77、誕生のエピソード
皇太子オラテリスと領主一家は 宿場町では一番上等な宿に泊まる。
しかし、食事はあえて外に出てハルカ達と同じように 仲間内で作った物を食べている。色々な意味で その方が豊かで安全な食事が出来るからである。
皇太子の護衛をすべく駆けつけた近衛騎士は 最初 自分達が作った物を王子に食べさせようとしたが、完璧に拒否され驚いた。
しかし、夕食の準備が進むに連れて 納得せざるを得なくなっていった。
目の前で作られる 荒々しくも豊かで美味しそうな料理を見せられては、旅の保存食で作られた物を食べろとは言えなくなったのだ。
今では 彼らもちゃっかりとハルカの提供した食材を使って、思い思いの食べ方をして楽しんでいた。
「いったい何なのだ・・これは。理解できん」
「だから、言ったであろう。この中に居るほうが安全で豊かな旅が出来る と。
グングルスと立ち合った冒険者だけが強い訳ではないぞ。この旅の間にもウルフやオークが群れで襲って来るが、あっという間に殲滅させる実力の持ち主ばかりなのだ。何より最強の魔法使いが馬車の上から見守っているのだぞ」
「ぬぅ・・確かに。しかし、多くの者達が 一刻も早い御帰還を待ち望んでおりますぞ」
飛竜から王子を助けたハルカの話をされては グングルスも反論しづらい。
飛竜は それほど厄介な相手なのだ。
「心配しなくとも、このまま進めば 成人の儀には余裕を持って間に合うだろう。
慌てふためいて駆け戻り みっともない姿を晒すより、堂々と一団を引き連れて凱旋したほうが良いと思わないか?」
周りで話を聞いていた近衛達も ハッとさせられる思いだ。急ぎ帰ったとしても非難は免れない。それよりも 領主2人を伴って威風堂々と帰還したほうが はるかに好印象を与えるだろう。
それよりも 心底驚かされたのは 遊んでいるだけに見えた やんちゃな皇太子が実は政治的に優秀な思考の持ち主なのに気づかされたことだった。
それに、 新鮮な食材を贅沢に使って外で食べる食事の方が、普段兵舎で食べている食事より格段に美味しく感じられていたので 急いで帰りたく無かった。
何時もと変らない夕食の光景に 少しだけ変化が有った。
「ねぇ。コルベルトさん。お願いが有るんだけど・・」
「ん?、何だ。仕事に差し支え無いなら考えても良いぞ」
「私とシェアラの2人に 剣での戦いを教えて欲しいの」
コルベルトは内心驚いたが顔には出さず、少しの間 答えを言わなかった。
単なる子供の思いつきなら適当に話をそらせて誤魔化し 有耶無耶にしただろう。
そうしないのは 2人の目が真剣で、断っても他の誰かに話を持っていくのが確実だからだ。
生兵法はケガの元、と昔から言われるように 中途半端な強さは慢心を生み 返って命を落とす元になる。冒険者という仕事柄 彼はそんな若者を大勢見て来た。
恩人の友達で 顔見知りとなった2人に、安易に戦いを教える訳にはいかないのだ。
「今日はもう暗い、明日の朝2人がどれ位動けるかを見てから 教えても良いか決めさせてもらう」
「うん。分かったわ。驚かせてあげる」
「ははは。楽しみにしているよ」
話は終わり それぞれに食事に戻っていく。
今日は 具沢山のスープに強めのトロみを付けた お腹にこたえるシチュー?である。
この世界の穀物の粉を水でねって 石版の上で焼くとナンのような歯ごたえの有るモチモチパンになるので、一緒に食べると大食な冒険者でも満足のいくメニューとなる。
「いいの?、コルベルト・・あの子達に剣なんて教えて」
「早いか遅いかの違いでしか無いな。
ハルカの側に居たいから 自分の身くらいは守れるようにしたいんだろ。
考えたくは無いが・・ハルカを利用する為に あの子達を誘拐する なんて有りそうだし、やる気が有るなら教えておいても無駄にはならないだろう」
何気ない会話、何気ない出来事。
得てして 世の中に多大な影響を与える人物が誕生するのは そんな普通のエピソードからなのだろう。
この時 コルベルトは 自分が当代一の剣聖と大商人の師として 歴史に名を残すとは夢にも思わなかった。
次の朝。
護衛の者達 そして近衛の騎士も、何時もなら自分達の鍛錬に体を動かす時間であったが、剣での試合を始めた領主の息子シーナレストと 王子オラテリスの戦いに目を奪われ、それどころでは無くなってしまった。
