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68、筆頭魔導師、ハルカ

次の朝、出発前に問題が起こり 少し時間を取られた。


昨夜 狩ったウルフの毛皮を 何時ものように馬車に移していると、それに目を止めた商人が「是非とも売って欲しい」と騒ぎ出した事から始まる。毛皮は戦った者達 全員の物なので、公平を期して冒険者ギルドで換金する予定になっていた。

さらに様子を見に来た他の商人達も当然欲しがり、ますます収まりが付かなくなる。


一度 商人達を下がらせ、領主を交えて 権利のある者達で話し合いを始める事となった。


「セバス、今のところ毛皮は何枚有るのだね」


「はい、御館様。昨晩狩られました55匹を合わせますと、全部で74枚にもなります」


おおーーっ


「ギルドに売った場合は、商人達に売るより安いのだね」


「通常でも2割ほど安くなります。

ただ、問題の毛皮は完成品の扱いになりますので、とても参考にはなりません」


「なるほど・・誰か 完成品の毛皮の相場を知っているかね?」


「・・・・・・」


「ふむ、さすがに縁の無い世界だからな、私でも知らんよ。しかし、かと言って商人に聞くのもな・・」


素材以外の相場や値段は そのまま商売の根幹に関わってくるため、殆どの情報は流されない。それは 領主ですら知らないほど厳しく管理された 商人達の財産なのだ。



「・・あのぅ・・」


「何かな?。君は ハルカ君の友達だったね。どうした?」


「はい、シシルニアと言います。王都スティルスティアから来ていた商人の娘です。子供の意見で宜しければ、私の知ってる相場を言いますです」


「ほぅ、いいだろう。参考に聞かせてくれるかね」


「はい。では、商人の眼から見た毛皮の価値ですが。

ご存知のように通常の場合、冒険者が持ち込む素材としての毛皮は そのままでは使い物になりません。汚れや油がまとわり付いて 臭いも酷く、さらに寄生虫までいます。その状態の値段が ギルドに冒険者が売った時の値段です」


「ふむ、その段階での価格差が 既に2割なのだね」


「はい、領主様」


領主という立場でありながら子供との会話を丁寧に進めていく。

領主は 会話を通して冒険者たちに価格を納得させる為の布石を施しているのだった。お互いに納得できなければ取引など成立しないから大事な工程なのだろう。


「持ち込まれた毛皮を ベテランの職人達が色々な工程を通して手を加え、やっと売り物になる毛皮に仕上がります。そこで掛かる費用は 素材の値段よりも高いと思ってください」


「まさか、俺たちが命がけで獲って来た物より高いだと」


「はい、工程では 湯を大量に沸かす薪が必要だったり、臭いや汚れを落とす魔法に 沢山の魔力を使う事、他にも細かな事が有って 沢山の人の手間がかかります。

ですから、出来上がった毛皮は 素材の3倍以上の値段になると考えて良いのです」


「そんなに・・なのか」


「ただし、毛皮にキズがどれだけ有るかで値段も変ってきます。

当然、キズが多いほど安くなります。いま問題の毛皮には殆どキズが有りません。

このレベルの毛皮は商人の間で 王室献上品と呼ばれ、高値で取引されています」


「ふむ、私が思っていたより凄いな。具体的には どの様な値段になるのかね」


「冒険者の方にも分かりやすく言いますと、素材としての値段の10倍あるいは それ以上になります。ただし、これは商人同士の取引値段なので 彼らに売る場合は 彼らの利益も考えて もっと安くなりますね」


冒険者達は シシルニアが語る経済の流れを 何処か別の世界の話のように聞いていた。彼らにとっての経済とは 実にシンプルなものだからだ。

自らの体と命を懸けて仕事をこなし 報酬を得る。それ以上でも それ以下でもない。


結果として、通常の素材価格の5倍で 欲しいと名乗りを上げた商人達に売られる事となった。冒険者にとっては護衛依頼の賃金よりずっと高い臨時収入となり、騎士達にとっても思い掛けないボーナスとなった。

