76、王の器量
王都スティルスティアの中心に大きな敷地を擁する城の庭では第一王女リュシナが最も信用できる侍女と共に散歩をしていた。
その出で立ちは足首まで有る長さのゆったりしたドレスで王女らしい優雅なものではあるが、側にいる侍女は常にリュシナの剣を携えている。
リュシナは女性ながら武の才能に恵まれ、14歳にして 国で最強を争うほどの実力を持っていた。城の庭園は安全ではあるが 万が一、賊が彼女を襲撃したとしても王女自らそれらを鎮圧してしまうだろう。
勿論 王女らしい立ち居振る舞いや言葉遣い、マナーやファッションセンスまでケチの付けようが無く、加えて誰もが振り向くほどの美しい容姿をしていた。
まさに強く美しい統治者を具現化している。
ゆえに騎士団や近衛、果てには門番に至るまで 彼女に敬愛の念を持っている。
リュシナが望まなくとも 国軍の忠誠の殆どを掌握しているといって過言ではない。そうなると 彼女の周りには腹に一物がある者達が近寄ってくるものだ。
今も 若き書記官が使いとして情報をもたらしていた。
「それで、兄上はまだ帰還されませんか?」
「はい。近衛が捜索に向かいましたので、数日のうちに戻られるものと思われます」
「ふふっ。大きな式典が近いと言うのに 遊びに出られるなんて、本当にお兄様はスケールの大きな方ですわ」
「書記長殿は自覚が足りないと申されております。他国の目も有りますれば自重していただきたかったと」
「ほほほほ、他国の顔色に怯えるようでは 1国の王など務まりますまい」
「そう言う姫様も 全く意に介していないご様子。
我等 文官の多くが、また 騎士の殆どは姫様に王位に付いていただきたく思っております。才覚の優れた者が頂点に立たれれば 国は安泰となりましょう」
「王位は兄上が継ぎます。
これ以上波風を立てるようでは、返って国も乱れましょう。言葉を慎まれよ」
「はっ。出すぎた事を申しました。これにて失礼」
リュシナは文官の姿が見えなくなると 最も聞きたい情報を侍女に尋ねる。
本来、広い庭を散策するのはそれが目的なのだ。
「あたりに人の気配、および魔法の残滓などもございません。安心してよろしいかと存じます」
「そう。手間をかけるわね。早速 聞かせてくれるかしら?」
「はい。王太子殿下探索の近衛隊に同行していたエマーリス殿から届きました魔法書簡によりますと、本日 昼過ぎ 皇太子殿下と合流されたとの事です」
「そうですか、安心いたしました。
ダメね。気丈に振舞っていても 自分の器の小ささを思い知らされるわ」
「姫様の器が小さいなど 到底思えません。私から見ても 国軍が支持されるのは当然かと思います」
リュシナの専属侍女は文武にすぐれ、人を見る目も有る才女であり、王族の身辺を警護するトップエージェントでもある。
それほどの人物から見ても 自分の兄の才覚を見通す事が出来ずに居る。
リュシナからするとそれほど大物な兄が嬉しくもあり、歯がゆくもあった。
「ふふっ。レミナほどの曲者を欺くなんて、兄上は本当に底が知れませんね」
「恐れながら・・それはいささか 身内を過大評価されているように思えますが・・」
「んー・・・・そうね、例えば 私が兄の立場だったとしたら 今の現状を見てきっとオロオロして騎士の忠誠を取り戻そうと焦ってジタバタする事でしょうね。
それ以外の周りの事は 何も見えなくなると思うわ」
「私には理解も想像もできません・・その場に立たれたら姫様はきっと何とかなされましょう」
抽象的すぎる言葉で他人に伝える事は難しいらしい。
リュシナは信頼する侍女に王女が根拠としている情報を伝える事にした。
それは、今まで宰相と自分達 王族のみが知る機密である。
「今だから話せる事なんだけど、兄上が出立する二日前に 精霊殿の巫女長が直々に城に来て告げていった言葉が有るの。
『隣国のサラスティアで、全ての国を揺るがす 大いなる兆しが感じられた』と申されたわ。遠い国の事と私も父王も、あの宰相すら さして気には留めなかった」
「それは・・私などに話して良いのでしょうか」
「今なら大丈夫よ。でも 他言は控えてね。
でね、ここからが大事なんだけど、兄はそんな不確かな言葉に何かを感じたのね。
この式典を控えた大事な時に 腹心の騎士一人だけ連れて出発したわ。誰一人 城から出た事すら気が付かなかった。有能な警備が全力で警戒している中でよ、凄いわね。それから三日後にキルマイルス帝国が滅びて、サラスティアに併合されたと知らせが届いたわ・・この国の中で唯一 兄上だけが 時代の変化を感じ取れたのね」
「それは、もし本当に予見されたなら・・確かに凡愚な者では出来ない見識です」
「兄は 私たちが気が付く事すら出来ない、ずっと先を見ておられるわ。
