71、レベリング?
ハルカの乗る馬車は キレイに掃除がされ 土足厳禁である。
ハルカが日本人の感覚なのもあるが 一番の理由は 常に3枚重ねのふとんが敷いてある事だ。
馬車の振動もある程度緩和してくれるし、長旅でゴロゴロできるのはストレスの解消に良い。御者のミルチルなども休憩にはちゃっかり一緒に仮眠を取っていた。
今晩も馬車の中、三人並んで眠りに付く。クッションを枕に 大きなウサギの毛皮を掛け布団代わりにするので快適な寝床である。
「ハルカにお礼しないとならないわね」
「・・何の事?」
「ハルカのステータスが見えるようになった事だけど、最初ね 仲良くなれたからだと思った。でも、自分のステを見直して気が付いたわ。
・・レベルがね、上がってるのよ。ハルカと出会う前の倍近くになってた」
「おー、良かったね・・でも、何でお礼?」
「ハルカと一緒に行動してると 沢山狩りをしてるのと同じなのよ。
見えてはいないけど 経験値がガンガン入ってるはずだわ」
「ゲームで言うパーティ登録してるみたいなもの・・かな。今のレベルはいくつ?」
「42、以前は17だったの。下手な冒険者より高いわよ。シェアラも31になってるわ。2人とも年齢にしては異常なレベルね」
本人は気が付いていないが 以前ハルカと大冒険?をしたシーナレストなどは レベル31から、一気に72まで上がっている。彼が最後に気を失ったのは、急激なレベル上昇に体が対応しきれず 休息に入ったためだ。
さらに大きく上がっていたのは、軍隊蜂殲滅の時 近くに居たギルドマスターのフェレットである。彼がその後で魔族と対峙したとき 正気を保てたのはレベルが高かったからだ。
「ハルカと協力して護衛している人たちも レベルが上がっているでしょうね。
昨日もウルフを大量に狩ってたし」
「うんと強くなったら、何時もハルカと一緒にいられるから嬉しいなぁ」
「そうね、今度は皆で冒険に行きましょうか」
「いや・・早く家でゴロゴロしたい・・」
ハルカたちの会話は次の朝、思い掛けない形で実証された。
「あっ、ハルカちゃん おはよー」
「なんか・・雰囲気が変だね」
朝から 場の雰囲気がピリピリしてて物々しい気がする。
いつもは朝の鍛錬をしているはずの冒険者も少ない。
「真夜中に盗賊に襲われたのよ。戦った人たちは ギリギリまで寝てるかもね」
「えっ、え・・知らなかった。ごめん」
「いいのよ。子供を起こさないで退治できたんだから、彼らも喜んでるわ。
実は私も目に見えて強くなってるわよ」
「へぇー・・やるね」
その後 守護の精霊に聞いたところ、精霊が手を出すまでもなく 冒険者たちは襲われる前から気配を掴んで対処していたようだ。
そして、ハルカが齎した変化を思い知らされた者がここにも居た。
「オラテリス殿下は いかがされましたか?。朝から機嫌が悪いようだが・・」
「あっ・・、フランベルト様、今はそっとしておいて下さい。落ち込んでおられるのです」
「ほぅ、それは 珍しい事も有るものだ」
「朝の鍛錬で 久しぶりにシーナレスト様と試合をしたのですが、全く勝てませんでした。というより 相手にならないほど 力の差がありまして、年下を相手にボコボコにされて 落ち込まれているのです」
「なるほどな、それは・・・まぁ無理も無い」
「えっ、理由をお伺いしても宜しいですか?」
「理由は分からんがな、息子に剣を教えている 領内一番の使い手から報告は受けていた。ある時を境に 目に見えて強くなったそうだ。
剣術の腕は まだまだであるが、身体能力は知る限り一番強いだろう、という事だ」
フェルムスティアの領内で一番強くなった?。
話が本当なら シーナレストは騎士団長クラスの猛者である事を意味している。
従者の騎士ジンジニアも剣の腕には そこそこの自身はあるが、騎士団長レベルかと言われれば 否と答えるだろう。
勿論、力だけで騎士団長は務まらない。
しかし、他を圧倒する力が無くては勤まらないのも確かだ。
ある時とは・・・何なのだろう。
さすがに そこまで踏み込んで聞くことは憚られたが、興味は尽きない。
朝早いので、小さな町では 宿以外に食事が出される場所は無く、昨日 夕食を食べた食事処もまだ開店してはいない。
ハルカ達は何時ものように自分達で用意しなくてはならなかった。
宿場町とは言え簡素な街の外壁で守られている以外は野営と変わりない状態だ。
この頃になると、すっかり慣れてしまった冒険者や騎士達は材料を出すだけで、それぞれ好きな食べ方で料理を作り出していた。
もしも、ハルカが食べ物を買い漁る癖が無かったら こんな光景は見られなかっただろう。
それどころか、無事に この町にたどり着いた途端、盗賊のように食べ物を求めて悪事を働く者もいた可能性が高い。
夜の警備で出発のギリギリまで寝ていた冒険者には ハルカが旅立ち前に買い込んでいた熱々の屋台の料理とパン、スープが差し入れされた。
