57、イロイロとね
ハルカから家の話を聞いたフェレットは 全力で脳内検索を働かせていた。
しかし、さすがに優秀な彼も 商業ギルドの管轄までは詳しくなかった。
領主に相談すれば 大喜びで家を用意しそうなのだが、 ハルカの性格からすると そのような得体の知れない贈り物では返って落ち着かないだろう。
「良ければ ずっと我が家に居ていただいても構いませんよ。
ララムも喜びますし そちらのシェアラさんも喜ばれるのではありませんか?」
「わっ、ハルカ一緒にいられるの。うれしい」
「それは 無理。
秘密が沢山有って、・・この家には入らない。だから どうしても家が欲しい」
子供をダシに 手元で管理でもされそうだ。
そんな事に成ったら、オオカミの巣の前にブタ小屋を作るようなものだ。
常に狙われて 落ち着くどころではない。
そもそも 秘密の件も別に作り話ではない。
ハルカが家を持ちたい理由の一つが、地球産の品物が使いやすいからだ。
ふとんを例に上げてみよう 今はいちいち宿で取り出し、使った後は また収納するという面倒な事をしている。寝たい時にすぐゴロゴロしたいハルカにとっては、真に不本意な状態と言えるだろう。
「ハルカさんの秘密ですか・・それは 私も大いに興味がありますね。
しかし、そういう事なら無理は言えません。ララムも諦めてください」
「えーっ、ハルカと遊びたいよぉ」
「都の中だし、また会える。・・今度 門の外で遊ぼう」
「それ良いね。外はキレイだし 気持ちいいよ」
「ほんと。約束だよ、きっとだよ」
「約束した。・・ララムは偉いから、これをあげよう」
都に帰って 子供たちと接して ハルカは気が緩んでいた。
サラスティアでの苦い教訓がムダになってしまった。
「なに これ?。キレイ」
「えっ、ハルカ。それ、日本のアメなの?。何で・・はいいや。私にもちょうだい」
「あら、キレイね。いいわねー ララムちゃん」
「ニホン?とは、何の事です」
ハルカが迂闊に取り出したのは パチンコの景品で手に入れていたカ○ロ飴だった。
シシルニアは前世の品に異様な反応を見せた。
ララムの母親ララリアさんまでも欲しそうにしている。
さらには 精霊のピアも顕現してキラキラ目で見てくる。
こうなっては歯止めが利かず、全員に一つずつ渡す破目になった。
「ネコだけ差別するのは反対にゃ」
ついにはノロまでガリガリと齧りながら食べていた。良いのかな?
「お、おいひい・・生きてて良かった」
「本当に美味しいわね、ララムちゃん」
「ん」
などと サラスティアから買って来たお土産の品より 遥かに嬉しそうな表情だ。
「確かに美味しいですが、それよりも 包んであった この透明な物は何ですか?。
もの凄く薄いのに簡単には破れません。しかも、これは文字ですよね・・どうやって描かれているのでしょう。色むらも無く 整然と配置されています。何と言う素晴らしい技術だ」
フェレットは アメを包んでいた・・ビニール?ナイロン?どっちか分からないが、いわゆる包み紙に使われていた素材に注目。
恐ろしい速さで 使われている技術の水準を推し量っていた。
「先ほど聞いたニホン とは国の名前でしょうか。宜しければ 教えて頂けませんか?お嬢さん」
「あ、うん。・・国の名前だと思う。
もの凄く遠い国らしくて、商人の中でも 聞いた事無い人が殆どなんだ。
お菓子が凄くてね、キラキラして見えるのが特徴らしいのよ」 あせっ
「なるほど・・それで これを見てニホンだと思った訳ですね。
で・・何故ハルカさんは これを持っているのですか?」
「ひみつ」
ハルカはバッサリ切った。
口では到底勝てないし、知らない内に誘導されて 情報を漏らしてしまうだろう。
こんな時は 相手をしないのが最善なのだ。
ちなみに、日本で警察に逮捕された時、黙秘権という何も言わない権利が与えられている。尋問に耐えて それを貫けるかは難しいのだが・・・・、何故そんな変な権利があるかと言うと 理由の一つが 容疑者が一言でも言葉を話すと警察の調書担当が言って無いのにウソを書き連ねるからだ。そして それが証拠として成り立つ。
これは、参考人として答えた時も同じ事で、「あいうえお」と答えたのに警察の都合の良いように「かきくけこ」と書き変えて平気で復唱をはじめる。
言った事と違う、と言っても取り合ってはくれない。国家権力は恐ろしいのだよ。
