34、再会、そしてコルタニアス
ハルカが目覚めると見覚えのある天井が見える。
(あれ、この部屋・・見た事ある)
どうやら フルベーユ商会の商館に居るらしい。
「どうして・・」
「お目覚めですか。ハルカ様」
「うっ・・」
声の主はフレネット付きの侍女 フィルファナである。
彼女はカチのショタであり、先日も夜這いして来た前科が有る。
ハルカが念の為 自分の下半身を確認すると下着は無事だった。
「ご安心下さい。大旦那様と大奥様が逗留されている時に襲い掛かったら クビに成ってしまいます」
言外に 「それ以外は襲う」と言っている。危ない奴め。
誰も入って来れない家が欲しい。出来るだけ早く。
「それと、どうして・・の答えですが、寝ておられるハルカ様と冒険者の皆さんを 途中で大旦那様が馬車にお乗せしてフェルムスティアの都までおつれしました。
ハルカ様は宿を解約されていましたので、そのままこちらでお預かりしました。
気が付かれましたら お会いしたいと大旦那様と奥様に頼まれております。」
「大旦那様?」
「そうです。フルベーユ商会の会長です。サラスティア王国への交易からお帰りになられたのです」
ハルカが用意されていた服に着替えて応接室に向かうと、途中で30歳位の男と出会った。受ける印象はフェレットのように鋭く 油断ならないものがある。
男はハルカを見て一言
「なるほど。君がハルカ君だね。本当に女装が趣味なんだな」
グッサーッと、ハルカの心に致命傷を与えてくれる。
この世界に来て最大の精神的ダメージを受けた。
「お帰りなさいませ。若旦那様」
若旦那と言う事はフレネットの父親なのだろう。
大方、女装趣味の変な子どもが 娘の周りをうろついている、という認識なのだ。
何と言う屈辱か。
「ハルカぁ、おかえりー。何処行ってたのー」
フレネットが駆けつけてそのまま父親無視でハルカに抱きつく。
すぐ近くから射るような視線と殺気が ハルカに注がれている。
見なくても 親がどんな顔をしているか分かる気がする。
これはある意味、父親に対する最高の仕返し、かも知れない。
ざまぁ
しかし、ハルカの心は晴れない。
不必要な人間関係に気を遣うとか‥‥
(あー・・めんどくさい)そう 心の中で叫ぶハルカ。
日本で避けてきた面倒事が 何故かこの世界では押し寄せて来る。
「あっ・・」
「お久しぶり、ハルカちゃん。いやハルカ君かな」
「そのドレスも とっても良く似合うわ」
ドアを開けたそこには 来る途中に出会った老夫婦がいた。
なるほど、フルベーユ商会の会長。今更ながら「なるほど・・」と納得できる。
それは良いとして 二人の口ぶりからするとすでに男だとバレてる。超恥ずかしい。
「お世話に・・なってます」
「大歓迎ですよ。いっそ養子にしたいくらい」
「ダメーッ。兄妹になったらお嫁さんに成れないもん」
「あらあら、フレネットも可愛いわね」
何が気に入られたのか ハルカを家族にする気満々である。
(ゆるさん)ぶつぶつ
若干一名は大反対らしいので それだけでも大変助かる。是非頑張って欲しい
「早かった・・ですね」
「そうなのよ。あれから旅も順調でね、気がかりな盗賊も出ないし 魔物も数えるだけだったわ。ハルカちゃんのおかげね」
「待ってください、母さん。何故そこで この・・少年のおかげに成るのですか?」
フレネットの父親は訳が分からないという感じだ。ハルカですら分からない。
無理も無い話だ。
彼からすれば どうしてハルカと親が知り合いなのか、どうして この場に居るのか?フルベーユ商会はどう見ても大店だ、その家族のプライベート空間に正体不明の
(しかも女装趣味)子供が入り込んでいる。それだけでも意味不明なはずだ。
あげくに 「旅の成功が ハルカのおかげ」と言われたら混乱もするだろう。
「あら、聞いて無かったの?。ハルカちゃんは一人でサラスティアから ここまで歩いてたどり着いたのよ。凄いでしょ」
「一人じゃない・・ノロもいた」
「ニャーーッ」
「なん ですと・・。まさか、あり得んでしょう」
この時になって 父親のハルカを見る目は変っていく。
商家のボンボンでも親バカでもなく、大勢の人間を背負っている責任者の目だ。
「やれやれ、お前の人を見る目は まだまだだな。フレネットの方が直感で見極めてるようだぞ」
「しかし、そんな事が・・。そうか、君は魔術師なんだね。それなら 子どもでも納得できる」
「違う・・魔法使い」
「そうだよ パパ。ハルカの魔法は凄いのよ、悪い奴もぶっとばしたんだから」
「悪い奴・・何の事だ、フレネット」
「あっ、う・・」
「後でゆっくり 聞かせてもらうからね」
「はい・・パパ」
先日の事件は秘密にしていたのだろう。フレネットは特大の墓穴を掘ったらしい。
後で叱られるのが分かって元気が無くなった。
