72、ネコマタのノロ
ハルカと数名の騎士達は 守護精霊に導かれ草原の中に居た。
そこは、ハルカを攻撃した者に対して精霊が報復の魔法を打ち込んだ場所である。
血溜まりの中には 風の魔法で体が真っ二つになった女の死体と、男のものであろう足が落ちている。
「この人が・・メルメルを差し向けたの?」
『サヨウ、以前ノ襲撃時ト同ジ魔力ヲ感ジタ。意図的ナ暴走デアル』
「なるほど・・。そうだね、こんな場所に人が居ること事体 おかしい。
まして、冒険をする為の装備すら身に着けていない」
「それにしても、変な姿だな。身元が分かる物が無いか調べてみよう」
「もう一人居たようだが、近くに居る様子は無いな・・。転移でもしたのか」
この世界には転移石というゲームのようなアイテムが存在する。
高純度の大きい魔石に魔法陣が描かれたものだ。
当然、とんでもなく高額な品であり、普通の冒険者は見ることすら無い。
そんなアイテムが使われた?その時点で 相手が普通ではない事を意味している。
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とある国の秘密の会議場に気まずい雰囲気が流れている。
「諸君、悲しい知らせだ。
対フェルムスティアの任に付いていた特務員が 任務に失敗し死亡した。共同で作戦に当たっていた 対ルクライアスの特務員も、足を切断され 転移で逃げ帰ってきた。由々しき事態である」
「ほう・・・国の主軸となる人物を先に葬り、混乱させ国ごと弱らせてから 豊かなかの地を手に入れる・・計画としては良かったのですがな。主軸と成る者には相応の護衛も付いている、という事ですか。情報が正しく伝わって無かったのですかな?」
責任問題を仄めかす声に 議長役の男は直ぐさま進行させるための情報を公開する。クレームの扱いに慣れているようだ。
「殺された特務員の名はモーラン。あのカガルの思い人でした」
「ほう・・という事は、血の気の多い奴の事 さぞかし復讐に燃えていましょうな」
「先ほど 飛び出していきました・・後始末は奴がするでしょう。
トラブルは有りましたが作戦に何ら支障はありません」
「なるほど、クラックス産の酒が安く飲める日も近いですかな」
「それは違いますぞ。その時にはリンリナル産に変っている事でしょう」
現場を知らない会議というのは 世界が変わっても無責任で気楽なものである。
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羊?のメルメル襲撃以降は何事も無い道中だったが ハルカが馬車から出て来なくなったので 心配されていた。じつはドレス姿を人に見せたくないだけである。
途中で多少の魔物が襲ってきたが、すでにハルカが出向くまでも無かった。
パワーアップした他の護衛達が簡単に処理している。
「ノロ・・・すごい、ずごいよ」
「どうしたにゃ。ハルカ」
「ノロのシッポが・・2本になってる」
「!、うにゃーっ、ホントにゃ。何時の間に」
シッポが2本のネコと言えば、日本では猫又と呼ばれ 妖怪あつかいである。
昔の都市伝説?なのか実在した話は聞いた事が無い。
元々がハルカの魔法でネコになった人間であり、まともなネコではないが、これには当のノロもびっくりである。
「ああ、そっかー・・なるほどねー。
ノロちゃんのレベル、214も有るわ。その辺のボスモンスターより強いわよ」
「にゃ、確かに ずっとハルカと一緒だったからの。今なら以前の魔法も使えるかも知れぬにゃ」
「今度試してみよう・・こっちの世界の魔法も教えてもらう」
「これでハルカの助けになれると良いのぅ」
そう言えば、最近ノロが肩の上で爪を立てると妙に痛いと思っていた。
どうやら色々と破壊力が増しているらしい。
では、何故 自分の身体能力が上がらないのか・・嫌な予感はいよいよ現実的になってくる。
夕方には次の宿場町に到着した。・・・しかし、何か様子が変である。
街には活気が無く 人々が皆 疲れ果てた顔をしている。
その様子にデジャヴーを感じるハルカだった。
「皆様、よう来られました。ですが、残念な事に 今この町で皆様をおもてなしすることが出来ません。このまま町を素通りして 野営されることをお勧めいたします」