ハルカは日本で色々と被害に有ったので、この参考人の取調べ?を何度か受けていて、対応の仕方を知っていた。
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領主の息子シーナレストは、この日 初めて間近で精霊樹を見上げていた。
自分の迂闊な行動により 何度も命の危険に晒された事で、暫くは邸から出る事が許されず、自らも力不足を痛感していたため 徹底的に訓練がなされていた。
何より、ハルカに対する初恋が悲惨な結果となったショックで、外出したく無かったというのもある。
ただし 彼も王都での 王子成人の式典には出席しなくてはならず、引き篭もってばかりも居られない。広場を視察するという名目で 何とか重い腰を上げたのだった。
「おい、そこの君。ちと 尋ねたいのだが、先ほどこの辺に 何かが空を飛んだ来なかったか?」
「そんな乱暴な聞き方では失礼ですよ。テリス様」
「何処がだ?」
「テリス?だと」
「「!」」
「おっ、オラテリス様、何故 貴方が今頃 こんな所に」
「うあーーーっっっ。しーっしーっ。静かに」
とても 人にものを尋ねる態度ではない 横柄な聞き方を不快に思い、振り返ったシーナレストは驚愕した。
其処には、これから向かう王都で 成人の儀を迎えるであろう オラテリス第一王子が居たからだ。
本当なら今頃は、多大な準備の為に 王都から出られるはずなど無いのである。
「お、お前こそ 何でここに居るのだ」
「ボクは ここの領主の跡継ぎですから 工事現場の視察くらいしますよ。
で、何でいらっしゃるのですか?」
「むぅ・・。棺おけに片足突っ込む前に 外の世界が見たかったからだ。成人の儀が終われば、いよいよ本格的に世継ぎとしての仕事を覚えなくてはならん。まして、ギャーギャーうるさい 金と権力が目当てな女達の相手をさせられて、あげくには
子供を作れとか言われるんだぞ」
「レスト様・・」
「ああ・・ですよね。それなら 自分も少しは分かります」
「おおっ、さすがだな。分かってくれるか。ならせめて一日で良い、見なかった事にしてくれ」
「それは 出来ません」 キッパリ
「おい・・」
「その代わり、ボクの友人としてフェルムスティアの街中を一緒に散策しましょう。我々も 明後日には王都に向けて旅立つ事となります。その時に一緒に帰る、という条件付きですが、いかがです?」
シーナレストは同じような立場である王子の言う事は充分に理解できた。
しかし、同じように羽目を外して 自分は死に掛けたのだ。
気持ちが分かるからこそ 誰かが付いていなくては危ない。
「・・おまえ、以前 会ってからそれほど経ってないのに変ったな。
何かあっただろう」
「そうですね・・有りましたよ、イロイロとね」
王子の問い詰めを流し シーナレストは 黄昏た目で精霊樹を見上げていた。
さすがに今は 詳しい話は言いたくないのだった。
そして、ハルカは・・
「オッチャン、オバチャン、みんなも久しぶり」
「おぅ、ハルちゃん。よく来たな。また食べていきなよ」
「みんな・・助けて」
一緒に居るシェアラもシシルニアも ハルカの行動が理解出来なかった。
フェレットの家を後にすると、家探しではなく 広場の屋台に駆けつけたのだ。
ハルカ自身 ハッキリとした理由など無い。意味も無く食べ物が沢山欲しいのだ。
ちなみにハルカは危機感知能力など持っていない。
あえて言うならハルカの人生で鍛えられてきた魔法使いのカンであろう。
「どうしたんだい?ハルカちゃん。助けてって何なの」
「今有る材料 全部使って・・沢山料理を作って欲しい。全部買うよ・・何か知らないけど必要なんだ」
「よっしゃ、分かったぜ。ハルちゃん。おい、皆も良いな、今日は店じまいだ。全力でハルちゃんの為に料理を作ろうぜ!」
おおーーっ。
この日、町の広場は異様な雰囲気になった。
屋台の全てが貸しきられ、作られた料理は次々と消えていく。
一つの屋台が作った料理の数は、実に300人前以上になるだろう。
ハルカはその全てを買い取っていたが、まだ満足していないようだ。
無理を聞いてくれたお礼に 一匹丸ごとのウサギ肉を 各屋台にプレゼントした事で、ちょっとした語り草にもなった。
はた迷惑で異様な行動にハルカの理解者である面々もさすがに困惑している。
のちに、ハルカの奇行がムダでなかった事を 仲間たちは知る事となる。