88、錬金術
一夜明けて 次の日。
ハルカ達は城壁の外に居た。
最初はハルカ一人だけで来るつもりだったが、魔法の訓練をすると知ったノロが
ワクワクした目で同行を表明。
領主の館に一人取り残されても困るマウも参加したため、結局 昨日と同じメンバーになった。
別にハルカは秘密の特訓をする訳でも無いが、色々と試行錯誤する事に成るので 見ていても退屈だろうから誘わなかっただけである。
地球に居たときと違って、この世界では魔法を隠す必要が無い。
町の外でなら魔法の試し打ちをしても別に奇異な目では見られない。
実験も練習も思う存分できる魔法使いのパラダイスだった。
今までは手持ちの魔法で事足りていたので忘れていたが、自由に魔法が試せる環境だった事を思い出したハルカは目が覚めたような気持ちだ。
気が散ると悪いので、ノロはマウラの肩に乗っかって見学する。
都の近くと言っても畑以外の場所も多い。
何故なら巨大な岩が有れば放置されるし、石だらけの土地も農地開発するのは後回しにされる。ほぼ人力で行うので採算が取れないからだ。
そんな大岩を標的としてハルカは色々な魔法を試しはじめた。
昨日、マウラが言っていたように魔法の組み合わせを変える事で新しい効果が出るようにしたい。
もしくは そのまま全く新しい魔法が発案出来たら さらに選択肢が広がるだろう。
まずはゲームでは初歩的なマジックアローなどの攻撃魔法から始めた。
これは属性を纏わない純粋な魔力を打ち出すので 殆ど目に見えない。
日本でも 浜辺で投球練習でもしているように海に向かって石を投げながら使えば
誰も魔法を使っているなどとは思わない。
動きながら魔法の制御をするという過酷な訓練にもなっていた。
懐かしく思いながらも納得行くまで打ち込んでみる。
次も定番の攻撃魔法ファイヤーボール。
一般的なものから徐々に変化を与えて、遂には 飛竜に使った時以上に濃縮された炎の球体を打ち出した。岩に当たったそれは、まるで溶岩のような粘着力を伴って爆散し あたり一面を火の海にした。
魔法のナパーム弾とでも言えば良いだろうか・・既に別物である。
氷の槍に風の魔法を纏わせると着弾点の周囲を広く凍らせる作用が付加された。
他にもフレイムランスに風を纏わせると色が蒼く変わって強力になった。
これらは実際に使いながら検証して分かる事であり、少ない労力で一段上の魔法が使える事を意味している。他人に見られては困る環境では試せない魔法の使い方だ。
ハルカもオンラインMMORPGを愛する一人だ。
この手の検証作業は苦にならない。
マウラのくれたヒントは 新しい楽しみをハルカに与えていた。
マウラの発案である 『空間魔法に他の魔法を閉じ込めて使う』という方法も試してみたが、労力の割りに効果が上がらない。
的になる大岩が破壊され 無くなったので 攻撃魔法の検証は一休みする事にした。
「何してるの?マウ」
「ハルカが練習してるの見てたら 私もウズウズしてね、ハルカの為に強力なマジックポーション作りたくなったの。一本でハルカの魔力が満タンになれば成功かな」
ハルカが一休みしようと振り返ると、マウラは敷物の上に何かの道具を並べていた。
水晶を削りだして作られた器は この世界では高価な物である事をうかがわせる。
出来るだけ不純物が混じらないように汚れが分かる透明な器が必要らしい。
その辺は地球の化学実験と共通する作り手の拘りがあるようだ。
それは分かるのだが、器が並ぶだけで とても何かを作るような道具には見えない。
ノロと一緒に興味深々で見ていると マウラは木製の箱をリュックから取り出した。箱の中からはグレープフルーツくらいの大きさが有る植物?が出てきた。トゲの無いサボテンのような見た目だ。
「この箱はね 状態保存の魔法が付与されているのよ。と言っても少しだけ長持ちする程度なんだけどね。私の魔力ではこの大きさの箱を維持するのが精々ね。
それでね、この丸いのは 魔力を蓄積する能力を持つ植物なんだ。錬金術で作る薬は そんな能力を分離して取り出したものに 魔力を同調させて効果を高めたものよ」
「何となく・・・分かるかも」
つまり、薬効成分を抽出する所までは地球の製薬方法と似ているが、そこに魔力と言う不可思議な要素が介入する点が 科学との大きな違いという事なのだろう。
薬だけでなく 錬金術で他のものを作り出す時も基本は同じらしい。