買い取った商人も、これから向かう王都では 間違いなく高く売れる品物であり、予定外の仕入れが出来てホクホクである。今で言うところの Win.Winな状態だ。


騒ぎの原因を作り出した張本人のハルカは、ゴタゴタした時点で面倒になり 馬車でゴロゴロしていて話には参加していない。


「ハルカー、ふへへっ。ハールカー」 はむ はむ


今日もシェアラが甘えてきた。まるでネコだ。

ネコのノロは高い場所で丸くなって寝ている。

シェアラは ハルカの首や肩や腕など、噛みやすい場所をアマ噛みしてくる。

くすぐったい。

たまに シェアラのケモミミが顔にふれて 気持ち良くて くすぐったくなる。

日本のエンタメに慣らされて 違和感が全く無いが、現実に目の前にいると不思議な気持ちになる。


頭に触れながらケモミミを撫でてみる。・・気持ち良い。

同じ生き物なのに、人間だけ持って無いモフモフである。

無意識に 憧れでもあるのだろうか・・。


そう言えば、人が他の動物を可愛いと思う感情も とても不思議な気がする。

敵として見るでもなく、食べるための獲物として見るのでも無い。

全く違う他の種族なのに 愛しいと思うのは不思議な事だ。

動物の方も同じように友として懐く、不思議な事だ。


そんな事を考えていた為、シェアラの耳をずっと撫で回してしまった。


「ん、あんん・・んっ、ハルカ・・すき・・」


潤んだ目をして 声が甘くなっている。

ひょっとして、子供なのに感じているのか?。

ケモミミって 感じるものなのだろうか・・。

パターン的にこんな時は シッポも感じるのだが。


「ああーんんっっ・・、ハルカぁ、何か変だよぉ」


シッポを掴んだ途端、シェアラがもの凄い勢いで絡み付いてきた。

顔じゅう舐められ、体を擦り付けてくる。

そして 急に静かになり、スヤスヤと眠りだしてしまった。


「ハルカ・・・何してんの?」


氷のように冷たさを感じる シシルニアの声がする。


「ん・・耳とシッポが気持ちよくて・・」


「もぅ、バカね。ケモミミ達の耳とシッポは恋人以外に触らせないのよ。常識なの。こんな事して、シェアラが発情しても知らないからね」


「う、・・知らなかった」


「ふふっ、男女の事は知っててもこの世界の事はダメダメね」


彼女は ハルカのとなりに横になるとキスをしてくる。


「本当は、羨ましいんだぞ。その・・甘えさせてよね」


今度はハルカの方からキスをする。

クスクス笑うだけのジャレあい。お互いに知識が有り弁えている。


「そうだわ。領主様がハルカを呼んでいたのよ。直ぐに行ってちょうだい」


「?。・・ん、分かった」


ハルカが馬車から出ると オラテリス王子が呆然と立ち尽くしていた。

何やら とっても青い顔をしている。



「ハルカ嬢・・君は そういう趣味の人なのか?」


「?。何の事」


「同じ馬車の少女たちが・・好きなのですか?」


「シェアラたちの事?。・・勿論 大好きだよ」


話をしている暇が無いハルカは そのまま領主の元に向かう。



馬車の中の悩ましい声が聞こえていたのだろう。

可愛そうな誤解をした少年が 心の涙を流す。

ただし、まだ 一番大きく根本的な誤解は解けていない。

ハルカは男の子なのだよ。



馬車の中でハルカは領主と向き合っていた。

他に執事のセバス、そしてもう一人 魔術師の女性が居るだけだ。


「・・筆頭魔導師?」


「うむ、ハルカ君を 我が家の筆頭魔導師としたい」


「御館様。その言い方では誤解されてしまいますわよ」


「何か変かな・・私が言うと誤解されるのか?」


領主は狼狽えた・・ハルカを相手に誤解されるのは危険なのだ。

気を利かせた執事のセバスは女性に目配せをして発言を促してくれた。出来る男だ。


「では、私から話しますわ。ハルカさん、私はフェルムスティアの筆頭魔術師をしています、ハラレルと申します。宜しくね♡」


ハラレルと名乗る女性は 肩書を言われなくては魔術を使うようには見えない 優しくおっとりした人だ。

逆に言えば 「この人なら魔術を使っても安心だ」と思わせる人物である。


「今回の毛皮の事でもそうだけど、ハルカさんの魔法は商人や冒険者は勿論、王様も欲しがる素晴らしいものだわ。だから このまま単なる冒険者を名乗ってると バカな人が必ず勧誘してくるのよ。ただの勧誘なら良いけど、あなたの大切な人たちにも被害が出る可能性が有るわ」


「むぅ、そうだね。でも・・気楽が良い・・」


「心配しなくても分かってるわ。私たちもハルカさんが嫌がる事はしたくないのよ。だから、対外的に 名前だけフェルムスティアの筆頭魔導師を名乗って欲しいの」


「左様です。ハルカ様。王都に行けば 更なる多く者が 貴方様を欲しがるでしょう。名前だけでも領地所属と決まっていれば、手を出す者は居なくなります」


「理由は分かったけど・・良いの?そんな事して」


「勿論だとも。むしろ こんな事位しか出来ない。君のしてくれた事に比べれば 微々たる助けでしか無いが、良ければ 君達を守る為に名前だけでも使ってくれたまえ」


「ん・・。この話、お受けします。・・ありがとう」


ハルカの気持ちを配慮した ありがたい褒章であった。


ハルカが稀代の魔法使いでありながら 歴史書に名前が出ないのは、偽装された地位を名乗っていた事も理由の一つである。

多大な功績が在りながら一つとして公文書に残らなかったのは、他家に所属する魔法使いの功績を 書き記す事を良しとしない貴族が多かった事を意味している。


所詮は人間の成す事でしかない。〔魔族国図書館所蔵。人間界要警戒者より抜粋〕



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