78、オラテリスまかりとおる
「よくもまぁ、次から次へと 毎日トラブルが有るよな・・」
コルベルトが ぼやくのも無理は無い。
王都まで あと二日という街道の途中で、領主様ご一行は立ち往生していた。
彼らの前面には 明らかに国軍の騎士団であろう100騎ほどの集団が道を封鎖している。
「ルクラチス将軍、何のつもりだ?。オラテリス殿下が居ると知っての狼藉か!」
「グングルスか・・。貴公であれば問題無かろう、このまま殿下をお守りして何処かへ雲隠れいたせ。成人の儀に間に合わなければ 王子はその積を問われ、代わってリュシナ王女が王位に付かれるだろう。わしは その時点で責任を取って辞任するつもりだ」
「その必要は無いぞ、ルクラチス。俺は貴公も 後ろに控えている騎士達の命も失いたくない。国を弱体化したく無ければ道を開けるが良い」
「殿下・・この期に及んで見苦しいですぞ。いかに近衛が精鋭と言えど 数倍の兵には勝てますまい。わしも不忠の士とは言え、殿下の命までは望んでおりません。
どうか 引いていただきたい」
口でどれ程語ったとしても 伝わらない事はある。
オラテリスが どんなに説得しようとも、いや むしろ言葉を重ねるほどに 「地位と命を惜しむ情けない王子」と思われるだろう。
逆に 領主側の者達は全て 王子の一言に納得して頷いていた。
ハルカの存在は 両陣営に決定的な齟齬を生み出している。
「リクラチス将軍、俺と剣で試合をしないか?。将軍が勝てば 思いあがった王子が戦いを挑んだあげくにケガで式典には出られない。俺が勝てば、貴公がケガで少しの間 休養に入る。試合だからな、遠慮はいらんぞ。俺が申し込んだのは ここに居る全ての者が証人だ」
「本当に宜しいのか?。代役にグングルスを出すとか言わないでしょうな・・」
「将軍こそ、俺に負けて引退するとか言うのは無しだぞ」
「ふっ・・承知した」
悲痛な表情だった将軍の顔は、獰猛な戦う武人のものへと変っていく。
リクラチス将軍のレベルは66。
直接的な力量はグングルスに劣るが、軍を動かす将軍としての器量は彼のほうが圧倒的に高い。
とは言え、以前のオラテリスでは 間違っても勝てないほどの実力差が有った。
それは 後ろに控えていた騎士達も知っているので、彼等から見た王子の提案は 無謀以外の何物でも無かった。
両陣営は馬から下りて周りを囲み 野次馬となっていく。
特にトラブルに慣れてしまった領主側は すっかりお祭り気分でいた。
ただし、オラテリスが勝つ事が分かりきっているので 賭けは成立しない。
2人の領主までもが イスに座り楽しくお茶を飲みながら見物している。
そんな様子に違和感を持ちながらも 騎士側は将軍の勝利を疑っていなかった。
「僭越ながら、審判を勤めさせてもらう。
勝負は 相手が戦闘不可能になるか、降参するかによって決する」
「「承知した」」
「では、始められい」
審判とは言え 公平を期してグングルスの役目はここで終わる。
事実上の決闘であるため 勝敗は誰の目にも明らかな形で決するだろう。
お祭り気分とは言え 命を懸けた勝負の時に騒ぐ者は無く、誰も居なくなったかのように自然の音だけが耳に届いている。
ハルカは直ぐに治療できるように特等席、領主とララレィリアの間に座らされていた。
王子オラテリスは 先日のコルベルトのように、全くの自然体でリクラチスに近寄っていく。
覚悟を決めて 切られる為にあえてそうしている、とリクラチスが勘違いしても不思議では無かった。
ならば、最も後を引かないように無力化すれば茶番は終わる。
痛みが少ないように最速の剣で腕を狙った。
キンッ☆
オラテリスの動きは見えなかった、にも関わらず リクラチスの攻撃は彼に届かず、腕が妙に軽く感じられる。
彼も そして後ろに控える騎士達も、状況を認識するまでにしばしの時間を要した。
リクラチスの剣が 半ばでポッキリと折れていた。
「勝負は付いた・・と言いたいが、このままでは納得いくまい。
誰か彼に剣を貸してやれ」
「いや、予備の剣なら持っておる。しかし、何をされた。小細工とは思えんが」
