69、お持ち帰りしたい
ハルカがフェルムスティアの筆頭魔導師である事が 出発前に発表された。
しかし 特に騒ぎにはならず、むしろ とても納得され 皆に安心を与えていたようだ。
かえって、身内のシーナレストや ララレィリア、仲間のシェアラやシシルニアの方が 急な事に驚いていた。
ともかく 予定外に時間を取られたため 次の宿場町を目指して出発する事となった。
オラテリス王子だけは 驚く以前に いまだショックから立ち直っていなかった。
「あはは。たのしいですわ。今度はあちらに行きますよ」
「ララ・・帰らないと護衛ができない・・」
「大丈夫です。他の護衛の方たちがハリキッテますもの」
ハルカが筆頭魔導師を名乗って 一番喜んだのは姫様のララレィリアだった。
事情は説明されているので 経緯は分かっているのだが 嬉しくてしょうがないらしい。
今も彼女にせがまれて 空を遊覧しているところだ。
馬車には連絡用に守護の精霊が残っているので大丈夫ではあるのだが 心配である。
「ハルカ、あそこ見て・・煙が出ているわ」
「そだね・・、トラブルだね。危険だし戻ろう」
「えっ、勿論 行くべきよ。誰かが困ってるわ」
「ララが居るし・・危ない」
「ハルカが居るのに 危ない訳無いじゃない。行くわよ」
押しの強い女性はやっかいだ。今も すっかり舵を握られてしまった。
行く事になった過程はどうあれ、ララレィリアにケガをさせては大変だ。
こっそりピアを呼び出して 周りを警戒してもらう。
少し行くと数台の馬車が止まっている。
高度を上げて近づいて行くと、二匹の大きな魔物と騎士が戦っている。
魔物の顔はイノシシを歪にして キバや ツノを付けたような見た目だ。
少し猫背ぎみに二足歩行で立ち、手には武器を持っている。
背丈は3メートル近くあり、ガルガンサと良い勝負だ。
「ハルカ、あれ オークの上位種。気を付けて、力が強いよ」
「あら、ピアさん。何時の間に」
「戦ってる騎士は 負けてないし・・邪魔したら怒られそうだ」
「あっ、ハルカ。あそこ、あそこに降ろしてちょうだい」
降下していくと馬車の側には 明らかに貴族と思える人物がいる。
いいのだろうか?と半信半疑でそのまま降下していった。
空からの突然の侵入者に 緊張が走り近衛騎士が殺気立つ。
だが 相手が子供で 武器も持っていないと分かると 直ぐに殺気は治った。
特にララレィリアがドレス姿なのは戦意を打ち消すのに効果的だった。
「失礼致しますわ。私、フェルムスティア領主の長女で ララレィリアと申します」
「おお、フランベルト殿のご息女であるか。
であれば尚の事 危険に晒す訳にはいかん。直ぐに この場から離れるべきだ」
「危険なら 手助けして宜しいでしょうか?」
ブギイィィィッ ドゴッ☆
「ぐはあっ」
話をしている間にも護衛の騎士が薙ぎ倒されていく。次の標的は勿論・・・
魔物の殺気が ハルカ達の方を向いた瞬間、オークの顔には 大きな氷の槍が突き刺さっていた。もう一匹のオークは 首が切り落とされ、派手に血を振りまいている。
ピアが風の魔法でやったのだろう。実にあっけない最後である。
おおおーーーっ、
戦っていた者達は 最初 何が起こったのか分からなかった様だが 魔法で倒した事が分かると歓声が上がっていた。
「ハルカ、ダメじゃない。許可も取らずに」
「魔物の敵意がこっちに向かった。ララが危ないなら・・問答無用で殺す」
「えっ、私のためなの・・でも、そのね・・」
「見事な魔法。フェルムスティアでは良い従者をお持ちだ。最初、子供だけで降りて来た時は、失礼ながら 物見遊山で危険な場所に来たのかと思いましたぞ」
「いえ、断りも無く手を出しましたのは こちらの無作法。どうかお許しください」
「ふむ、立派な姫君になられましたな。謝罪は不要、正直 助かった。
私はフェルムスティアの北東に有るルクライアスの領主 フレンコム。
お父上とは懇意にさせてもらっとるよ」
こちらの領主さんも目的は同じで 王都に献上品を運んでいる途中らしい。
手に余る強敵に襲われたからと言って、大切な品物を置き去りに逃げる訳にも行かず難儀していたようだ。
フェルムスティア側の進行ルートを教えると、丁度 昼食を取る時間帯に合流しそうなので 落ち合う事となった。その旨を伝える手紙を携えてハルカ達は飛び立つ。
