41、えっと・・500本?
ハルカは走る。
理不尽な魔の手から逃げる為に。
まだ、回復していない体は 運動不足も重なって全く思い通りにはならない。
身体強化の魔法が無かったら とっくに捕獲されていただろう。
「はぁ、はぁ、ひぃ、はぁ」
そろそろ魔法も切れそうだ。
路地裏に隠れて息を整える。
「そろそろ話を聞いていただけますか?ハルカさん」
「ひぅ、」
「そんなに驚かないでください。追跡は私の得意とする分野なんですよ」
ポーカーフェイスの口元を 少しだけ上げて微笑む?、冒険者ギルドマスターのフェレットだった。
ハルカが領主の館で目覚めたのは 昼を少し過ぎた頃だった。
(そうだ。鶏肉の・・料理。もらいに行かなくちゃ)
気だるい体を起こして、モゾモゾとベッドから這い出る。
「あれっ・・・・これって」
この時、ハルカの着替えとして用意されていた服は なんと、男の子用の服だ。
おそらく シーナレストのお下がりなのだろう。
膝くらいの半ズボンと ワイシャツに似た服に上着という組み合わせだった。
言うまでも無くハルカは大喜びで着替えていた。
ネコのノロから見たハルカの姿は「元気な女の子が動きやすい服を着ている」ようにしか見えなかった。
ハルカは 例え無骨な軍服を着たとしても「男装の幼女」にしか見えないだろう。
カチャッ☆「失礼いたします。食事の用意が・・・・」
侍女が様子を見に来たときには、ハルカとノロは すでに転移で脱出した後だった。出ていく姿を見掛けた者は誰も居ない。まさに神出鬼没である。
「オッチャン。来たよ」
「おおっ、待ってたぜ、ハルちゃん」
お互いに満面の笑みで阿吽の呼吸で挨拶する 意気の合った仲間のようだ。
広場では例の如く、頼んでいた鶏肉の料理を大人買いしていく。
シチューやスープを受け取る為に鍋も持参していた。
ハルカは高価な肉を提供しているのに、自分の欲しい量の料理が手に入れば 満足し他には金銭など何も要求などしない。そのため 屋台の店主たちも 料理を値上げせず常連客に振舞っている。
料理を手にしたハルカ達が 近くのベンチでネコと二人で心底 美味しそうに食べている為、それを見た人々が連鎖的に買いに走る現象がおこり どの屋台も大盛況になっていく。
ハルカは店主達にとって まさに福の神であった。
お腹も満足して、温かい日差しの中 ゆったりしていると、広場の向こうから走って来る男が居た。
ハルカは咄嗟に ノロを確保しながら逃げた。
理由は何も無い、本能が面倒事を察知して体が動いていた。
そして しばらくの時間、少女を追いかけるオッサンの姿が町中で見られる事と成る。
「もぅ、何だよ。・・恨みでもあるの?」
憩いのひと時を邪魔され、あげく逃げたのに捕まって 観念したハルカは 大いにふて腐れていた。
「まさか、ハルカさんに恨みを持つほど 命知らずではありませんよ。実は 昨日からずっと探していたのです。別に手間は掛かりません。売ってもらいたい物が有るのです。ここでは言えませんので、申し訳有りませんが ギルドまでお越しください」
フェレットはそう言うが、ララムの父親だからこそ遠慮したのだ。それが無ければ、男が血相変えて追いかけた時点で 躊躇い無く地獄を見せていただろう。
まさに 知らぬが仏 そのもの。彼はハルカが使う その手の魔法を知らなかったのだ。
誰にも干渉されない拠点が欲しい。
この頃から ハルカの願望は徐々に強くなっていく。
その頃、領主邸では・・。
やっと、何時もの調子を取り戻したシーナレストが、領主である父親に報告もかねて話をしに来ていた。
「ボクは昨日 ハルカに結婚を申し込みました。事前に相談をしない事は謝ります。ですが、どうか認めてください」
「・・・ダメだ」
この世界では、子供が作れる体なら結婚する資格が有った。
当然だが経済的な事も関わって来るのだが、それは当人達の問題とされた。
とは言え、彼の申し出は唐突であり、シーナレスト自身 すぐに適うとは思っていなかった。案の定、父親からは 否の言葉が出る。
「身分が違うのは承知しております。しかし、あの子は命を顧みず 何度もボクを助けてくれました。あんな素晴らしい女性にめぐり合えるなど、二度と無いでしょう」
「落ち着け、あの子がお前を助けたのは間違いない。それは分かる。素晴らしい魔法の使い手だ。身分など気にする必要は無いし、私もあの子を気に入っている」
「では、何故・・」
領主は 何も知らされていないであろう 不憫な息子に真実を告げなくてはならなかった。
「ハルカは男の子だ。お前は男同士で結婚するつもりだったのか。許す訳が無かろう」
「・・えっ?」
「もう一度言う。ハルカは男性だ。
昨日、あの子に着替えをさせた侍女が確認している。まぁ、誰一人として気が付かなかったくらい美しいからな。お前が勘違いしても 誰も責めたりはせんよ」
「えっ・・。なっ」
彼にとって、一生の思い出となる暗黒歴史であった。
ハルカの予想通りシーナレストにとって最大級の黒歴史である。
可愛そうな失恋をした息子を一人にすべく、領主は部屋から出て行った。
被害者であり、同時に罪な女?であるハルカは 冒険者ギルドでお茶を飲んでいた。
サラスティア王国で飲んだハーブティーとは違う香りのお茶だ。
「軍隊蜂の針と精霊樹の枝?」
「そうです。先日ハルカさんが ギルドに卸してくれた中に有りました。
もしかしたら 沢山お持ちではないかと思いまして。もし有りましたら 是非ともお譲りいただきたい」
「この前は・・沢山売るなって言ったくせに」
「その点は申し訳有りません。我々も 売る為に手に入れる訳では無いのです。
この町の領主様が国に槍を二百本納品しなくてはなりません。しかし、材料と時間を考えた場合、とても間に合いませんでした。しかし、今 申しました材料が有れば 何とか間に合うのです。ぜひ 御力を貸して頂きたい」
「ララのお父さんが・・分かった」
「有難うございます。それで・・数は以下ほど有りますか?」
フェレットは ガラにも無くハラハラしていた。ここまで話をして、数が足りなくては意味が無いのだ。
「えっと・・針は5百と少し。枝はもっと有るね。邪魔だし、丁度いいからあげるよ」
「良かった・・。本当に良かったです」
タダは流石にまずいので 格安で売る事になった。
その代わり、出所は極秘扱いとする条件を付ける。
その点は、ギルトとしても当然なので何ら文句は無い。
特別に用意された部屋に素材を並べていく。
実際に並んだ実物を見て、その素材がそろって手に入るという 異常な現実を思い知らされる。
どちらの素材も 数が手に入らないのは有名なのだ。
たとえ、全ての冒険者に依頼を出したとしても 手に入るか疑問なのである。
一方、ハルカからすると 亜空間倉庫の在庫が多くなり 探し難く成っていたので 色々と処分したいと考えていて 渡りに船であった。
こうして 軍隊蜂の針と精霊樹の枝が 望むよりも多く手に入った事により 関わる人々は問題解決に向けて活発に動き出す。後は時間との勝負であり、少なくとも 胃に穴が空くようなストレスは無くなっていた。
フェルムスティアの名士達は 誰とも分からない素材提供者に心から感謝した。
この時、ハルカは倉庫の中を検索していて 思い掛けない物を幾つか見つけていた。
それにより、都の住人達は少なからず驚かされる事となる。