「まぁ 要するにだ、わしらが無事に しかも早く帰れたのは ハルカ君が道中の掃除をしていてくれたからだな。コルよ、これがどのような意味を持つか 自分で考えなさい」
「・・・・情報不足でした。恥ずかしい限りです」
フレネットの父親の名前はコルタニアスという。
彼が何も知らないのは無理も無い。
ハルカが都に到着して間も無く 軍隊蜂の騒ぎになり、各責任者は 走り回って対応に追われていたのだ。娘の命が危なかった事を知らなかった程だ。
フレネットから話を聞き 事件の情報を集め、分析が終わってキモを冷やすのは後の話である。
*******
その頃、領主の息子シーナレストは 人生二度目の 命の危機に瀕していた。
彼はハルカが見逃したニワトリの群れに襲われている。
細い山道を 馬を酷使し全力で逃げているが、巨大なにわとりの群れは 藪を掻き分け襲いかかって来る。
彼と同行していた巡回の警備兵は 最初の襲撃で呆気なく全滅した。
弱肉強食は自然の摂理であり、彼らはコッケーの縄張りに入り込んだ鴨葱。
この世界、状況が変れば 食われる立場になるのは人間なのだ。
「クケーーッコッコッ」
「くそっ、デカイくせに足が速い」
ガザザザッ「クアッ」
「!」
ドカーッ☆
突然 横からの襲撃。
厳しい環境で生き抜いてきたニワトリたちは賢い。
組織的に 退路に待ち伏せをする伏兵を用意していたのだ。
巨大な鳥に体当たりをされて 馬は木に叩きつけられ、シーナレストも派手に弾き飛ばされた。
彼はそのまま 5メートル下の川岸に落ちていく。
不幸中の幸い なのだろうか。
色々な条件が重なって 彼は生きながらえた。
落ちた場所は 川と崖に挟まれた 狭い場所だった。
また、骨折をするという重症でありながら血を流さなかった。
鳥たちも馬を食べて満足したのか探しには来ない。
朦朧とした意識の中、彼は 自然の中にあって 自分が無力である という事を思い知る。
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「イリュージョンタイガーの毛皮ですか?」
「どうだ、素晴らしいだろ。ワシも長年商売しとるが こんな完璧な毛皮は見たこと無い」
「サラスティアでは このような品が手に入るのですか?」
あれから少し話をした後、女性陣と分かれて フルベーユ商会の会長と息子は保管庫に来ていた。
本当に大事な話がある時は あえて この様な場所のほうが話しやすい。
「それが 違うのさ。これは 途中で出会ったハルカ君から委託された品なんだよ。
今度のオークションに出そうかと思っておる」
「!」
話の毛皮は以前ハルカと取り引きした品物だ。
他の毛皮は早々に売ったが さすがに王室が欲しがるものを他国で売る訳にもいかず、今もこうして手元に保管されていた。
「魔法使いとは聞いていましたが・・それ程の使い手だったのですか。
父さんがここに呼んだ理由がわかりました。確かに私の人を見る目はまだまだです」
「それでな、そのオークションには お前が行って来てくれ。
ワシらは長旅で疲れたし 頼みたい。良い経験に成ると思うぞ」
今回のサラスティア王国での交易は大成功だった。
戦争の後と言う状況で色々な品が不足していた。それに加え新しい土地が開拓され 町を作る為に国自体が動いていた。
さらに ハルカが売り渡した 質の良い毛皮を欲しがる商人が多く、終始有利に交渉が進められた為だ。
「その話は嬉しいですね。後で詳しい話も聞きたいですが 今は少し厄介な問題が有って、すぐに出かけるのは無理な状況なんです」
「ほう、初耳じゃな聞かせてもらえるかな。ワシらが出た後の話であろう」
「ええ、王都で今度 皇太子の成人の儀が行われるのは知ってますよね」
「うむ。それで?」
「その一環として新しく二百名程の騎士団が創設されるようです。皇太子の指揮下の直属部隊って事です。その流れで うちの領主が その騎士団が使う 槍200本の手配をする役目を仰せつかってしまいまして・・」
「なるほどのぅ」
それだけの話で 大よその見当が付いた商会の主。
キルマイルス帝国が軍備を整える目的で 密かにこの地からも武器防具を買い漁っていた。必然的に品薄状態となり材料の金属も高騰している。
この世界で金属類などは足りないからと言って直ぐに補充される物ではない。
生産力が低いので回復するには時間がかかるのだ。
問題は鉄不足だけでは無い。
槍の柄を木材で作ろうとするなら、しなやかで丈夫な材料が不可欠だ。
今の状況で 二百もの槍を調達するのは至難の業だ。
商業組合では さぞ難儀している事だろう。
じつは冒険者ギルドが修復に手間取るのも 木材不足が一番の原因だった。
注文されて納品出来なくては商人の名折れ。
帰って早々 難題に苦悩する主人であった。