40、精霊王の楽しみ
万全では無かったとは言えハルカの超絶魔法でも消滅しなかった黒い存在。
「よもや、我が享楽の騎士団が全滅しようとは」
己が体を半分失っているというのに倒れる事も無く恨めしい声を出す。
リッチ、ネクロマンサー、不死者・・様々な肩書きを持つ存在であり、それでいて ノーライフキングには手が届かない中途半端な存在でもある。
「ひっひっひ、そこな魔力を纏いし子供を食らわば 我は完全な者となろう」
『フッ、タワケタ事ヲ。オ前ノ汚レタ魔力ニトッテ、コノ子ノ清ラカナ魔力ハ毒ニシカ成ルマイ』
「雑魚が吠えるでないわ‼」
「言葉は尽きた」とばかりに 黒い存在が腐食の波動を放てば、対する守護精霊は浄化の波動をぶつける。
人外たちの戦いは 物理的な衝撃を思わせる圧力を振りまいて大地を震わせた。
だが早々に勝敗はハッキリする。黒い存在の魔力が尽きたのだ。
先のハルカの攻撃を凌ぐだけでほぼ力尽きていたためだろう。
「我が力が完全ならば 相手にも成らぬ雑魚が・・」
『ソレヲ負ケ惜シミト言ウ。チカラ尽キタヨウダナ』
「ふっ、我を殺すがいい。
我は不死なり、蘇って必ず そこな人の子を手に入れてみせる」
黒き存在には確固たる実績が有った。
今まで何度となく負け去り遂には塵となり消されてきたが、その都度 蘇り、最後には勝利してきた。黒き存在は強者であった。
それほどの戦闘経験も熟練度も完璧にひっくり返せる強大な魔力の人間に負けた。
そしてだからこそ確信する。
その人間の力をわが身に取り込めば「己が存在そのものが跳ね上がる」と。
今は負けようと最後にはいかなる雪辱も晴らせるのだ。
だが、そんな都合の良い予定は成り立たない。
ここにその野心を消し飛ばす もう一人の強大な存在が居た。
「はぁぁ・・・・。ハルカに手を出す・・・と?」
キリキリと質量を感じさせるほどの強力なプレッシャー。
それは大切な存在を守るため。
今まで誰にも知られていなかったその姿と魔力を顕現する。
「!、貴様、何者だ」
「知る意味は無いよ。さようなら」
「くか、やめぇぇぇぇ」
黒い存在は 突然巨大な圧力を受け、死ぬ事も適わずに小石のように圧縮されていた。
更に強固な封印が施され、魔法によって地中深くまで沈められる。
不死で有るがゆえに 自ら死ぬ事もできない永遠の生き埋めである。
大陸が消えるような災害でも無いかぎり 再び姿を地上に現す事は出来ないだろう。
圧倒的な力で 邪悪な存在を封印したピアは ハルカのイメージした妖精の姿を解いて 本来の精霊の王たる存在となっていた。
『コレ程マデニ力ヲ得テオラレマシタカ。既ニ我ガ守ル意味モ無イ強大ナオ姿』
『そう言わずにもうしばらくは近くに居ておくれ。私はまだまだ ハルカの側にピアでありたいのだ』
「にゃおぉぉぉぉっ。このような場に居られるなんて、これもハルカのお陰にゃ」
ノロが見詰める その姿は神々しく、正しく精霊たちの王であった。
この時シーナレストは気を失っていた為 千載一遇のシーンを見ていない。
皮肉にも目撃者が居ない事でピアの顕現がし易かったのもある。
『うん。ハルカとノロのお陰で 私は数千年は掛かるだろう成長を 僅か数日で成し遂げてしまった。力だけで言うなら 歴代の精霊王が足元にも及ばないほど強くなっている。感謝しているよ』
『最早 何モ心配ナド致シマスマイ。
今ノオ姿ハコノ場ダケノ秘密トイウ事デスナ』
『世話をかけるよ。ピアでいるのが楽しくてね。
ハルカのそばにいると 思い出せないほど遥かな昔に感じた懐かしい気持ちになれるのだ。忘れてしまっていた掛け替えの無い暖かいものだよ』
「何となく分かるにゃ」
『ハルカは 私の力を もう少し頼ってくれても良いのだがな。
それどころか 見た目通りの子供として甘やかしてくれる。
・・頼まれれば人間一人くらい 即座に回復させるものを。
普通の人間ならば、得た力を持て余し 己が欲望に振り回されるだろうに、
この子は そんな事カケラも考えていないね』
『嬉シキ事カナ良き宿主トメグリ会エマシタ。 長キ時間ヲ過ゴス我等デス。ホンノ数十年 コノヨウナ時間ガ有ッテモ良イモノト愚考致シマス』
ノロ、ピア、そして守護精霊は、これからもハルカの側に居る為の盟約を結ぶのだった。
*************
夕方になり、フェルムスティアの外で農作業をしていた人々は家路を急ぐ。
