42、これ、あげるね
今日は 都の外に出てぶらぶらと湖の近くまで来ていた。
誰も見ていないのを確認して、昨日 亜空間倉庫から見つかった 曰く有りそうな物をピアに渡す。
「ピア。これ、あげるね」
「えっ?、・・・・・・・・・・・・・・精霊樹のタネ!!!!ええーっ!」
数万年のデーターを持つ精霊王でさえ 驚きで声を上げる衝撃のアイテムであった。
先日、死んだ精霊樹の巨木を丸ごと回収したときに、各パーツに分類され 図らずも手に入っていたらしい。
ハルカにとっては サッパリ分からない物であり、まして植物を育てるなどした事も無いので、何か知っていそうなピアに丸投げしたのである。植えるのに適した場所とか分かりそうだし、旨く使ってくれるだろう。
「いいの?。こう言ったら何だけど、人間の価値で言えば 国宝級とか言うレベルの物だよ」
「うん。たぶん・・人が育てたら 死なせてしまうと思う。ピアなら上手に育ててくれそうだし」
「ありがとう。ハルカ。それなら 遠慮無くもらうね。
・・・・・・・あー、オホン☆こは単なる品にあらず、ならば全ての精霊を代表し 汝に加護を与えよう」
「へ?」
ピアは急に大人びた雰囲気になると、ハルカに近寄り 口付けをしてきた。
勿論、カワイイ子供のフレンチキスである。
瞬間、周りの大自然全てが祝福しているかのような 暖かい気配が満ち溢れていく。
その後、ピアは一人でウロウロと近くを徘徊し、何かと話をしているようだった。
意味が分からないハルカは まぁいいか、と流す。
『王カラ加護ヲ戴ケタトハ、ヤハリ ハルカハ人間トハ思エヌナ』
「それ、褒め言葉?。・・まぁいいや、どういう事か教えてくれる?」
『フム、ソモソモハ 精霊ト人ガ出会うダケデモ稀ナノダ。コレガ我等ノヨウニ 友ニナル、アルイハ契約スルトナルト サラニ可能性ハ低クナッテクル』
冒険者ギルドマスターですら 精霊と人との契約は おとぎ話くらいしか知らないのだった。事実、公式に記録が残されるようになってから 実例は報告されていない。ハルカの周りでピアが姿を見せていても 一般の人々は「魔法使いだから 使い魔くらいは居るだろう」程度の認識しか思い浮かばないのが普通なのだ。
「そう?。なんか・・とっても自然に仲間だけど」
『トニカク ソウイウモノダト思ッテクレ』
「了解。で、カゴって何?」
『マァ、ソウ急クナ。契約スレバ同時ニ精霊ノ祝福ヲ受ケル。能力ガ多少上ガッタリ、魔法ガ上手クナッタリスル程度ダガ 普通ノ人間ニトッテハ大キナ価値ガ有ル。ダガ、一番ノ利点ハ契約シタ精霊カラ直接 力ヲ貸シテモラエル事ダ。サラニ精霊王ノ加護トモナルト 近クニイル全テノ精霊ガ無条件デ味方トナル。守ッタリ 手助ケヲシテクレル』
「ふーん。今とあまり変らない気がする」
身も蓋も無いハルカの一言に守護の精霊も困惑する。
『ソウ言ワレレバ、確カニソウデアル』
精霊は相槌を打って話を切り上げた。
ハルカは 権力や出世といった欲が殆ど・・・・いや、全く無い。
たとえ神や魔王が助けると言っても利用しようとは考えず、ふーんで済ますだろう。
自分が今の時点で 伝説となるような偉業を打ち立てているなど 食事のメニューよりも価値の無い話なのだった。
そんなハルカだからこそ、精霊達も抵抗なく安心して手を貸しているのだ。
「ハルカ、ハルカーーっ」
「・・なに」
「良い場所が見つかったって」
ピアは精霊樹の種を植える場所を探していたらしい。
