51、交渉人
「ただいま。父さん」
シシルニアは 宿泊している宿に帰ってきた。
そこには 商隊のメンバーが力なくうな垂れている。
どうやら 万策尽きて諦めていたらしい。
帰れば失敗の責任を取らされて 悲惨な未来が待っているのだ。
「シシル、何処に行っていた。皆が走り回っていたのだぞ」
「怒らないで、お客さんを連れてきたのよ」
「客 だと?」
「どうぞ、こちらでございます」
「!」
シシルニアは なかなか芝居が上手だ。
彼女が声をかけると 一人の小さな令嬢が姿を見せた。
無論、ハルカである。
一目で分かるほどの上等なドレスを身に纏い、手には宝物と分かる杖を持っている。
部屋はその一瞬で緊張感に包まれる。
商人たちは 目の前の少女が只者では無いと感じ、襟を正していた。
見た目によるハッタリは功を奏したらしい。
「はじめまして、皆様。訳あって名は明かせませんが、サラスティアから来た とだけ申しておきます。シシルニアさんから話は聞きました。こちらで木材を売りたいとの事ですが 間違いありませんか?」
ハルカは言葉が不自然に成らないように 身体強化の魔法を使っている。
さらに、負担軽減の魔法まで重ね掛けして時間を延長させていた。
後でアゴが筋肉痛になるのは必至だろう。
「確かに、木材を売りたいと思っている。しかし、かなりの量だ。失礼だが・・それが必要な人には見えない。本当に買うおつもりなのですか?」
「致し方ありませんね、少しだけ事情をお話します。この事はあまり知られたくないので ここだけの話と思ってください。・・今、サラスティアでは 新しく大きな町が作られています。ですが、知っての通り 戦の後でもあり 資材が不足しています。
森を伐採するほどの人手も資金も有りません。ですので すでに売り出されている資材を買い付けに参りましたの」
「凄い情報です。確かに他言できませんな。それで どのような値段で木材をお求めですか」
「そうですね・・この町の相場ではいかがですか」
「ははは。この町の相場は安すぎなのです。一般的な相場で と言いたいのですが、こちらも用意するのに苦労しました。一般相場の一割り増しでなら お譲り致しますよ」
自分達の窮地を考えれば 相場でも願ったりなのだが そこは商人。そんな気配はカケラも見せずに有利に交渉しようとしていた。
「・・それは高いですね。では、皆さんが抱えていると言う 槍も定価で引き取る、という事で 木材も定価にしていただけませんか」
「うーん・・定価ですか。それだと我々にメリットが無いですね。もう少し 何とかなりませんか」
シシルの父親は中々胆の据わった商人みたいだ。同じ商人でも 周りで聞いている他の人は ハラハラして交渉を聞いていた。
おそらく 最後のチャンスとも言うべき取引で ギリギリのやり取りをしている。
「分かりました。そちらにもメリットが有れば宜しいのですね。では、これを見ていただけますか」
「!、これは・・毛皮ですな。しかし・・何と言う質の良い。切り傷が全く無い、これはいったい・・」
「ふふっ。やはり分かりますか。サラスティア王室に収めるよう作られた品ですの。30枚ほど所持しております。そちらが木材を定価にしていただけるなら、私もこの毛皮を通常の相場でお売り致しますわ。ここフェルムスティアでは少し高価な程度に留まりますが、王都まで持っていけば 相応の値段に跳ね上がるでしょう」
「なるほど・・あなたは若いのに 素晴らしい見識をお持ちですね。分かりました、こちらも定価で卸しましょう。毛皮の事 是非とも宜しくお願いいたします」
事前にシシルニアから父親の情報を知らされて無ければ 不利な取引にしかならなかっただろう。有利な立場だから話し合いに余裕も持てた。商人の勝負とは厳しい駆け引きなのである。
乱暴な言い方をすれば、ハルカは相手の要求を全て飲んで 高く買っても問題ないほど財力がある。
では、なぜ わざわざ緊迫した交渉までして僅かな金額を節約したのか。
それこそが取引を不自然に見せないただ一つの方法だからだ。
相手の商人達のプライドを守る為、と言うべきだろうか。
言い値で買う場合、それは実質的に言えば『窮地に立たされ、子供に哀れみを受けて買ってもらった』と同じ事になる。そして後にプロである彼らがその事を知る可能性は低く無い。
その時点で商人としてのプライドはズタズタ。
金銭的には助かっても 商人としては死んでしまう。
その事をシシルに聞かされなければ、ハルカは取り返しの付かない失敗をしていただろう。
「ありがとう、・・シシルのお陰で交渉できた」
「何言ってるのよ、お礼を言うのはこちらだわ。それにしても驚いたわ、ハルカって 凄いお金持ちだし 交渉が上手よね。日本でも商人だったの?」