「ゆっくり休めるだけでも良いのですが、その様子では何か有るのですな。
良ければ理由を聞きたい。皆にも説明しなくてはならぬのでな」
「はい、・・ここ数日 夜になるとゴリの大群が町に押し寄せてまいりまして、食料が殆ど食われてしまいました。手当たり次第に齧るので 馬車の荷物も危ないでしょう。今の内に避難されますよう」
ゴリとは、この世界に生息する体長10センチ以上あるゴキブリ姿の魔物である。
一匹なら強い訳ではないが それが大群で行動するため 手に負えない相手となる。
避難するとは言っても この町に立ち寄るのが前提であるため、このあたりには 馬車が何台も泊まって野営できるような広場は無い。
結局 馬車は全て町の停車場に集められ ハルカの虫除けの杖で守られる事となった。
ゴリが襲って来ると聞いては ハルカも馬車に引き篭もっていられない。
観念したハルカが ドレス姿で出てくると、それを見たオラテリスが大喜びだ。
恥ずかしさに涙が出そうだ。
一行は何時ものように 夕食の準備をしようとするが、町の人々は数日殆ど食べてないらしい。材料を準備しているだけで 方々から視線を感じて落ち着かない。
そんな中、ハルカが取り出したのは 今日 獲れたばかりの羊の肉だ。
それも 丸ごと出したので大いに目立つ。
おおーーーっ、なんと・・・・すごい
とうとう、遠くから見ていた人々から感嘆の声が上がっていた。
そんな人々に対してハルカは手を振って手招きした。
何度も手招きすると・・・少しだけ動きが有る。さらに少しして
近くの家々から 警戒しながら子供連れの母親らしき人が出てくる。
だが、まだ遠くから見ているだけで近寄っては来なかった。
面倒になったハルカは 拡声の魔法を使って町の全てに呼びかけた。
『肉だけなら・・・ 沢山有るからあげるよーー、食べたいだけ取りに来てー』
ダンプカーのように巨大な羊を数十頭も倒したのだ、肉だけでも膨大な量がある。
羊の肉は独特の匂いが有って苦手な人もいるが、新鮮な生肉は癖も臭みも無く焼いても美味しいのだ。
勇気を出して最初に来た母親に大きく切り分けた肉の塊を渡すと、それを見ていた人々が怒涛の如く押し寄せた。
一箇所に集まっては大騒ぎに成るため、町長が自らハルカを町の要所に案内し
それぞれに肉を配置していく。とりあえず腹いっぱい食べられれば満足なのに 普段は食べられない肉が 好きなだけ食べれるとあって、町中お祭り騒ぎとなっていた。
町全体に食べ物をばら撒くハルカの異常な行動なのだが、領主一行は全く驚く事は無く、また始まったか・・程度の感想しか持っていなかった。
勿論、全ての人がそうではない。
町の人々が お祭り騒ぎで楽しそうに食事をしている。
そんな光景を見つめる オラテリス王子は一人複雑な顔をしている。
「どうされました?。オラテリス殿下」
「フレンコム殿・・。顔に出ていましたか。未熟者ですね私は」
沈んだ様子の王子に話しかけたのは ルクライアスの領主フレンコム。
彼は気配りができる人物である。
「同じ気持ちの者が 何となく分かっただけですよ。
たぶん 私も王子と同じで、少しあの子に嫉妬しているのですな」
「嫉妬?ですか・・この 何とも言えないものは」
「人々の上に立つ立場の私たちは、心の何処かで自分の力で皆を喜ばせたいと願っているのかも知れません。まぁ、多くの者は 自分の立場しか考えないですがね。私も 普段は偉そうにしていますが、こんな場面では自分が無力なのを思い知らされる。
そして、私に出来ない事を 自然に行っているあの子が羨ましく思えますなぁ」
「そうか、そうだな・・確かに羨ましい」
「しかし 殿下、我々には彼女とは違う力が有る。その力で人々を喜ばせる機会が必ず有ると信じています。お互いに それを願うとしましょう」
フレンコムのお陰で その後の食事が美味しく感じられた王子様。自分が見ている世の中の現実も、城では食べられない食事も 全てが彼の糧となっていた。先見の巫女が予言したように、ハルカとの出会いによって次代の王は大きく成長していたのだ。
奇しくも 国を脅かす者達の行動が王を育て、クラックス合衆国は 千年の礎を築く事となる。
食事が終わると人々は潮が引くように帰って行った。
もう少しでゴリの大群が押し寄せて来るのだ。
虫嫌いのハルカが居るとも知らずに・・。