当然、以前の巨木の有った場所かと思っていたが、場所は意外と近かった。
そこは 都や街道からは100メートルほど距離が有り、湖からは30メートルの近さに有る なだらかな傾斜の続く草地であった。
いわゆる 都から目と鼻の先、というわけだ。
ピアは喜々として 地面に魔法で小さな穴を開け、種を大切に植えていた。
すぐに 湖の精霊が魔法で水を振り掛けている。
まだ日中にも関わらず人間の前に姿を現すなど湖の精霊にとっては有り得ない行動だった。
『ハルカヨ、今日ハ沐浴セヌノカ?。主ガ水浴ビヲスルト 魔力ガ水ニ溶ケ込ンデ湖ガ生キ生キスルノジャ』
「ん・・気持ち良いから、今日はピクニックに来ただけ」
その言葉の通り、ハルカは種を植えた場所の近くに敷物を敷いた。
日当たりも景色も良く、草も短くて 丁度良い場所だ。
虫除けの杖を立て、食べ物やお菓子にジュースなどを取り出して 本格的にピクニックをする。
狭い宿でダラダラ、ゴロゴロするのと違い、うららかな日差しの下で寝転がるのは この世界では最高の贅沢だ。
勿論、一般の人々は そんな命知らずな真似はしない。
都の近くで比較的安全とは言っても 巨大な獣は普通に出るのだ。
種を植えたお祝いとばかりに 楽しく食事をした後、陽気に誘われてそのまま寝てしまった。
当然、警戒の魔法も、精霊の守護も有るのだが、あり得ないほど のんきな振る舞いである。
兄妹のように並んで寝ている彼らを 精霊達が呆れたように見守っている。
『ハーッ、羨マシイノゥ。コンナ時ハ ワラワモ実体ガ欲シクナルゾ』
『・・・』
結局、ハルカ達が目覚めたのは あたりが暗くなってからで、都の門はとっくに閉じている。
転移で帰れるが、雨も降らないようなので 野宿する事にした。
夕食を済ませてから湖で沐浴して 遅くなるまで話をしたり、ハーモニカを吹いてピアを喜ばせ時間を過ごす。
眠くなったら毛布に皆で挟まって寝る。
なんとなく日本のキャンプのようである。
結果的に 植えた種の側に寄り添う形で一晩過ごしたのだ。
次の朝、都の人々は 皆が驚き、遂には大騒ぎとなる。
精霊樹の種が近くで眠るハルカやピアの豊富な魔力を存分に浴び、一晩で立派な巨木にまで成長していたからだ。
その大きさは先日命を終えた老木にも迫るほどである。
「あれは精霊樹ですね。・・また、ハルカさんですか」
即座に核心を突いた答えに思い至ったフェレットは城壁の高さよりも さらに遥かに上まで伸びている巨大な木を仰ぎ見ていた。
都のすぐ隣に精霊樹の巨大な木が存在する。
後にフェルムスティアは この世界初の観光名所と成っていく。
「あれっ・・少し寒い」
「にゃー!。ハルカ、死にたく無かったら目を覚ますにゃ」
今、ハルカ達は地上から100メートルほどの高さに居る。枝が絡み合い、まるでハンモックのように毛布ごと持ち上げられていた。
「精霊樹?、一晩で育ったねぇ。まるで ト○ロの木だ」
「木はハルカに感謝しているの。側に居て欲しいみたい」
それはそれで魅力的だが、さすがに安全面が心配だ。
木の側で暮らすとなると 都の外に家を作る事に成る。
いや、それも良いかも・・・・ノビノビとした外での生活は捨てがたい。
精霊樹からの要望はハルカの心に誘惑の根を伸ばしていた。
「いい景色だね・・。もう少し ここに居ようか。はい ピアの好きなゼリー」
「わ、ありがとー」
「ノロには 久しぶりにスルメ」
