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93、墓穴

シシルニアの母親、シルクさんを連れて宿に帰ってきた。


「・・シルク」


「あなた・・」


二度と生きて会えない と覚悟していた夫婦は 再会した嬉しさのあまり 人目を憚らず濃厚なキスをかます。やれやれ・・と苦笑いのハルカとマウラ。


シシルニアとシェアラは2人で買い物に出かけて留守にしていた。

小学生の集団登校を参考に、危険回避目的で「出かけるときは二人で一緒に」と言い残していたからだ。日本からの転生者シシルニアは直ぐにその意味を理解していた。

どんなにしっかりしていても シシルニアはまだ11歳の子供であり、一人きりでは危険なのだ。


アツアツの2人はほっといて、2人を迎えに行こう とハルカは宿を出た。

すれ違いを考慮してマウラは留守番だ。二人の居場所は精霊が教えてくれるだろう。

そう思って宿を出てから歩き出すと 音も無く近づく気配が有る。

危害を加えるような悪意は感じられない。


「2人は預かっている。助けたかったら大人しく付いて来い」


小声で呟かれた男の声で ハルカは2人の置かれている状況を知った。

犯人はハルカを単なる子供だと認識しているようだ。

案内してくれると言うなら付いていく方が手っ取り早い。

ハルカは驚いた顔をして男を見た後 静かに付いていく。


接触してきた男は知らなかった。

ハルカの実力も、そして複数のプロの諜報員が(ハルカ)をマークしている事も。




商館の立ち並ぶ区画は 王都の中では比較的大き目の建物が多い。

その中でも一際大きい 悪趣味な建物に案内される。


相手は ハルカに関する詳しい情報を知る事無く、本拠地であるヴェルマルタ商会

本店に招きいれたのだ。

どうやら 商売の情報には目ざといが、他の情報管理はお粗末らしい。


ハルカが商館に連れ込まれた情報も複数の諜報によって それぞれの主人達へもたらされている。



ハルカが案内された部屋は 真ん中に小さなテーブルが有り、それを挟んでソファーが向かい合っている。日本でもよく見られる一般的な応接室だ。


片方のソファーには すでに一人の男がふんぞり返って座っており、その顔は自信に満ちているが 醜悪に歪み 男の為人(ひととなり)を表していた。


壁際には人相の悪い男達が10名、囲むように配置されている。

ヤクザ映画で見たような場面と言えば分かり易いだろう。

護衛の為ではなく威圧が目的で 逃げられない事を演出しているらしい。


「ようこそ。我がヴェルマルタ商会へ、お嬢さん。わしが会頭をしているボボス・ヴェルマルタだ」


「2人を返してもらう」


「まずは座りたまえ。最高の菓子も用意してあるぞ」


ハルカは取り囲む男達を見た後 大人しくソファーに座る。

その姿は 大人たちに怯えて言う事をきく子供のようにしか見えなかった。

それを見て勝ち誇った顔のボボスと ニヤニヤと下品な顔で見ている男達。


「最高ではない・・」


「あん?。何を言っておる」


「王宮で食べた菓子より かなり下だ」


座ったハルカが最初に言ったのは、目の前に出されている菓子の評価であった。

一瞬 驚いたボボスであるが、喜びが隠せない下卑た笑顔になっていく。


目の前に座る少女は王宮に出入りするほどの人間だというのだ。その座る姿は 動きやすい男子のような服装をしていて なおも優雅で気品さえ有る様に見える。


どこかの国の王族、あるいは貴族とも考えられるが 護衛の者も従者も確認していない。となれば、高貴な生まれではあるが今は没落し 自ら商売をしている姫君・・

といった所だろうと推測をしていた。


(それであれば 上等な商品を入手するためのルートを知っていても不思議ではない。この娘を手元に於いて飼いならし 情報を引き出すも良し。これほどの器量だ

あと数年もすれば破格で売れるだろうし、自分の物にするも良し・・か)


などと ボボスの都合が良いだけの未来予想図はバラ色だった。



「シェアラとシシルニアは何処?」


「2人は当家の大事なお客様でね。しかも 居心地が良いから帰りたくないと仰る。丁重にお預かりしておりますよ。大切な商品ですからな」


「商品?」


「左様です。あれが欲しい、これが欲しいと、それはもう我が侭を申されましてね。購入した品や飲食代が膨大な金額になります。あの子達がそれを返却できなければ、抵当に成るのは自身の体しか無いのですから。(もっと)もこちらもオーガでは有りません、お嬢さんが商売の情報で払ってくれるなら 考えなくもありませんがね」


