82、父を尋ねて・・
その日、約束通り 冒険者ギルドマスターのブラフガンを尋ねる。
部屋に案内されたのは良いが 彼は極悪な顔で難しい表情を作るという器用な事をしていた。調査の結果が良くない事を伺わせている。
同行していたシシルニアは 思わずハルカの袖をつかみ 動揺を隠し切れないようだ。案外 ブラフガンの顔を恐がっていただけなのかも知れないが。
「きたか・・・時間が惜しい、手短に言おう」
「ん・・。教えて」
「捜索依頼のあった2人だが 生きている。ただし のんびりとはしていられないぞ。母親の方は問題ない。とある貴族の邸にメイドとして働いている」
「父さんは!、父は危ないの?」
シシルニアの父親は度胸も有るベテランの商人で、ハルカとも面識のある。
フェルムスティアでの商売も思惑とは違ったが 利益の面では問題無かったはずであり、彼が奴隷にされた事には疑問が残る。
何も問題が無いからこそシシルニアも安心してハルカと行動を共にしていたのだ。
むしろ、そうしていなければ シシルニアも難癖を付けられて奴隷に落とされていたかも知れない。
「あんたが娘さんかい。気持ちは分かるが 取り合えず落ち着きな。
父親も三日前まで王都に居た、今は鉱山で働かされているだろう」
「うそ・・、何で 読み書きも算術も出来るのに そんな労働者にされてるの?。
ありえない!」
「まぁ、普通はそうなんだがな、奴隷商人に売られる時の契約の中に それが条件としてうたわれててな。 みすみす高く売れる奴隷を使い捨てにすると 奴隷商人ですら残念に思ってたらしい」
「酷い・・」
鉱山の仕事と言えば、設備や環境が揃った現代日本ですら キツイ仕事で事故も有り 人も死ぬ。まして、異世界の鉱山では 知識や設備すら不十分な上に過酷な条件での労働となる。
長い時間 暗い穴の中で重労働をするため 日光に触れる事も無く、マスクも無いから土埃りをまともに吸い込んでしまう。
仕事の後に風呂に入る事は考えられず、健康に対してケアなどされる事も無い。
しかも、奴隷なので 水も食事も満足には与えられない。
どんなに屈強な男でも半年生きていれば良い方だった。
「話は最後まで聞け、ここから鉱山まで馬車でも二日はかかる。つまり、お前さんの父親は まだ一日しか働いていない。生きてる可能性は高いだろう。
だが、当然1日ごとに生存率は下がる。この意味は分かるな」
「鉱山までの・・・地図はある?」
ギルドマスターが見せたのは地図と呼べるものではなかった。
王都を中心に どの門から出て、どちらに向かうかを書かれたものだ。
ブラフガンは ハルカ達が馬車で向かっても三日はかかると踏んでいた。
交渉を入れて最低4日。労働になれていない者が生きていられる微妙な日数である。だが それも引き取る為の交渉がスムーズに運んだ場合の話だ。
そう考えれば、本当にギリギリのきわどい時間でしかない事を意味する。
だから、ハルカは飛んだ。
シェアラにシシルニアを託して宿に残し 一人で全速を出している。
当然 彼女も行くとゴネたが 今の杖では3人は乗れない。
理論的には 数人を運ぶ事はできる。
空間ごと動かすので 杖に捕まっていれば そのままの姿で運ばれるからだ。
しかし、手で捕まっていたとしても何も無い状態で長い時間 空中を飛ぶ事は 普通の人間の精神では耐えられない。
ギルドで話を聞いたのが地球で言えば 午前9時ころ、それが昼には鉱山上空にたどり着いていた。
「アレが鉱山?。何か・・洞窟の入り口に小屋が建ってるだけに見える」
「昼だから賑やかなのかと思ったけど・・何か騒ぎみたいにゃ」
「行こう・・」
「ハルカ いきなり着地するのは止めるにゃ、荒っぽい男達が多い。
少しで良いから様子を見よう」
「了解した・・」
ハルカはあえて目立つように降下し、地上から5メートルほどの高さで旋回してみせた。何かを怒鳴りながら騒いでいた筋骨隆々の男達と 見るからに痩せ細った奴隷と思しき人たちは、それを見て一様に唖然として空を見上げている。
