表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/119

73、メルメルの妖精

ハルカは町長に頼んで大きなタルをもらった。

人がスッポリ入るほど大きなものである。


それを町のとなりの草原に運んでもらう。

置いたタルの周りに 夕食で食べた後の羊の骨を集めた。

まだ多少 肉が残っているが その方が都合が良い。


今ではすっかり仲間となった騎士や冒険者、そして町の人々も協力してくれた。

これもハルカが無償で食料を提供しているから。食べ物の力は偉大だった。

ただし、誰一人ハルカが何を行うのか分かる者はいない。


タルの中に入ったハルカは、自らの血でタルの底に魔法陣を描き出す。

それは彼が日本に居る時 普段から利用していた魔法だ。

日本では魔法陣など使わなかったが、ここでは使わないと 精神的にもたないので命に関わる。描き終ると魔法で乾かし、上から消えないように 整髪に使う油のポマードを塗りつけていく。


これで水を入れても 少しの間は魔法陣が消えないだろう。

タルから出たハルカは 魔法で水を出し、タルの半分まで満たした。


ガサ ガサ ガサ ザザザザ


「ハルカ、どうやら来たみたいにゃ」


「うっ嫌な音、みんな・・避難しよう」


皆は打ち合わせ通り 馬車のところに避難していく。

ハルカはタルが見える近くの建物の屋根に避難した。


タルを置いた草原はゴリ(ゴキブリ)が押し寄せて来る方角。

奴等は町に入らず 真っ先に羊の骨に群がるはずである。


ガサ ガサ ガサ ガササ、 ガサ ガサ ガサ ガサ ガサ ガサ ガサ ガササ ガサ ガサ ガササ


カサカサという例の音ではない、ガサガサと恐ろしく不快な音が近づいて来る。

ハルカも逃げ出したいが、それは最も悪手だろう。

杖の結界に守られているので馬車の中は安全ではあるが、かと言って 外でガサゴソとゴキにうろつかれたのでは眠れるはずが無い。


鳥肌を浮かべながら 必死で恐ろしい音に耐えていると、ワラワラと森から黒い影が這い出してくる。中には飛んで骨までたどり着く猛者もいた。


警戒されないように 最低限の明かりしか燈していないので 気持ち悪さが倍増している。

今すぐ炎で焼き尽くしたいが、奴等は炎の魔法には敏感らしく 魔法の気配を感じると一斉に飛び上がり、始末に終えないらしい。想像するだけで ぞっとする。

最悪 飛ばないように、守護精霊には風の防御をしてもらう予定だ。


話には聞いていたが、草原一面が黒く(うごめ)くのは地獄の光景であった。

ガリ ゴリと骨すら噛み砕く音が聞こえて来る。



そして、来た。


明らかに大きい 体長50センチはある群れのボス、特大のGが骨の山に飛び込んで来た。


ハルカは最速で魔力を集め 練り上げて集中した。

ブアッっと髪の毛が浮き上がる。ハルカの精神状態を物語っているようだ。


「ギガ バ○サン・・」


言葉に出し、イメージを固定して魔法は解き放たれた。

タルからドライアイスのソレのように もくもくと白い煙が立ち昇る。

市販のそれをイメージし、さらに効果を強くしたゴキブリ退治の魔法である。


カンの良いGが飛んで逃げようとしたが、精霊によって叩き落される。

上には風の障壁が作られていた。

煙は瞬く間に町全体に広がり、もはや奴等に逃げ場は無い。



次の朝、家から出てきた町の人々は あたり一面に転がるゴリの死体を見て悲鳴をあげていた。

ゴリに関わりたくないハルカが 自動回収の魔法を解除していた為である。


ただし人々からその事に対して苦情は出なかった。

ゴリの死骸を処分してくれるように町の人に頼むと、意外にも彼らは喜んで死骸を集めだし 何やら解体まで始めている。


「本当によろしいのですか?。あれは色々な用途で需要が有りまして、部位がそこそこ高く売れるのですが」


「絶対にいらない。・・売れるなら、そのお金で食べ物を買えば良い」


それを聞いた町長は大喜びで解体の指揮を始めた。

早くも商人たちとの交渉が始まり 素材の一部はお金に代えられていた。

となりの町まで買出しに出かけるらしい。



昨日と同じく 朝食も町の人には羊の肉を出したが、誰も文句を言う者はなく 喜んでくれた。


誰が言い出したのか・・・後に この町の人々はハルカを「メルメルの妖精」と呼ぶ事に成る。


肉を提供していなければ「ゴリの妖精」だったかも知れない。


恐ろしい話である。





朝食を終えたハルカ達は 次の宿場町を目指して旅立った。


今日も天気が良い。雨があまり降らないのは乾季なのだろうか。

旅には都合の良い うららかな日差しである。

その日も順調に進むかと思われたが、昼過ぎにトラブルが近寄ってきた。


街道を逆行し騎乗した集団が駆けつけて来る。

軽鎧にマントを羽織った騎士風の男達が20人も馬で押し寄せれば、かなりの威圧をともなう。

その様子に領主一行の騎士や護衛の冒険者も 馬車から飛び出し臨戦態勢となる。


馬上の男たちは 馬車の行く手を遮る形で止まり、護衛達と対峙する。