「商売の情報・・・何の事?」


「ははは。今更知らぬふりは無しで願いたい。

お嬢さんが上等な毛皮をラザルに売ったのは確認していますよ。

それを何処で手に入れたか教えてくれるだけで良いのです。

ああ、急ぐ必要は有りませんよ、この商館にゆっくりと逗留して下さればよろしい」


「2人には手を出さないと言える?」


「それは、お嬢さんの心がけ次第ですかな。手を出さない方が高く売れるのでね、

今は私が管理しておりますよ。ですが、荒くれ物の中には子供が好きな者もおりますからな。あまり話を焦らされるなら血の気の多い若い衆を抑え切れませんな」


「ウソですね・・」


「あん?」


「信用出来ない人との取引はしない主義です。2人に借金が有るのなら、自分が正統な金額でお返しします。ですから 今直ぐ2人を連れて来てください」


「うぬ・・・」


ボボスは 2人を拘束する理由を金銭で解決できる問題にしたのは間違いだった事に気が付いた。

大金をふっかけるにしても、目の前の少女が動かせる資金の底が見えないのである。あくまで商人同士の取引として懐柔しようとした目論見が裏目に出たのだ。



「ちっ、大人しく言う事を聞いていれば、将来は俺の妻として人並みの人生を生きられたものを・・。おい、お前ら。お嬢さんを特別室にご案内しろ」


ボボスは本性を表し、商人口調から本来の高飛車な言葉遣いに戻った。

ボボスにとって交渉が上手くいかないのは想定内であり何の問題も無かった。

ただし、都合の悪い想定をしない甘い考えなのは どこぞの国の役人と同じだ。


そして何よりの失敗は「俺の妻」発言でハルカを完全にキレさせた事だ。


どさっ、どすっ、ばたっ、べこっ


壁際の男達が動き出そうとした途端 全員が一斉に膝から崩れ落ちた。

ハルカは部屋に入った時、全ての男達に空間を粘着させ何時でもピンポイントに魔法が送れるようにしていたのだ。空間に転送した魔法は高圧の雷撃魔法。

オネェ魔女の教えは ここでも役に立った。


いつものハルカなら「チョウネンテン」や「ニョウロケッセキ」など苦しめるが相手が生き残る猶予を与える攻撃をしていた。それが今回は一切容赦の無い攻撃だった。

ハルカのキレ具合が半端でない証拠だろう。


「おいっ、何を遊んでいる。早くしないか!」


返事は無い。ただの屍なのだから。

ハルカは氷のように冷たい目でボボスを見下し右手で指さす。


「腱、切断・・」


「何を・・・。  !?くっ、あがっ・・いだだだいだー」


ボボスは突然 体中が激痛に襲われてソファーの上でのた打ち回る。

必然と呼べる結末、ハルカを招き寄せた時点でボボスの運命は断頭台の上なのだ。

必死に藻掻くも間接を動かすための腱が全て切断された為に手足は全く動かせない。



「直ぐには死なせない。2人を助け出したら 建物ごと消し飛ばしてやるから、

痛む体で待ってると良い」


「あ、くっ・・。貴様、魔法使いだったのか」


「相手の事も知らずに交渉する気だったの?。商人を名乗る資格無いね」ふっ(笑


「き、貴様、許さんぞ、絶対にゆるさん」


「それ以前に、もしもシシル達に何か有ったら・・全ての骨を潰してやる」


冷たく見つめるハルカの目は それが冗談や脅迫ではない事を語っている。

ボボスは一瞬口を開いたまま声を出せなくなっていた。



「ハルカ!、無事だったのね」


ハルカが振り返ると 執事姿の男が2人を室内に入れていた。

その男からは悪意を感じられない。ハルカも警戒はするが魔法は使用しない。


「お待ちいたしておりました。2人を無事にお返しいたしますよ」


「くっ、リルナンドぉ。何をしている、早く助けんか。そいつ等を逃がすな!」


「まだ 今の自分の置かれた立場に気が付きませんか。どこまでも愚かな男ですね。ボボス」


「なん だと・・貴様ぁ。裏切る気か」


腹心の部下であったはずの執事は 心底冷たい視線でボボスを見下ろしていた。


「裏切る?。私は最初から貴方の敵ですよ。ボボスが破滅する姿を見たいが為だけに側にいただけです。この方のお陰で やっとその念願が適いますな」


「リルナンドさん・・どういう事?」


「そうですね。シシルニアも危なかった訳ですから、知る権利は有るでしょう」


「危なかった・・?」


「そう、このボボスが いまだに独身で子供すら居ない理由が分かりますか?。

大商人の立場も資産も有るのですから、商会で働いていた数多くの女性が この男からのプロポースを本気にして、中には子まで成した女性もおります」