「いや・・都合の良い条件が揃っていたし、何より情報がもらえたから出来ただけ」
プータローだった。とは言えないハルカである。
ララレィリアから借りてきたドレスから 冒険用?の服に着替える。
必要とされる以上 急いで木材を運ぶことにしたのだ。
商隊の馬車まで行き、大量の木材と槍 全てを魔法で収納する。
その場の全員が呆気にとられていた。
空いた馬車に今度は毛皮を取り出す。
中には希少な物も有ったらしいが、ハルカには些細な事である。
後はお互いに代金を交換して取引は終了した。
商人達は絶望から蘇り、空いた馬車に積み込む為の 都の特産品を買い付けに出かけていった。
「お父さん。私、この方と一緒にサラスティアを見て来たいの。
そして、そのまま世の中を見て回りたい。今度の事で 自分が狭い視野で世の中を見ていたのが分かったわ。お願い、行かせて」
「そうか・・。
シシルニア、良い人に巡り会えたな・・・行って来なさい。私もこれから修行のやり直しだ。それと、お嬢様、どのような御身分の方か存じませんが 娘を宜しくお願いします。貴方になら任せて安心です」
「シシルは・・優秀ですよ」
「今回の商いで一番の利益は 貴方と出会えた事ですな。また、機会が有りましたらお付き合い下さい」
「はい。・・では、シシルニアさん。行きましょう」
「おおっ、・・これは」
ハルカは杖に腰掛けるようにして浮き上がり、シシルニアに手を出して引き上げ 前に乗せた。
空を飛ぶ魔法使いなど 数える程しか存在しないはずである。
シシルの父親も見送りの商人たちも、ハルカが並みの魔法使いでは無い事を見せられて 色々と納得していた。
シシルニアが恐がらないように 程々の高さで飛んでいく。
フェルムスティアまで 歩いてたどり着いた道順を 思い出しながら帰って行く。
空の旅は快適で、あの時の苦労は何だったのかと ヘコまされるほどだ。
しばらく飛んで行くと前方の街道に馬車が見えてきた。
今朝 分かれたばかりのガルガンサたちの馬車だろう。
彼から頼まれたシェアラを 留守番させてしまったので合わせる顔が無い。
ハルカはそそくさと馬車から見えないコースを取り 迂回して追い越していった。
「シシル、大丈夫?。・・疲れないか」
「うん。凄い快適・・いいわね空が飛べるって」
早くも国境の山間部を抜けてしまった。
こんなに早く移動できるなら、時々はノロに里帰りさせても良いかもしれない。
「む、ハルカ。人の悲鳴が聞こえたにゃ。近くに何か有るぞ」
「また・・盗賊かなぁ。めんどくさい」
「あれだわ。あそこの広場。何か居るわよ」
近寄っていくと、確かに多くの動きが有る。
そこはオークの集落だった。
丁度、捕まった女性が運ばれて来たところらしく、盛んに悲鳴をあげて泣き叫んでいる。
「あ・・見つかっちゃったね」
「なに、のんきにしてるのよ。恐いよぅ」
オーク達は魔物のくせに生意気にも 矢を射掛けて来る。
守護の精霊が風で逸らせるので 当たる事は無いが、直ぐ近くを 風を切る矢の音が通り過ぎていくのは心臓に良くない。
「ピア、・・いいかな」
「なーに。ハルカ」
ハルカの背中にピアが抱きつく。
見知らぬ子供がいきなり現れたので シシルは声も無い。
「空飛んでるから手が離せない・・代わりに 下にいるブタをぶっとばしてくれる?」
「いいよー。ぶっとばすね」
ビギャーーッ
ピアは言葉通りオークたちをぶっ飛ばした。
それぞれ バネで打ち上げられたように空高く飛んでいく。
あの高さから落ちたら 魔物と言えど無事では済むまい。
僅かな時間で 下には騒ぐ魔物はいなくなった。
喚いていた女性は 呆然として座り込んでいる。
そのまま女性を置き去りにして 再び空を進んでいく。
何故 助けないのか、それは ここがかなりの山の中だからだ。
なぜ そんな場所に女性が居たのかは 彼女の装備を見れば分かる。
ハルカが何度も戦ってきた 山賊や盗賊のそれである。
後は自分で勝手に生き残るだろう。
これ以上乗せて飛べないのだ。考えるまでもない。
早くも山と森を抜けた。
空の旅は真っすぐだ。曲がりくねった街道の無駄な移動も山や谷の高低差も無い。
遠くには森が有るが その手前は荒野に近い 荒れた草原が広がっている。
のんびりと でかいウサギが草を食べているのが見える。
上から見るとデカイ兎も可愛い。
しかし、止せばいいのに 彼等はハルカ目掛けて飛び上がってくる。
即座に守護の精霊にノドを切り裂かれ、そのままハルカの魔法で回収された。
また 肉と毛皮が追加されていく。
「今 見ている光景は何?・・今日から 本当の異世界に来た気分だわ」
有り得ない出来事が続いた為、シシルは少しだけ 異世界の現実が分かって来たような気がした。