56、おもしれぇ
精霊樹よ、私は帰ってきた。
ネタを知ってそうなシシルニアが居るので 心の中で叫ぶ。
ほんの二日見ていないだけで 妙に懐かしく感じてしまう。
「ちょ、ハルカぁぁ、早いってば。恐いよぅ」
「あ、わるい。早く帰りたくて・・つい」
精霊樹は確かに見えてきた。
しかし、巨木であるため見えているが 遠くの山を見ているようなものでシルエットが見えるだけだ。フェルムスティアの都に辿り着くには まだまだ距離が有る。
しかし 逸る気持ちは抑えきれず、知らず知らずに加速していた。もしも ハルカ一人で乗っていたら 音速を超える程のスピードが出ていたかも知れない。
その頃 フェルムスティアの領主館には 都の名士達が集まり 苦労して納品に間に合わせた槍200本の完成報告がなされていた。
「此度は本当に苦労をかけた。品物が間に合った事、感謝する」
「こちらが出来上がった槍でございます。正直なところ、献上などせずに この都で使って欲しいくらい最高の品物に仕上がってございます」
「見た目も美しいな。それに武器とは思えぬほど軽い」
「それでいて 市販の槍など比較にならないほど、しなやかで丈夫に出来ています。柄も木材ではありますが、並みの剣など軽く受け止めるでしょう」
何時もは口数が少ない職人達も喜びからか 饒舌に槍の素晴らしさを語っていた。
材料が揃った後、まさに寝食を忘れて製作に没頭していた彼らだった。
ただ それを 職人が苦にしていたかと言うと そうでもない。
滅多に出会えない材料を存分に使って 献上するための最高の作品を作り出す。
彼らはやり甲斐の有る仕事に出会えて職人冥利につきていた。
「ところで 柄にこの色が塗られているのは何故かね。
苦労して急いでいたのだ、あえて手間を掛けたのなら意味が有るのだろう」
「はい。実は 精霊樹の枝には多くの魔力が含まれていて 虫の魔物が好物としています。それと分かる匂いを消さないと奴らが寄り付きやすく危険なんでさ。こいつは 匂いを消すための塗料が塗られておりやす」
「なるほど・・。
予想以上に手間の掛かった凄い品物だ。これなら先方も喜ばれる事だろう」
「商人の立場から言わせてもらいますと、今後 この品をこの数そろえるのは不可能でございます。それゆえ輸送には細心の注意が必要かと・・」
「フェレット君、護衛を20名ほど揃えてくれるかね。こちらも騎士を付けるが、専門家の立場からも最高の護衛を頼みたい」
「最高の・・ですか。分かりました」
2人だけが理解する阿吽のやり取りがなされていた。
品物の護衛ばかりでなく、式典に出席するために領主の家族も同行するのだ。
護衛たちは神経が磨り減る事だろう。
この機会を利用して王都に商隊を派遣する商人も多く、それぞれが護衛を雇うため 大規模な馬車の隊列となる。
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「フェルムスティアに来るのは 本当に久しぶりだな。
ところでアレは何だ、以前は あのような木は無かったはずだが・・」
「オラテリス様、一泊したら直ぐに戻りますからね。
今頃 宰相閣下の髪の毛は心労で抜け落ちているかも知れませんよ」
馬に乗る2人の少年が 街道を迂回してフェルムスティアに向かっていた。
何故 街道から外れたのか?。追っ手に見つかれば連れ戻されてしまうからだ。
「ジン、その名で呼ぶな。せっかくのお忍びがダメになるじゃねぇか。
言葉遣いも変えろ。第一、なんで俺が宰相の髪の毛を気にしなきゃならない。
あいつは そんな物無くたって、頭さえ付いてて仕事が出来れば良いんだ」
「その言葉、絶対に本人の前で言わないで下さいね。テリス様」
「そんな事より、お客様らしいぜ」
まだ少し距離は有るが、馬よりも ふた周りは大きいオオカミが5匹走って来る。
たとえ今から逃げたとしても徐々に追いつかれ 馬が疲れ果てた頃には囲まれているだろう。
まだ距離が有るにも関わらず、少年は魔法を発動しようとする。