「テリス様・・どうしたん・・ですか、っと。先日とは まるで動きが違いますよ」
「聞くな・・俺にも分からん。・・だが、今日は負ける気がしない、借りを返させてもらうぞ」
軽口を利きながらも 2人は凄まじいスピードの攻防を繰り返していた。
彼らは立場上 剣術の基礎は叩き込まれている。
その上で身体能力も跳ね上がり 体が思った以上に動くため、剣術レベルを超えた戦いが出来ていたのだ。
「これは・・如何したと言うのだ。殿下がこれ程の使い手とは聞いていないぞ」
「強えぇな、あいつら。勝てる気がしねぇ・・」
先日 戦ったグングルスとコルベルトは、自分達よりもハイレベルな戦いに驚嘆するばかりだ。しかも 彼らの戦いは あくまで試合であり真剣勝負ほど全力ではない。
何の事は無い、オラテリスは昨日 ゴンゴロウの群れを倒したときレベルが急激に上がり、シーナレストを追い越していたのだ。シーナレストも羊のメルメルを大量殺戮した時に近くに居たため、それなりに上がっていたが、追い抜かれてしまった。
ちなみに、レベルだけで言えば、
オラテリス 88
シーナレスト 85
コルベルト 82
グングルス 77
何と、近衛の隊長が最下位だ。知らぬが仏である。
「ん?」
「やくそく・・」 にぱっ
コルベルトの袖を引っ張るのはシェアラだ。
大人は約束を忘れても、子供は楽しみにしている約束は絶対に忘れない。
シェアラは 目の前で行われている戦いに目をキラキラさせながら、自分にも教えて欲しいと強請っているのだ。
「おっ、おう。そうだったな。2人とも居るな、じゃあ 静かな場所に行こう」
軽いショック状態から立ち直ったコルベルトは 気持ちを切り替える事が出来た。
お祭り騒ぎから少し離れた場所で二人の資質を見る事にする。
2人はすでに手ごろな木の棒を用意していたので、コルベルトも同じように 木の枝を払い棒を用意した。
「じゃあ 俺がこうやって構えるから、一人ずつ攻撃して来なさい。
動きが見たいから思いっきり全力でな」
「じゃあ、私から行くね」
シシルニアの構えは いわゆる正眼の構えという剣道の基本形だ。
前世の記憶にも それしか知らなかったのが理由である。見よう見まねであるが その立ち姿はなかなかさまに成っており、コルベルトを感心させていた。
「行きます。やあぁーっ」
「ぬっ!」
カンッ☆
声を出して攻撃して来る事にも驚いたが、その速さと太刀筋に 油断していたコルベルトは かわす事が出来ず、合わせて受け止めるのがやっとという有様だ。
コン☆カン☆ カン☆コン☆
まだ腕力と技術が伴っていないが、その速さと動きは中堅の冒険者を思わせるもので、気を抜く事が許されなかった。狙ってくるのが腕だったり胴体だったりと 分かりやすく素直な攻撃なので 凌ぐ事が出来たとも言える。
「よし、良いだろう。まだ腕に力が無いから、剣の練習は今みたいに棒でする。
後は身を守る為に短剣で戦う練習もしたほうが良いだろう」
「えっ、じゃあ 教えてくれるのね」
「ああ、良い動きだった。俺も冒険者だからな、毎日は無理だが 基本的な事を教えるから一人のときはそれを反復して練習するだけでも かなり戦えるようになるぜ」
日本の学校を基準にすると教え方が不親切に見えるが、本来 親子でも無い限り 懇切丁寧に人に何かを教えるなど余程の事なのである。学校での感覚そのままに先人が 教えてくれるのが当然だと思って社会に出るからギャップも激しくなる。
まして、この世界の冒険者が他人に戦いを教えるなど 普通は有りえないのである。
彼らの持つ技能や知識は、命をチップに やっと掴み取ったものばかりだからだ。
それが彼らの財産であり生きる為の資本なのである。
それゆえに、命を救われた時の感謝は大きい。
ハルカがコルベルト達を助けていなければ、剣を習いたいと申し出ても 鼻で笑われる冗談にしかならなかっただろう。
「じゃあ、シェアラもやってみて」
「うん♪」
シシルニアよりも子供っぽいシェアラは、当然 構えなど知らないし 戦いのシミュレーションも無い。
ゆえに 棒を持ったまま立つ姿は 戦いをしようとするものには見えなかった。
油断しまくったコルベルトが 素早いシェアラの動きを見失い、頭に一撃もらったのは彼等だけの秘密だ。
コルベルトが 本気で2人に指導する気になったキッカケでもある。