城の中で 私たちが神経をすり減らして 成り行きを気にしている王位ですら 兄には取るに足らない小さな事なのでしょうね」
「なんだか 私も 殿下の御帰還が楽しみになってまいりました」
「そうでしょう♪。きっと兄上は何か大切な物を見つけて帰られるわ」
その気に成れば 今直ぐにでも国の全権を掌握できる立場の王女は、幸か不幸か かなりのブラコンであった。今 語った話も彼女のブラコンな目でかなり美化してある。
そんな自分であった事が自らの命を救ったのだ、と 後の彼女は子供たちに語ったと言う。
その王子様だが 気を失ったまま帰ったために大騒ぎに成りかけた。
しかし キズ一つ無い様子を見て皆は安堵し、念のためそのまま馬車に寝せられた。
飛竜が馬車を破壊したため、唯一 寝るだけの床面積が有る ハルカ達の馬車が使われる事に成った。
追い出されたハルカ、シェアラ、シシルニアの3人は他の馬車の屋根に乗っていて、かなり不機嫌な様子である。 さもありなん。
とりあえず 外に居ても問題の無いのどかな天気であり、その点ではハルカに不満は無いが 馬車の周りを取り囲む 馬上のウザイ近衛騎士達には大いに不満を感じる。
ハルカとピアは 魔法で近衛騎士とその馬達を回復させた。
そうしなければ、馬車そのものが彼らに接収されていただろう。
ムサイ騎士達から目を背け 後方の様子を見ていると、商人達の丸いホロ馬車が連なる光景が見える。まるで巨大なカタツムリの行進を見ているようで楽しい。
御車をしている人達と 話をして情報を得るのも楽しかった。
その後は 何事も無く、無事に次の宿場町にたどり着いた。
「シシル・・手伝ってくれ」
「珍しいわね。良いわよ♪。私で出来る事なら」
「一緒に行っても良い?」
「ん・・、シェアラも行こう」
ハルカがシシルニアに頼んだのは 野菜を買い付ける為の交渉である。
同行している商人達も同じように新鮮な食料を買うため子供ではナメられて不利な取引に成りかねないからだ。念のため領主の専任料理長ブラハンも同行してくれた。
とは言っても、ここでは 都の常識は通用しない。商人として駆け引きを知るシシルニアは頼もしい存在であった。
「申し訳ないが、食料を売る訳にはいかないんだ」
「他の商人と契約されたのですか?値段なら考えますが・・」
「そうじゃない。他の方たちにも断っていたんだ。この辺の町や村は不作が続いてね町の人間が食べる分すら足りなくなりそうなんだ。都まで食料を買出しに行っているが まだ時間が掛かるだろうし、満足な量が手に入らない可能性も有るのでね。
売りたくても売れないんだよ。すまんね」
どうやら、食料が無い時というのは、一般的な取引が通用しないらしい。役に立てると思っていたシシルニアも出番が無く 元気も無くなっている。
昔の日本をテーマにした時代劇などを見て分かるように、本来 その土地で生産できる食料で養える人数が人口と直結しているものだ。百万石などと表されるように、国力が食料生産量と同じであったのが分かり易い姿である。
食料の持久力はコミュニティーの存続に直結する。
何時でも潤沢な食料が存在していた日本を基準にすると想像が難しいが、人々は気が付かない、目に見えないだけで、その現実は今の時代も変らない。
どんなに科学が発達していようと 食べ物が無くなったら話にならないのである。
世界的に食べ物が不足した場合、小麦粉一袋が数十万円なんて事もあり得る話なのだ。豊かだと思っていた国の資産など あっという間に吹き飛んでしまう事となる。
「シシル・・ちょっと」 こそこそ ひそひそ
「そうね、その方が良いわね。まかせて」
打ち合わせが終わると、ハルカは巨大な牛 ゴンゴロウの肉を1匹丸ごと その場に取り出して見せた。
おおおーーーーっ。
それを目にした全ての人々から驚きの声が上がる。
料理長やシシルニア達すら声を出していた。
ハルカはシシルニアの背中を突いて話を再開させる。
「ど、どう?。立派な肉でしょ。切り分けるから、野菜と物々交換してくれる人が居たら 申し出てくれるかしら?」
それからは大変であった。
我も我もと申し込みが殺到したが、秤がある訳でもなく 肉の切り分けは大雑把なものと成った。もっとハッキリ言えば適当になった。
それでも相手に不満が出なかったのは、明らかに野菜の量と釣り合わないほど 大きな肉のかたまりと交換されていたからだ。肉は余るほど有るので 相場的には不自然ではないが、ハルカ的なドンブリ勘定の取引である。
それまでは邪魔者扱いだった旅人たちは町を挙げての歓迎ムードで迎えられた。
要するに いつものハルカのペースに町ごと飲み込まれたのだ。
これによって 町の誰にも不満を抱かせず 潤沢な野菜が手に入り、その晩の夕食も栄養バランスの良い豊かなものになったのは言うまでもない。ビタミンは大事。
その様子を 近衛騎士達が唖然として見ていた。