都の周辺は魔物も近寄らず、比較的に安全とはいえ 夜は話が別である。
この時も家に向かっている一台の荷馬車が、毎度の事ながら門での検問を受ける。
「ん?。後ろの荷台に乗せているのは誰だ?」
「えっ、そんなはずは・・あっ、何時の間に乗り込んだ」
荷台には横たわる二人の姿が有った。
衛兵は荷物に紛れて侵入する存在を殊の外警戒する。
全ての衛兵が神経を研ぎ澄ます。
「いや、ちょっと待て、この方は!」
「おい、御領主様に報告だ。大至急‼」
シーナレスト生還の知らせは長年 開く事の無かった領主の涙腺を崩壊させていた。
そして、息子の隣に横たわる血まみれの少女?を見て領主も そして居並ぶ騎士達も納得させられていた。
次期領主の命を救ったのが誰なのかを。
急遽、医者が呼び出され二人は 診断されるも魔法で治療された痕跡があり命に別状は無かった。
ララレィリアは兄ではなく ハルカにすがり付いて大泣きしている。
領主は(得体の知れない子供であるにもかかわらず)ハルカを最高の賓客として扱うように指示していた。
これにて、箱入り息子シーナレストの 一世一代の大冒険は終わりを告げた。
回復した後、徹底的に再教育されたのは言うまでも無い。
ハルカが目を覚ましたのは次の日の朝だった。
すぐにノロが飛びつき、ピアが現れて抱きついてきた。
微笑ましいその様子を おどろおどろしい怨念の篭ったような目で見つめるララレィリアがいた。
その近くには 何時もの侍女が控えている。
「ハルカ、ちょっと・・良いかしら」
「ん?」
只ならぬ雰囲気の姫様に 何か有ったのか とハルカも緊張する。
「ハルカ・・貴方、男の子なの」
「えっ、・・うん」
ララレィリアは射殺すような目から 見る見る涙目になり 顔も真っ赤になっていく。
寝ている間に世話をされてバレたのだろう。
「う、うえっ・・うあーんんん。ハルカのばかーっ」
もの凄い勢いで走り去る後姿を 呆然と見送ってしまう。
残った侍女も少し顔が赤い。
「姫様は以前ハルカ様に助けられた時に、その・・お尻とか 全てを見せてお世話をしてもらった事を 恥ずかしがっておられます。このままでは お部屋から出て来られないかも知れません」
ハルカは思い出し、自分の迂闊さを思い知る。
少女にとって アレは自殺ものの恥ずかしい出来事だ。
下手をすれば 本当に自殺しかねない。
ハルカは まだダルい体を無理やり起こして、彼女の部屋に案内してくれるよう 侍女に頼んだ。
「姫様、失礼致します」
容赦なく姫の部屋に入っていく彼女の後ろに付いていく。
幼い姫君はベッドに伏して泣いていた。
「ララ・・」
ピクッと肩が揺れて 泣き声も止んだ。
勢い良く立ち上がるとハルカに駆け寄り・・
ビシッ☆バシッ☆
「貴方なんて・・打ち首よ、死ねば良いのよ。うえーん」
往復ビンタをかます 変化の激しい姫様だった。
小さい子供は 泣いたら落ち着かせるのが先だ。
ハルカは素早く、そして強めに抱きしめ 優しく何度も頭を撫でた。日本以外では子供の頭を撫でないと聞いていた気がするが 今は気にしている場合ではない。
「ララ、人は 苦しくて死にそうな時は 恥ずかしいなんて関係ないんだ。ララが助かって嬉しい。あの時の事は何一つ後悔してないよ」
ハルカは 身体強化の魔法まで使って 気持ちを伝えようと頑張った。近くで見ていた侍女のほうが感激している。
こうなると感情の問題なので 下手に理屈を捏ねない方が良い。
「でも、でも。恥ずかしいよぉ」 ぐすっ、
「大丈夫、大丈夫」 なで なで
ララレィリアは徐々に落ち着いてくると 今度は抱きしめられている事が恥ずかしくなってきた。もう良いと 離れようとするが、どんどん重くなってくる。
「えっ、え?あれっ」
ハルカは気を失っていた。
出血多量で まだ動くべきでは無かったのだ。
「大丈夫ですわ 姫様。部屋にお連れして寝せてあげましょう」
「ど、どうしよう。私のせいなのね」
「心配要りませんわ。姫様を思って無理をされただけです」
「だから、それって・・」
「それにですね、女性が恥ずかしい所を見せるのは 結婚した相手なら当たり前なんですよ。この意味分かりますね」
「!。そうか。ハルカと結婚すれば良いのね」
「ふふ。元気な姫様に戻られて嬉しいです」
こんな作戦が練られているとは 知らないハルカだ。