盗賊という名の災いを自分達で退けた男達の顔は自信に満ちている。
「おはようございます。シーナレスト様。今日も宜しくお願いいたしますわ」
「おはよう。フレナル嬢。自分も守られる立場は同じですよ。王都に付いたらゆっくりお茶でも飲みましょう」
「ふふっ、約束ですよ。楽しみにしていますからね」
シーナレストは ハルカに失恋したショックから立ち直ったようだ。
そんなタイミングで再会したフレナルは、事の他 女性らしく目に写ったらしい。
フレナルの目から見たシーナレストも、落ち着いた 頼れる大人の男性に成長していた。やがて 二人は自然な流れで惹かれ合う事となる。
後にシーナレストと結婚したフレナルは、夫が自分に目を向けるキッカケを作ったハルカに感謝したそうな。
町を出ると、道は草原の真ん中を突き抜けていく。
人の胸ほどの高さを持つ植物が作り上げる草原は見通しが悪い。
危険であり、尚且つ 土地は畑作には適さないため、広い場所でありながら手が付けられないでいた。
そんな場所だからこそ 好んで住む存在も居る。
それは、言うなれば 巨大な羊である。
大きさは先日襲ってきた巨大な牛 ゴンゴロウと大差ない。
ただし、馬車の屋根から見えている羊は 数十頭の群れを作っていて、遠くに居るのに迫力が有る。
「ハルカ、あいつはメルメルだ。大人しい性格だから 近寄っては来ないだろう。
奴の毛は高級素材なんだが、群れで行動するから恐ろしくて手に入り難い。
売り物の毛が燃えちまうから炎系の魔法が使えないのもキツイ」
「なんか・・この会話にデジャヴーを感じる」
ンヴメエェェェェ
「コルベルト先生、鳴いたと思ったら・・凄い勢いで近寄ってくるけど。
本当に 大人しいの?」
「マジかよ。まずいかもな‥‥魔法で手前の草原を爆発させて 驚かしてみてくれ」
「了解・・ボム」
ドゥゴゴゥオオーーン☆
驚かす為なので 地表から浮かせた場所で大爆発させた。
爆心地の草は消えうせ、周りの草も横に薙ぎ倒されている。
騎士や冒険者が慌てて馬車から飛び出して来る。
馬達も驚き、申し合わせたように隊列は停止していた。
ドドドドドドドドドドッ
しかし、メルメルの暴走は止まらない。
巨大な生き物の群れが怒涛の勢いで押し寄せて来る。
『メルメルの群れは大地の怒りじゃ』ぼそっ
ネコになる前のロスティアが言えばピッタリのネタを 日本語でつぶやくハルカ。
わざわざ日本語なのはツッコミが入ったら恥ずかしいからだ。
「オラテリス様、逃げましょう」
「逃げるだと、何処にだ。そんな場所など無いだろ」
ハルカは少しだけ悩んだ。相手は魔物ではないので エンズイギリも使えるが、数が多く広範囲なので全てはとても無理だ。
ハルカは国宝?の杖を取り出すと、瞬時に魔力を集めだした。
髪の毛が踊り キラキラ輝きだす。
しかし、次の瞬間 杖を持つ手が肘から切り落とされ 横腹もザックリと切られた。
風の攻撃魔法が使われたらしい。
守護の精霊が咄嗟に守り逸らさなければ、体も真っ二つにされていただろう。
大きな魔法を使う時の隙を付かれたのだ。
「ハルカっ」
あまりにも非現実的な光景にオラテリスは混乱する。
そして、静かになった・・・。
近くまで押し寄せていたメルメルは 群れの全てが静止画像のようにピタリと停止して、口からは血を垂れ流していた。ちょっとしたホラーである。
ハルカの魔法が間に合ったのだ。
だが、見ていた者達は 何が起きているのか分からない。
羊が命を終えて 獲物として自動に回収されていくと、血を滴らせた無数の石の針が地面から突き出していた。その光景は血塗られた剣山と言うべきだろうか。
ゲームなどで見られるアースニードルを魔法で実現したものだ。
自動で死体が回収されなければ、陰惨な風景を作り出してしまうところである。
腕が落とされるのは二度目となるハルカは、ブツブツ言いながらも 自分で治療し接合させていた。
喜びと悲しみが同時に押し寄せ、どうしたら良いか分からないのだ。
大量の羊の肉が手に入り 嬉しい。
羊毛も大量に手に入って何に使うか夢がひろがる。
だが しかし、唯一持っていた男の子の服が切り裂かれてしまった。
手元に残されているのはフリル付きのドレスのみ。燃えるような怒り。
やり場の無い その怒りによって、重症でありながら 魔法が途切れる事無く発動したのだから皮肉な話である。
血まみれになりながら 魔法で守り抜いたハルカを、その場の人間全てが 言い知れない高揚した気持ちで見上げていた。
それは 感動したり感激する気持ちのせいばかりではない。
数十頭の強大な獣を一度に倒したのである。
ハルカの近くに居た者達には 少なくないレベルの上昇が発生していた。
近くに居るほど その恩恵は大きい。
その肉体的な変化によって気が高ぶっているのだ。
彼らは 知らない内に強者となっていく。