱すほどの驚愕すべき内容であった。


領主は勿論、連れ立った商人達も全滅したであろう内容に顔を引きつらせている。

一歩 間違えれば、政治的にも経済的にも大混乱を招き、フェルムスティアは衰退したかも知れない。

彼は ハルカを同行させた自分のカンが正しかった事に胸を撫で下ろすのだった。


「では、無事に領主様と荷物を送り届けて 帰って来られたのですね」


「ん?。帰って来て良いの?」


「ええ、契約内容は送り届けるまでと成っていますから」


「えっと・・コルベルト達も良いの?」


「彼らは御車として契約してますから、馬車を持ち帰るまでが仕事ですね。

ハルカさん達が先に帰ってきても問題は有りませんよ」


帰りも護衛するものと思い込んでいたハルカには 何より嬉しい一言だった。


領主達の帰りが何時になるか 予定など無いに等しい。

目的である『成人の儀』が終わったとしても 各種のパーティや他の領主との交流などで切りが無く、王都の別邸が作られているのも 長い間滞在する為なのであった。


「これ、おみやげ。王都のお菓子だからララムと食べて」


そそくさと執務室を退席したハルカは、夜通し飛んで王都に帰るつもりでいた。


しかし、ギルドを出る前に後ろから大きな手に拘束された。

その手は凄い勢いでハルカを持ち上げてしまう。


このままでは天井に叩きつけられてしまう。

浮かれて油断しているところに不意を突かれた。

魔法使いは奇襲に弱い。


ハルカは必死で魔法を構築しようともがくのだった。



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