63、とりあえず、食べよう
牛の騒ぎ以後は 何事も無く進み、最初の野営地にたどり着いた。
ちょうど馬車で一日移動した場所に 沢山の馬車が置けるだけ広場が作られている。
しかしながら、今回はさすがに全ての馬車が入れない。
溢れた馬車は草原に乗り入れ、護衛の者達が草を刈って 野営地に使える場所を確保していた。
ハルカは 馬車の屋根に魔道具(魔よけ虫除け)の杖を立ててから、コルベルト達と野営の準備と 夕食の準備を始める事にした。
他の冒険者達も それぞれのパーティに別れて 焚き火を囲み準備をしている。
そんな中、騎士達は忙しそうに走り回り 物々しい雰囲気になっている。
領主の従者らしい者達が 騎士からの報告を受けて険しい顔をしていた。
「食材が無くては、我々 料理人は手も足も出ません。何とか手に入りませんか?」
「全ての商人達に聞いて回っていますが、彼らも売り時ですので なるべく高値になる商品を運んでいます。自分達の食料ですらギリギリに抑えて 他の荷物を運んでいるようでして、交易用の食料を運んでいる馬車は無いかも知れません」
「困りましたね・・せめて 領主様の食材だけでも何とかしないと・・」
彼は 領主お抱えの料理長である。
長い旅の間も 領主に出来るだけ美味しい食事を提供するべく、色々な食材も準備されていた。しかし、積み込んだ馬車が襲撃され 食材が全て使えなくなった為、彼は窮地に立たされている。例え 自分達の責任では無いとしても 雇い主に食事を提供できないなど 有ってはならない事である。
そんな彼が 縋るように周りを見渡していると、一つのパーティらしきグループが 見慣れない事をしていた。
大きな焚き火を二つも用意し、その上にテーブルのように石の板を渡している。
あれでは 上に鍋を乗せたとしても熱が上手く伝わらず非常に効率が悪いだろう。
実は石板をあらかじめ魔法で加熱しているのでそんな心配は無用なのだが、普通はそんな事に魔力を使わないので常識的な者ほど異様な光景に見えるのだった。
あり得ない、そのはずなのに石板に乗せられた食材は音を立てて焼かれていく。
料理の専門家である料理長の関心を引くのは当然である。
こんな 料理人としての好奇心が彼を助ける事となる。
「ハルカ。こっちの野菜 切り終わったよ」
「じゃあ、次は肉を切ろう・・。これだけ有れば、間に合うかな」
「「「「「おおおーっ」」」」」
出てきた肉の大きさに 思わず歓声が湧き上がる。
今 取り出したのは 日本ではステーキに使われるサーロインのブロック肉だ。
50センチ四方も有る 大きな肉なのだが、これでも ほんの一部分でしかない。
巨大な牛の肉を一匹丸ごと出す場所など無いので ストレージ内で分割しておいたものだ。
先に脂身の所を切り出し、石の上で焼いて油を馴染ませていく。
その後は 好きな厚さに切り取った肉を、熱くなった石版の上で焼いていく。
ここまで来れば、後はそれぞれのセルフサービスで済む。
ただ一つ残念なのは、味付けが「塩のみ」である事だろう。
こちらの調味料も色々と用意したのだが、誰も使いこなせなかったのだ。
女性とは言え、一人は冒険者、後の2人は子供なので無理も無い。
「ふあっ、美味しそうな匂いね。ハルカ、来たよ」
「フレネット、フィルファナも良く来たね。ちょうど良かったよ・・好きなだけ焼いて食べて」
「有難う御座います、ハルカさん。お嬢様の分は私がお作りしますので お申し付けください」
二つの大きな石版の上で肉や野菜がジュウジュウと焼けて、あたりに美味しそうな匂いを撒き散らしていく。大皿にパンが盛られ 欲しいだけ食べられる。
屋台で仕入れたスープが大鍋ごと置かれ、自分でカップに食べたいだけ入れる事ができた。およそ、旅の食事風景とは思えない光景が広がっていく。
《旅の食事は自分持ち》 とは言え、近くでこんな様子を見せられ、匂いまで嗅がされた者達は たまらないだろう。
まして、未だに食事の準備にさえ入れない騎士達は、離れた場所から 呆然として見ているばかりだった。
「失礼致します。こちらの集まりのリーダーは、どなた様でしょうか?」
料理長は異様な光景に圧倒されながらも、使命感から声を掛ける事にした。
今から こんな食べ方をする位なのだ、必ず余分に食料を持っていると 藁にも縋る思いである。
「何かな?。パーティのリーダーは俺だが、・・もし 食べたいなら 食事のリーダーはハルカだから、そっちに許可を貰ってくれ」
「えっ、その方はどちらに・・」