「フェルムスティアの魔導師ハルカ。手違いで送られた奴隷を引き取りに来た。
責任者と話がしたい」
「うるせぇ!。今はそれどころじゃねぇ。バケモノが出て 死人やケガ人が出てる。ガキはとっとと帰れ」
身体強化までして長文のセリフを言ったのに、軽くあしらわれてしまった。
ハルカは心に100のダメージを受けた。
坑道の入り口が俄かに騒がしくなり、肩に担がれた怪我人が次々と運び出されてくる。怪我人に対して荒っぽい扱いではあるが、見捨てられないだけ良心的なのだ。
直ぐに人が駆け寄り 2人がかりで抱え、走って坑道から離れた場所に寝せられる。ハルカの鑑定魔法が急に発動した。
運ばれて来た中に 目当ての人物の名前が見える。その状態は瀕死と出ていた。
ハルカは鑑定の魔法と思っているが、機能的には危機感知魔法に近い。
彼の日本での人生を考えれば必要に迫られて変質していったと言うのが原因だろう。
その魔法がシシルニアの父親の危機を知らせている。
地上に激突するかのような速さで急降下したハルカは 彼の側に降り立った。
驚いて固まっている男達を無視して 父親ラザルに手をかざすと 風が起こったように魔力が収束されていく。
ハルカの髪の毛はユラユラと浮き上がり、そして輝きだす。
騒がしかった男たちは誰一人声を出せず その光景を見つめていた。
誰の目から見ても分かるほどに膨大な魔力が使われた治癒魔法は 使われた対象の
ラザルを完治させただけでなく、近くに居た他のケガ人達まで癒し安らいだ顔にさせていた。
人は自分に利するものには真剣に向き合うものだ。
空を飛ぶという高度な魔法を見てさえ 歯牙にも掛けなかった男達が その瞬間から
ハルカに対して畏敬の念を持つ事となる。
「お嬢さん、すまないが残りの奴にも魔法を使ってくれねぇかい。このままでは死んじまう」
「治したら・・・話を聞いてくれる?」
「ああ、もう誰もあんたをバカにしたりしねぇよ。頼む」
ハルカは頷くと 一人一人の状態を見て必要な魔法を掛けて行く。
重大なケガには強くするなど、それぞれ個別に処置を終えると、見えないケガを心配して 全身に自然回復系の魔法を使っていく。
その手際の良さは殆ど無駄が無く、老練の治癒術師を彷彿とさせる。
とても幼い子供が行う事には見えなかった。
「妖精・・」
この世界に天使という概念は無い。
ハルカの姿を表現する時、同じように彼らは妖精を思い浮かべてく。
中には その姿に見蕩れて涙を流すオッサンまでいた。
「これで終わった。・・全員 元に戻ってるはず」
うおおおおおぉぉーーーっ
悲痛な面持ちで怒鳴り声を出していた男達は 今度は自分の事のように喜びの声を上げて騒ぎ出した。
「ありがとうよ、お嬢さん。俺がここの責任者でゴメスという。助かったぜ、こいつらも大切な働き手でな、一度にこの数が死なれると他の奴にしわ寄せが行くところだ」
「この人は・・友達の父親。悪い奴に奴隷にされた」
「そうか・・
本来なら金を貰っても渡さねぇところだが、今の魔法ならこの男の値段以上の金額になるはずだ。連れて行って良いぜ。ただ、俺も使用人なんでな、そいつを買わなかった事くらいにしか誤魔化しが出来ねぇ。
悪いが買った値段の金貨2枚 いただくぜ。それで書類上は大丈夫だ」
「この人の奴隷契約書を・・自分で燃やしてくれたら渡す。そうしないと権利が残るはず」
「ははっ、しっかりしてるな。安心しな、お嬢さんを騙すような命知らずじゃねぇからよ。少し待ってな、持ってくる」
この世界の契約は破棄するのが簡単だ。
勿論 商売など仕事に関するものは簡単には出来ないが、財産の放棄など 他に被害の出ない契約なら可能とされる。
奴隷契約の破棄は 専門の奴隷商人に書き換えを依頼するか、契約者である持ち主本人が自らの魔力を流しながら契約書を燃やす事で成立する。
ただし、首輪は残るので 結局は奴隷商人が関わってしまうのだが。
「ハルカ、何か変な音が 坑道の中から聞こえて来るにゃ」
「変な・・音?」
「石と石が擦れるような音と、岩をぶつけ合うような重い音にゃ」
それを聞いた男達の顔色が変る。