地元の行列に戻ると 手紙を読んだ領主は納得するも 危険に飛び込んだララレィリアは怒られ 馬車で謹慎となった。
結果的には大殊勲であるのだが「守られる立場の姫が 戦いの場に行くなど、危険極まりない事だ」と 散々怒られたらしい。なむなむ
その後は 何事も無く進み 双方共に 無事合流地点に到着していた。
何時もは 馬車内で食べる昼食も今日ばかりは休憩を入れながらのものとなる。
「フランベルト殿、お久しぶりです。此度は御息女に助けられましたぞ」
「お久しぶりです、フレンコム殿。軽率な行動で お恥ずかしい限りです」
双方 年齢も近く、となりの領地でありながら 変な確執も無く仲が良かった。
もっとも 自領を安全に統治しようと思えば、とても他の領地に手を出す余裕など無いほど 魔物との生存競争が激しい世界でもある。
つまり この世界では皮肉にも魔物が平和のカギでもあった。
「共をしていた子の力量に頼り 驕った考えで下した判断です。今は謹慎を申し付けております」
「確かに、あれほどの魔法が使えるのですからな信頼もされるだろう。
一時は全滅も覚悟していたのだが、あっさり倒してのけた」
「そこが困りものでしてな・・、娘の判断は間違いではない。
本来なら もろ手を挙げて褒めてあげたいのですが、今後の事を考えると」
「そうだな・・。魔法が有ると言っても絶対は無い。親としては辛い所だ」
そんな会話がなされている女子会ならぬオヤジ会。
中年男が集まって下品な下ネタにならないのは流石に貴族である。
「あの、失礼しても宜しいでしょうか?」
「ん、かまわんよ」
「はじめまして。フランベルト様。
私はルクライアス領主 フレンコムの次女フレナルと申します。
この度は命を助けていただき 感謝いたします」
「こちらこそ はじめまして。フレナル嬢は私の娘と歳も近い。仲良くしてやってくれないかな」
フレナルは12歳。
ふわゆるな栗色の髪に 赤に近い茶色の瞳を持つ、賢そうな雰囲気の少女。
感情が読み取れない無表情な時が多い。
悪い言い方をすれば 賢い上に何を考えているか分からない 大人泣かせの子供だ。
「勿論、お友達になりたいと思っていますわ。
それに、一緒に居た魔法使いの子は ルクライアスにお持ち帰りしたいほどです」
「これ、フレナル。失礼だぞ」
「ですが、父様。あの子が居れば、当家の悲願も適いましょう」
「ルクライアスの悲願、なるほど ブロナ火山のドラゴンですか。お嬢さんは領民思いですな」
「今年も、家畜が50頭以上食べられています。皆が可哀想ですわ」
「お気持ちは分かりますが、あの子は当家の筆頭魔導師でしてな。お持ち帰りは同意できまんぞ」
「子供なのに、筆頭で しかも魔導師なのですか?」
この世界でも、導師とは導き手を意味する。
つまり、魔術師や魔法使いを指導し 教える教師が魔導師と呼ばれていた。
ゆえに 子供で魔導師の肩書を持つなど異例中の異例なのである。
「御館様、お食事をお持ちしても 宜しいでしょうか?」
「ああ、たのむよ。フレナル姫も こちらで御一緒にいかがかな?。テーブルの席は空いているので遠慮はいらんよ」
「そんな・・ご家族の方はどうされますの?」
「娘は謹慎して馬車におりますよ。母親が付いていますから心配いりません」
フレナルが席に着くと タイミング良く料理が運ばれてくる。
昼食なので軽いはずだが、運ばれてきたのは焼いた肉に具沢山のスープ。
極め付けが 新鮮なサラダと 焼きたてのようなパンが並んだ事だ。
ルクライアスの2人は自分達の食事を思い返し、信じられない目をしている。
「むぅ、フェルムスティアからここまでは 早くとも6日は掛かるはず。
どう考えても 保存食を利用した料理になるはずだが、これは 新鮮な材料で作ったとしか見えん。どういう事か教えてくれんか?」
「私も感謝しておるよ。旅の質素な食事を覚悟していたからね。
これだけを取ってみても、お持ち帰り させる訳にはいきませんでしょう」
「なんと、これも あの子が・・」
「さあ、冷めないうちに食べて出発しましょう。
お互いに 今回の成人の儀に 無事に間に合うよう全力で当たりましょうぞ」
予想に反して ハルカに肩書きを付けた事で 一番に助かったのは領主だった。
その氷の表情からフレナル姫が諦めたのかは 定かではない。