「まさか・・みんな両親みたいに 奴隷にされたの?」


「奴隷にされた幸運な人もおりますね・・」


「ぐっ、貴様、何を・・だまれ」


「うっさい・・だまれ」


ボボスの口にだけ消音の魔法が粘着された。


粘着、かなり便利だ。




「奴隷で幸運って・・」


「このゴミは いずれ自分の財産を子供に取られる事を恐れたのでしょうね。

子供が生まれると母子ともに 人知れず拘束され魔物の多い森に捨てられました。

当然 何の証拠も残していません。・・・そして その中には私の娘も・・くっ」


シシルニアはハルカと出会わずに 商会の中で大人になった時を思って震えた。

おそらく 自分も似たような運命をたどった事だろう。

たとえ、自分が望んでボボスに近寄らなくても。


「私の恨みも このゴミがこうして苦しみながら死ぬのであれば、少しは晴れるというものです。お嬢さん、ありがとうございます」


ハルカに深々と礼をするリルナンド。自身もボボスに手を貸していたのか、ボボスが死んだ後は自身も死を選びそうな覚悟した男の顔をしていた。


「まだよ」


「えっ」


「何を満足してるのよ、リルナンドさん。子供を殺された女の恨みが そんなに軽いはず無いでしょう。こいつ、あなたを憎んではいるけど 少しも苦しんでないわ」


シシルニアの言う通り。

ボボスは体の痛みでは苦しんでいるものの、心のダメージは何一つ受けていない。

何なら体の痛みすら 逆恨みの怒りによって緩和されているだろう。

聞こえては来ないが 今も凶悪な目で何かを喚き散らしている。


「確かに、この男には意味が無いようですね。しかし、どうすれば」


「簡単よ。リルナンドさんは執事してたんだから、こいつの色々な裏の事も知ってるでしょう」


「はい。・・ですが、この男は決して証拠を残しませんが・・」


「そんなの関係無いわ。こいつの隠し財産を知ってる?」


「ええ、管理を任されてました」


「隠し金庫も知ってるでしょう」


「はい。・・おおっ、なるほど。この男の全財産を奪い取る訳ですね」


「甘いわ。貴方が商会の全権を掌握して丸ごと奪い取りなさい。

商会を潰すのは簡単だけど、ここで働く人たちは普通のまともな商人が殆どよ。

商会が潰れたら、彼らの肩書きに それが付き纏って再就職できなくなるもの」


シシルニアの提案は効果覿面だった。

今までは何かを喚くだけだったボボスが、急に体を動かしながら焦っているようだ。その形相には悲壮感が漂っている。彼にとって商会の頭で有る事が全てなのだ。


「それでしたら、シシルニアが代表を務めてください。

私が全力で補佐いたします。貴方の商才は私も敬服いたしております」


「嫌よ」


「えっ?」


「こんなチンケな商会なんて 私には釣り合わないわ。私はハルカと一緒に世界一の商人に成るんだからね」


「ぷっ、そうですな、確かにチンケな商会でしたな。はははは」


自分の人生を掛け、悪辣な事までして築いた商会をチンケ呼ばわりされたボボスは 鼻水を流して悔しがっている。声が出せたらさぞ口汚い言葉が吐かれていただろう。


「ボボスは普通の裁きでは意味が無いわ。貴方の娘さんと同じ思いをしてもらいましょう。あっ、同じ森だと娘さんが迷惑だろうから、違う森に捨てるのが良いわね。デブだし魔物が喜んで食べてくれるわよ」


「おおっ、名案ですね。娘もきっと満足してくれるでしょう」


「ふふっ、後は任せたわ リルナンドさん。

そういう事だから、そこの皆さんも商会を潰したくなかったら協力しなさいね」


見ると、ドアの向こうで 多くの商人達が一斉に頷いていた。

彼らもボボスのやりかたには辟易していたので トップの交代は望むところだろう。



「あーっ、これでスッキリしたわ。行きましょう、ハルカ、シェアラ。

早く母さんに会いたいわ」


「「うん・・」」


ハルカとシェアラは シシルニアの恐ろしさを知った。




余談ではあるが・・・

この後、リンナー・ルカ商会として生まれ変わった商会は 子供の居る女性たちに多大な支援をした事で人々から、特に女性陣から好感を持たれた。

その後も その姿勢は変らなかったことから根強い女性の顧客が増え、地味ではあるが長く安定した経営を続けていくのだった。





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