「知れたこと、貴公が振り下ろした剣を狙って切り飛ばしただけだ」
「ぬぅ・・ありえん」
身に付けた魔道具から予備の剣を取り出しながら リクラチスは納得いかずにいる。将軍が使うほどの剣であり、安物ではない。たったの一合剣を交えた程度で折れるような代物では無かったのだ。
だが、魔法などが 使われていないのは間違いない。
「お言葉に甘えて 再度お相手願おう。今度は今のようには行かぬ」
「では、存分に俺の成長を確認していただこう」
今度はオラテリスから仕掛ける。
一見 何気なく振られている剣が 相手にとっては驚愕の早さに見える。
ゆったりした動作で打ち出される為に 実際の剣速とのギャップが甚だしく、反撃を繰り出すタイミングを捉える事が出来ずに居た。
ゆとりを持って打ち出されるオラテリスの剣閃は スキだらけに見えているが、受けるほどに相手の力量を思い知らされる重い一撃である。
リクラチスは 自らの思いとは裏腹に ただ防戦するだけで汗が噴出している。
彼が 無理に反撃しようとした瞬間、勝敗は決した。
リクラチスの剣が 持ち主の手首を伴って地面に突き刺さっている。
「お見事です。殿下」
トタトタトタ
「むぅ・・テリス。貸し一つだからね」
ハルカは急いで 切り落とされたリクラチスの右手を剣から外し 彼に近寄る。
腕からは止め処なく血が流れ落ちていた。
覚悟をしている武人で無ければ ショック死しても不思議ではない。
そんな彼に子供が血の滴る手を持って近寄って来る。
「治療するから・・動かないでね」
異様な光景に混乱するリクラチスに構わず、ハルカは無詠唱のハイヒールで あっさり手を元通りに接合してのけた。
当然とばかりに見守る領主側と、開いた口が塞がらない騎士達の温度差は激しい。
「ふむ。わしも今朝 シーナレスト殿との打ち合いを見ていなければ、貴公との戦いは命がけで止めたのですがな」
「はははっ。そうなったら話が面倒だったな」
「領主殿のご子息と?。どういうことだ」
「お2人は朝早くに鍛錬を兼ねて試合をされたのだ。凄まじい戦いであった・・あれを見ていたらお主とて殿下に勝負を挑むなど思わぬだろう。ハッキリ言えば、今のオラテリス殿下は リュシナ王女よりもはるかに強い。人としても成長なされた。
我々が仰ぎ見るお方に相応しくなられました」
「お主に説教されるか・・わしも引退する頃合いだな」
「それは許さんと言ったはずだ。貴公には これから王都に凱旋する先導を任せる。騎士団が俺に忠誠を誓えば、アホな貴族共も考えを改めるだろう」
「ははっ。それは面白いですな。飛び出した王子殿下が大きく成長されて 我等や領主殿を従えて都に凱旋する。成人の儀に相応しい余興です」
また同行者が増えてしまった。
そこからは凄い集団となる。
なにせ近衛だけでも過剰な護衛と言えるのに、その他に100騎もの騎士が居るのだ。先導として常に10騎、残りの騎士が街道の両脇に並んだ形で連なるため、商人の馬車をも護衛する形で配備されたように見える。
そして 夕食となり、彼らもまた 異様な食事風景に驚かされ、そして 仲間となっていく。
肉だけは余るほど確保されているので、贅沢言わなければ100人増えようが問題ではない。もっとも、体を動かす仕事の彼らにとって、思う存分 肉が食べれる環境はパラダイスであり、文句など出ようはずが無かった。
食事を提供したのが王子として伝えられたため、100名の騎士達は胃袋からオラテリスに掌握されていた。
朝になり、前日と同じようにシーナレストとオラテリスが鍛錬を始めると、誰一人王子の実力を疑う者は居なくなる。
まだ 全ての兵力を味方に付けた訳ではないが、それも時間の問題だろう。
さらに 新しく新設される騎士団200名と合わせれば クラックス合衆国で一番の軍事勢力が出来る事に成る。
この後、王位継承する前から磐石の立場を築きあげたオラテリスは、その力を使い色々な新しい政策を行っていく。
中でも旅の経験から 街道の安全な通行には特に心をくばり、守られた商人達からも絶大な支持を受けた。
王位を継ぐ式典では 歓呼の嵐で迎えられたと言う。