ハルカも飛んで 先頭の馬車の御車席に降り立ち、様子を見る事にした。



「失礼する。我々はスティルスティア近衛騎士隊である。こちらにオラテリス殿下がおられるはず。我等と共に 一刻も早く王城に帰還していただきたい」


「グングルスにエマーリスか。よく 俺がここに居ると分かったな」


「ぬおっ!殿下 本当に居られたのですか。今 城は大騒ぎです。大至急お戻りくだされ」


「そうか、皆には苦労かけたな・・。だが、断る」


(おい、おい。)その場を見ている全ての者が 心の中で突っ込みを入れていた。


「ああ、勘違いするなよ。私の我が侭だけで言ってるのでは無いぞ。

こちらに同行しているのが 最も安全で快適な旅だから言うのだ」


「我等と共に行くより安全と申されますか?」


「ああ、皆にはすまないが、これは事実だ」


皆がハルカをチラチラ見ながら 心底納得した顔をしている。

だが、騎士グングルスは そんな騎士や冒険者を見回して疑問に思う。


「ふむ。確かに皆 良い目をしている。そこそこ出来るようだが・・最も安全と言えるほどの護衛には見えませんな」


「なんだと、お飾りの騎士が偉そうに」


「ふっ、やはり王子の側に居る資格も品格も無いですな」


いきなりの喧嘩腰だが 王族を守ってこそ 近衛騎士、彼らにも譲れないものがある。



「口を慎め、グングルス。そなたの気持ちは分かるが、この者達は王都の騎士団にも引けを取らぬ猛者だぞ。それに、俺が安全だと言ったのは、ここに居る全員で挑んでも到底勝てない 最強の護衛が居るからだ」


「殿下ぁ。そんな凄い人が居るなら 紹介して欲しいにやー。お友達になりたい」


「おい、エマーリス。黙ってろ」


「目の前に居るぞ。恐らく、我が国で最も強いのは ここに居るハルカ嬢だ」


ハルカは心の中で叫ぶ「嬢では無い」と


王子は 自慢の娘でも紹介するように ハルカに手を向ける。

ハルカ側に居る者達は 皆が納得した顔で頷いている。

当然 ハルカは心底 迷惑そうな顔だ。


「なっ、何者にゃ、この子・・凄い魔力」


魔術師でもあるエマーリスは、ハルカの内在する魔力を感じ取り驚愕している。

だが それが分からない者には、単なる子供にしか見えない姿なのである。



「ぷっ、うわっはっはははははははは。殿下は冗談がお上手になられましたな。

いけませんぞ、殿下。このような得体の知れない下賎な小娘に懸想(けそう)されるなど。

城には殿下に相応しい 高貴な女性達が待っておりまする」


ブチ ブチ ブチッ


その一言で今度こそ、護衛達はキレた。


「おぅ、そこの もやし騎士(やろう)。首を落としてやるから馬から下りろ。

そのまま殺したら馬が可哀想だ」


「ヘナチョコ騎士野朗が、言うに事欠いて 俺たちの妖精を下賎とぬかしやがったな」


「ほぅ、面白い・・王都最強の近衛騎士にケンカを売るか。そこまで言われては最早 誰も止められぬぞ」


「御託はいいから、来いよ 馬の飾り騎士」


前に出たのは なんとコルベルト。

背中の大剣を片手で抜き取り、軽々と振り回している。

こんな好戦的なコルベルトは初めて見る。


相手は幾多の試験を潜り抜けてきた 対人戦のエリートである。

普通ならコルベルトの身を心配するのだが・・。


「あのさ、コルベルト・・、多少のケガは良いけど、相手の首は落とさないでね。

さすがに死んだら治せないから」


「ああーっ、分かってるよ。ハルカ。

こんなの適当に相手してやるから ハイヒールでも使ってやってくれ」


「ふっふっふ、近衛騎士が ここまで愚弄されたのは初めてだな。

お主の死体は獣が始末してくれるから心置きなく死ぬがいい」


コルベルトは剣を片手に下げ、自然体で騎士に歩み寄っていく。

戦う気が有るのか と思えるほど気負いが無い。


先に仕掛けたのは 近衛のグングルス。

2メートル近い身長で 引き締まった細マッチョな体は、バネのように瞬発的な動きを見せて獲物に襲い掛かる。


☆キシャーンン☆


袈裟懸けに切りつける剣線を 体を少しだけヒネリながら 下から滑らせるように大剣を合わせ、受け流していく。そして 上に振り上げた大剣をそのまま、今度はお返しとばかりに 上段からの切り落としをしかける。


グングルスも 近衛騎士の意地で受け止めるが、体は僅かに押し返されている。

彼の顔には 既に怒りの表情は無く、御前試合に挑む時のような 真摯に戦いに赴く騎士の顔になっている。


その後も、お互いに一歩も譲らない気魄で、一撃必殺の重い斬撃が応酬されていく。

グングルスは 宰相が王子の護衛として送り出した最強クラスの騎士である。

その男と互角に戦う名も無き冒険者。


実は コルベルトのレベルは81に成っており、グングルスの77よりも上なのであった。対等な戦いなのは グングルスの剣技がその差を埋めているからだ。


馬上の近衛騎士達も唖然として 異様な戦いを見守っていた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