素材が目的ではないので対象が焼けても問題無く 一般的なファイヤーボールを使うようだ。となりのジンと呼ばれていた少年も 風系統の魔法を唱えだしていた。
普段 遭遇する魔物ならそのクラスの魔法でも十分に通用する。
2人だけで旅をしてきたのは伊達ではない。
「撃てっ」
2人は同時にオオカミ目掛けて魔法を放つ。
「あ?、・・なに!」
しかし、彼らの魔法は当たる事が出来なかった。
オオカミたちは魔法が届く前に ポポポホンと上空に打ち上げられていたのだ。
彼らに呆けて見ている時間は無かった。
木に触れない程度の高さで、何かが急速に近づいて来る。
羽音も無く、風を切る音すら無い。
「まさか、魔物か?」
少年たちは 今度こそ本気で警戒し 身構えるも、怪しい飛行物体は あっさりと彼らの前を高速で通過し フェルムスティアに向かって行った。
「「・・・・」」
まさに唖然として見送る二人。再起動するまでしばしの時間が必要だった。
「今のは、いったい・・」
「おもしれぇ。城から抜け出して来ただけの価値は有ったぜ」
「いえっ、そんなものは有りません。忘れて下さい」
「執事みたいな事 言うな。ほれっ、行くぞ。急げ」
「あーあ、もぅ」
今の出来事が オラテリスの好奇心を刺激してしまったのは明らかだ。
ジンと呼ばれていた少年は 連れ帰る事の困難さを思い 心の中で深いため息をつく。
ハルカ達がフェルムスティアの上空に近づくと 精霊樹の周りが騒がしい。
降り立ってみて分かった。
沢山の職人が広範囲に木材の壁を作り、安全圏に有る木を伐採していた。精霊樹を取り囲む低い柵も作られている。都の外で人々が過ごせる様に準備しているようだ。完成すれば 都の隣に精霊樹を中心とした直径が約400メートルの安全な広場が出来上がる事となる。
それは良いのだが、これでは精霊樹の近くに家を作る事が出来なくなってしまった。
木もハルカ自身も望んでいたのでショックは大きい。
フェレットに安全な場所である事を教えたのは失敗だったと言える。
だが どのみちハルカが家を作れば 遠からずギルドマスターには知られる事なのだ。
ハルカの拠点計画はふりだしに戻ってしまった。
気を取り直して門を抜けると懐かしい雰囲気が広がる。
すでにこの都はハルカにとって この世界の故郷のようになっていた。
とりあえず、無事に帰ったことをシェアラに知らせなくてはならない。
杖を持ちやすい青の杖に変えて、足早にフェレットの家に急ぐ。
「「ハルカ」」
家を訪ねると、早速 シェアラとララムのロリコンビが駆け寄ってくる。フェレットの妻である ララリアさんもニコニコと迎えてくれた。どうやら心配したような事は何も無かったようだ。
ハルカはお土産として サラスティアの食材や、屋台の食べ物などをはじめ、マラガ姫やレレスィに付き合って買わされたアクセサリーなどをプレゼントして喜ばれた。
「ハルカさん、お帰りでしたか。良かった・・何とか間に合いました」
楽しく土産話をしていると冒険者ギルドマスターのフェレットが駆け込んできた。
一応、無事を喜んでくれているように聞こえるが、どうみても他の事で喜んでいるように見える。
帰る早々 不吉な雰囲気にげんなりするハルカだ。
「これから皆で家を探しに行く・・仕事の話は無し」
「ほぅ。家ですか。・・・・良かった。この都に落ち着いてくれるのですね」
そう言われれば、家を持つことは落ち着く事を意味する。
日本で頻繁に住み替えをしていたハルカにとっては、家によって束縛されるなど有り得ない事なので忘れていた。しかし、だからと言って別に違和感は感じない。
都に精霊樹が有り ピアも自分も木の側で安らげるのは間違い無いのだから。
精霊樹の存在する この都に落ち着くことは決定事項として 今後の身の振り方は考えなくてはならないようだ。
「精霊樹がここに有るなら、この都からは離れない」
ハルカの言葉を聞いたフェレットは ポーカーフェイスを崩すのを必死で抑えていた。彼はガラにも無く、喜びで踊りだしたい心境だった。