案外、地球の錬金術が大成しなかったのは 魔力という重要な点が欠落していたせいかも知れない。
大き目の器に植物を入れるとマウラは手をかざして魔法を使い出す。
水分を取り出すのか、と思ったが実際は逆で 見る見るうちに干からびてしまった。
そこで終わりではなく、干からびた植物はポロポロと崩れだし顆粒状に成っていく。そのままでも薬っぽいのだが、さらに細かく粉末状になり、最終的には液体のように成ってしまった。まるで緑色の水銀のようである。
分子レベルまで細分化されたような目の前の植物。
飛び散らないのは魔力で定着させているのだろうか。
「ゴミ問題は 物を分子レベルまで分解する技術が有れば解決する」 と何処かで見た気がする。与太話として誰も気に留めなかったみたいだが、目の前で見せられると現実味が増してくる。
大量に分離した分子の中から同じ分子を集めれば何かを作り出せるかもしれない。
マウラはさらに魔法を使い不純物が無いようにしていく。
最後に残されたのは 何故か赤い液体のように見える。
先日飲んだポーションと同じ色だ。
「ふーっ。これで下ごしらえが終わったよ」
マウラが汗だくで作り出した物は、器の底にほんの少し残された赤い雫。ポーションの入れ物が小さかった理由が分かる気がする。
たぶん、1日作り続けても ほんの僅かな量しか出来ないのだろう。
「次に使うのがコレ、中和剤。薬の成分を閉じ込めて均等に広げてくれるの」
「でた、中和剤。本当に使うものなんだな」
「知ってるの?。ポーションが一般的に高価なのは コレを作る材料が高くて手に入らないからなのよ」
「水にしか見えないけど、材料って何?」
「んー・・本当は業界の秘密なんだけど、ハルカになら見せてあげるね。コレよ」
「「!」」
ハルカとノロは仰天して立ち上がり一級の警戒態勢をとる。
それもそのはずで、マウラが取り出した水晶の器にビン詰めされたソレは、軍隊蜂が仲間を呼ぶために敵に打ち込むマーギングボールだった。
砕ければ数万匹の軍隊蜂が押し寄せて来る。先日 危険な状況に追い込まれた事もあって、目の前に出されるとハルカですら平成ではいられなくなる。
「その様子だと これが何か知ってるんだね。でも大丈夫よ。もし破裂しても水の中でなら効果無いから」
「材料がそんな危険な物なら、薬が高くても頷けるにゃ」
「ふふっ、だから秘密なんだけどね。持ってるの知られたら町から追い出されるし」
錬金術が秘密主義なのは知られていたが、原因が材料の危険性だとは誰も知らなかった。それも当然といえる。都市を壊滅させる爆弾を扱っているようなものである。
確かに他人に知られたら町から追い出されるだろう。
「この玉が壊れると何で軍隊蜂が集まって来るか知ってる?。
これ自体が属性を持たない魔力の塊なの。壊れるときに仕込まれている魔法が発動して仲間を集める仕組みなのよ」
「驚いたにゃ。初めて聞く衝撃の事実ニャ。さすが大賢者様にゃ」
「その呼び方嫌い・・まぁいいわ。でね、これを純粋な水に漬けておくと中から必要な成分が取り出せるのよ。土に埋めておくと魔力が土に溶け出して自然消滅するのと同じ理由ね。時間と危険とお金がかかる割の合わない作業だよ」
マウラは そう言いながらも危険物をリュックに入れて、透明な中和剤を慎重に赤い液体?にたらしていく。加えられた液体を合わせても 先日飲んだポーションと同じくらいの量しかない。こんなに手の掛かる作品なのに 惜しげも無く飲ませてくれたマウラに感謝するハルカだった。
「さてと、やっと準備が終わったよ。後はこれに出来るだけ純粋な魔力を どれだけ込められるかが腕の見せ所なんだよね。・・・そう言えば、精霊さん居たよね」
「?。ピアのことかな」
「呼んだ?」「ひぁっ」
一瞬で出てきたピアにビクつくマウラであるが、直ぐに立ち直り提案をしてくる。
「業界の伝説でね、精霊さんの込める魔力が最も純粋で効果が高くなるらしいの。
ハルカのために試してみてくれる?」
「ハルカのため?。勿論いいよ」
恐る恐る尋ねるマウラとは対照的に、もの凄く軽いノリで了承するピアだった。
こうして出来上がったホーションは、先日飲んだポーションの2倍の魔力回復効果が有るだけでなく、飲んだ者が一定の時間 魔力回復能力を底上げされるというトンデモナイ代物になっていた。
その場にいた2人と1匹の間で緘口令が発動したのは言うまでも無い。