「えっと・・。おーい、ハルカちゃん。ちょっとこっちに来てくれ」
食事のリーダーが居る・・もしや、同じ料理人なのでは、と不安がつのる。
もし そうであれば、恥をかいてでも食材を融通してもらう覚悟がいるだろう。
「むぁにぃ・・フォルベルホ」
現れたのは、肉をほお張って 皿を抱えた子供だった。
そして、幸いにも料理長はハルカに見覚えがあった。
「おおっ。貴方は以前、魚の切り身をお持ちくださった方ではないですか。
その節は 有難う御座いました」
あの時、全ての料理人は魚の切り身に夢中になり、ハルカに礼を述べていなかった事を後悔した。
料理長は目的も忘れて その時の感謝を伝えていた。
「ん・・どなた?」
「これは失礼いたしました。私は領主様の所で料理長を務めていますプラハンと申します。突然で申し訳ないのですが 食材を多くお持ちでしたら譲っていただけませんか?。領主様ご家族が食べる分だけでもお願い致します」
「食材?。・・たべものが欲しいの?」
「その通りなんだよ。ハルカ君」
「!、御館様。何故 ここに・・」
料理長が振り向くと そこには領主とその家族、さらには 執事や魔術師などの従者まで揃っていた。
「何故と言われてもな。こんな美味しそうな匂いがしていては 来たくもなる」
「申し訳ありません。私が至らぬばかりに・・」
「プラハンの責任では無い。気に病むな。後の交渉は私の役目だ、良くがんばってくれた」
感動的な会話だが、ハルカは早く用件を済ませて食事に戻りたい。
「話は後にして、とりあえず ・・一緒に食べよう」
「それなんだが、護衛の騎士達にも食事を与えたい・・が、さすがにここでは場所が狭いな」
「それでしたら、肉はそれぞれの焚き火で 自分達が焼けば問題ないかと愚考いたします。あとは、パンとスープが有れば満足出来るでしょう」
「セバスは そう言うが、彼らが満足するだけの肉となると かなりの量だぞ」
「肉で良いなら沢山ある・・何処に出せば良いの」
おおーーっ
離れて様子を伺っていた騎士達は 思わず喜びの声をあげた。
彼らの食事は 騎士達が遠慮なく食べれるように 少し離して置かれる事になった。
ハルカは 以前魚を取りに行ったとき手に入れた巨大な葉を敷いて、その上にドカドカと肉の塊を取り出していく。
肉のとなりには これまた大鍋に入った熱々のスープ。そして、山盛りのパンが置かれ、食べたいだけ自由に持っていける形にした。
それを見て活力を得た騎士達は 凄い速さで焚き火を起こし、それぞれで大きく切った牛肉を焼きながら スープとパンに有り付いていた。
彼らの一日の苦労は これで報われたのだった。
焚き火を二つ用意していて正解だった。
ハルカは何ら気にしないが 他の仲間たちは領主が恐れ多く、自然と二つのグループに分かれて食べる事になる。
「ハルカ、美味しいよ。こうして食べるのも良いね」
「そうですね。帰りましたら たまに館の中庭で食べるようにしましょうか」
「?。・・だれ」
「はじめまして、ハルカちゃん。私はララの母親でルーメニアといいますの。
宜しくね」
ルーメニアを見たハルカは、(良い女だ)というオヤジくさい感想を抱いた。
いまだに若々しく 尚且つ母親らしい女性の優しさを感じさせる彼女は、ハルカにとって女性としての理想像に近かった。
食べるのも忘れ、言葉も無くルーメニアに見蕩れているハルカには 様々な思いの視線が注がれている。
そんなハルカの ささやかな幸せを乱す者がいた。
「失礼。僕達も仲間に入れてくれるかな?」
「なっ!、なぜ、貴方がここに御出でなのですか。オラテリス殿下」
「お久しぶりです。フランベルト殿。実は数日前からフェルムスティアに滞在していてね。本日も ここまで同行させてもらっていたのですよ」
「公爵様、突然乱入する御無礼 お許しください」
当然のように入り込んで来たのは 王子。従者の騎士は恐縮して小さくなっていた。
主だった者が揃い歓談している・・身分を明かして 名乗りを上げるには良いタイミングといえる。
「やれやれ・・王都では今頃大騒ぎでしょうに。とは言え この場の主催は私では無いのでね。許可なら そちらのハルカ君にもらいたまえ」
「そうでしたね。改めましてお嬢さん、自分はクラックス合衆国 第一王子オラテリス・トロム・クラックス。ボクもこの食事会に参加させてもらえますか?」
「やだ。・・・あっち行け」
場が凍りついた。
気が付けば、書いてきた中で一番長い話になっていました。
これからも まったり続くと思います。
読んで下さる皆さん、来てくれてありがとうーーー。