「にゃー、最高」
ハルカはブラックの缶コーヒーを飲みながら、珍しい上空からの景色を眺めていた。ずっと森の向こうには海らしき青も見えるので見に行きたいが、これだけの広さの森を抜けるのは面倒だ。
「空が飛べたら・・良いのにね」
「以前のわしなら飛べたんだがにゃー。今はさすがに無理にゃ」
「あの姿で箒に乗って飛んだら・・まんま悪い魔法使いの婆さんだね」
「失礼にゃ、ハルカにあげた杖で飛んでたにゃ。
皆がわしを見上げて 羨ましそうにしていたものにゃ」
ハルカには 最後に見た老婆のイメージしか無いため、どう想像しても童話の挿絵にある悪い魔女の姿しか浮かばない。
一方のノロは 若かりし頃の自分を思い描いているため話がズレてしまう。
「杖に乗ったら、・・ひっくり返って落ちてしまうよ」
「?・・あぁ、違うにゃ。杖を飛ばすのではなく、杖の周りの空間ごと飛ぶにゃ。
別に杖に腰掛けなくても持っていれば飛べるにゃ」
「!うぁ、気が付かなかった・・盲点だ」
「ハルカぁ、初めての魔法を試すなら 下に降りてからの方が良いよ」
「うっ・・」
ハルカの行動パターンがピアに読まれていた。
しかし、ハルカにうな垂れる時間は与えられない。
「ん・・!、この音。皆 注意して」
聞こえてきたのは虫の羽音。程なく下から飛んで来たのは、体長3メートルは有ろう巨大なカミキリ虫だ。
間髪を入れず ハルカは氷の槍を頭に打ち込み、ピアは風の魔法で首を刎ねていた。
「精霊樹は魔力が豊富だからにゃ、虫も集まりやすい。
木が元気なら負けないが 弱ると前の木みたいに食い荒らされるにゃ」
「木が大きすぎて虫除けの杖じゃあ間に合わないね・・」
「それに使われている魔法の術式、いわゆる魔法陣を木に直接描いて起動させれば良いにゃ」
ノロはこんな時に頼りになる。お婆ちゃんの知恵、年の功というやつだ。
ハルカは杖を取り出し、魔力を巡らして中を覗いてみる。
術式を壊すのは得意だが 自分で扱うのは苦手なようだ。
「ん・・分かったけど・・どうやって描こう」
「普通は錬金術で作った魔法の顔料を使うにゃ。それが無い時はにゃ・・」
「了解した」
ハルカはトコトコと枝の上を歩いて幹に近寄っていく。
その足取りには 一切の不安も恐怖も無い。
多くの精霊たちが手を貸し 守っているのが感じられるのだ。
そこはまるで 描く為に予め平らにされていたように書きやすくなっていた。
ハルカは指先にしっかりと切り傷を付けて血を滴らせる。
さらに魔力で血液の動きを自在にコントロールしていく。
自分が召喚された時に使われていた魔法陣は血で描かれていた。つまり そういう事なのだろう。
体に魔法で補正してエアブラシのように血を吹き付けて正確で大きい円を描き 各種の図形と文字を描いていく。全てが細い線とは言えかなりの血液を消耗したはずだ。
何事も無いように行っているが、一流の魔術師が数日かけて描く仕事なのだ。
ハルカは魔術師に転職しても一級品なのである。
何時の間にか近くに来ていた ノロとピアは その作業に見入っていた。
「出来た・・」
「おおっ、早いのぅ。なら、その魔法陣にハルカの魔力を流すにゃ」
こうして、精霊樹は巨大な魔よけの杖となった。
仕上げに魔法陣には保存の為の結界が施され完成である。
精霊樹の本体は勿論、半径二百メートルは魔物も虫も入って来れない聖域だ。
それは 都の一角が天然の城壁に守られた事を意味する。