33、コッケー襲来
虫の集まる臭いでも嗅ぎつけたのだろうか?。
5匹の巨大な鳥が現れ、死んだ虫を凄い勢いで食べていく。
生き残った虫も丸呑みにされていた。
「クッケーーーッッコッコッ」
その見た目は、まんま ニワトリだ。
しかも、気性の荒いシャモと呼ばれる種に似ている。
ただし、やはりデカイ。
二階建ての家ほども有る巨大なニワトリである。
エサを啄ばむ くちばしの動きは目で追えないほど早くて強烈だ。
恐ろしい光景。・・・ただし
それを見ていたハルカの脳裏には 様々なヤキトリのメニューが思い出されていた。
無理も無い。
見知らぬ獣や まして 魔物なんて食べている世界で、明らかに美味しい部位を知っている獲物だ。それも 殆どの部位が お酒のつまみになる様な嬉しい食材である。
などと、妄想を楽しんでいたら 目の前にくちばしが迫っていた。
サクッと短距離転移。
横から魔法で 首を切り落とす。
ハルカらしく無い攻撃だが ラカントが前に出て盾で庇おうとしていたので そうしないと彼が危なかった。
盾を装備していたとしても あの嘴の一撃は耐えられないだろう。
首を切断した事で彼がメチャメチャ血を浴びていたのは気の毒だったが。
そして自動で 鶏肉や各種部位が倉庫に回収された。砂肝や軟骨まで有る。
ちゃんと分離され 予想通りの美味しい部位が手に入って 思わずホクホクのハルカである。
しかし、そろそろ魔力がキツイ。
「次の鶏肉を・・ん?」
場が急に静かになった。
ゲームの途中でミュートボタンでも押したような 静けさだ。
見ると、リーダーらしいオス鳥が 立ち止まってハルカを警戒している。
今の魔法攻撃で鳥達はハルカの恐ろしさを認識したようだ。
そんな鳥の前に ピアがトコトコと歩いて行く。
今のピアなら 鳥など相手に成らない位 強い。
全く心配要らないのだが、見た目が幼女なのでハラハラさせられる。
(ハルカは 自分も周りから そう見られているとは考えていない)
鳥も コルベルト達も その様子に見入って動かない。
少しして 気が済んだのかピアがハルカのもとに歩いてきた。
「ハルカ、鳥は謝っているの。見逃してやって」
精霊は人間以外とも意思の疎通ができるらしい。
ちょっと惜しい気もするが ハルカも魔力が厳しい。
和平交渉に合意することにした。
ピアがそう伝えたのだろう、鳥達は素早くその場を立ち去っていった。
たった一撃で相手の力量が分かるなんて 人間達よりよほど賢いニワトリである。
他に危険が無いのを確認してから 血を浴びたラカントにミルチルと2人がかりで浄化の魔法をかけて臭いも消す。
朝も早くから 濃密な戦いが続いて疲れてしまった。
見渡すと、巨木が消えた事と戦いによって荒野のような 広場のように成っている。
色々な匂いで魔物が寄って来るため その場所から離れて 街道近くまで移動する。
シチューの残りと 屋台の料理を取り出して やっと簡単に朝食を取る事ができた。
「あらっ、ハルカちゃん寝ちゃったね。無理も無いけど、無防備で子供らしいわ」
ハルカは串焼きを手に持ったまま、ミルチルに凭れ掛かって眠っていた。久しぶりに魔力が辛くなるほど使った事も有り、短い時間でかなり疲れている。精霊樹は亜空間倉庫に収納できたものの あまりの質量に解体分別する為の魔力が足りないほどだ。
「最近 何度も命ギリギリの戦いが続いたからかな?、おい達 今日も 凄い戦いだったはずなのに それが普通な事に思えてしまったな」
「気が付いたか、俺たち かなり実力が上がってるぞ。この子と居ると 本来なら戦えない強い魔物と戦って勝ってしまうせいだと思うが・・ミルチルも 魔力切れしにくく成ったし、ラカントの防御力も上がってる」
「この子のおかげかぁ・・。凄いよね。でも、まだ可愛い子供だわ。ふふっ」
「凄すぎだよ。おかげでパーティに誘えない。
情けない話だが俺達じゃあ足手纏いになる。子供に寄生する何て出来んよ」
「欲は出さない方が良い。おい達は仲良く出来るだけで充分だし、この子を利用しようなんて 王様でも無理だ」
「また こうやってハルカちゃんと冒険がしたいね」
「仲良くしてれば機会も有るさ」
ゴトゴト、ゴトゴト☆
食事を終えた彼らの近くを 数台の馬車が通りかかる。
しかし、馬車が停止した事で コルベルト達が一気に警戒し緊張する。
それは 馬車の護衛たちも同じであった。
「ハルカちゃん!」
場違いな声を出し 馬車から初老の婦人が飛び出した。
馬車が来た方とは反対の街道から 6騎の馬に乗った男達が進んで来る。
要所を金属で守り 動きやすく武装した巡回の警備兵である。
ただし、その中に一人だけ 仕立てのいい旅人の姿をした若者がいた。
「巡回警備に シーナレスト様が同行していただけるなんて光栄ですな」
「そんな立派なものでは無いよ。たまには外の世界を見たくてね」
よもや、少女の後を追っている、とは言えない次期領主様である。
ギルドマスターからハルカの動向を聞き出して 早速会いに来たのだ。
思い立ったら行動する所は少年らしいが 指導者としては落第である。
何事も無く進んでいくと 前方から数台の馬車が向かってくる。
記された家紋はフルベーユ商会のものだ。
特に警戒する必要も無いので、お互いそのまま素通りする。
皮肉な擦れ違いであった。
寝ていたハルカは商人達の馬車に、コルベルト達3人は 護衛用の馬車に便乗させてもらっていた。シチューの鍋も忘れずに積み込んでいる。それを見た護衛達は怪訝な顔をしている。鍋を抱えた冒険者など見た事も無いからだ。
「場所を取ってすまんな、こいつは あの子からの預かり物でな。許してくれ」
「それならしょうがねぇ。俺達はあの子には恩が有るからな」
王都スティルスティアの冒険者ビルディン達は ハルカにもらった肉の事を忘れていない。
旅に出る為に持ち込む食料には 肉や野菜なども有るが、長い旅路全てに間に合うほど持てるはずがない。途中からは 味気ない保存食ばかりが続く。
それに耐えられなくては旅など出来ない。
しかし、そこは人間である。満足に食べなくては疲れるし 喧嘩も起き易くなる。
運良く行く手に獲物が居れば狩りが出来るが 護衛が雇い主から離れる訳にはいかないため それ以外では食料調達など出来ない。
「あんた達も護衛の仕事はした事あるだろ。途中からは 食い物が寂しくなって殺気立つものさ。その一番キツイ時に出会ったのが あのハルカだ。商人は気前良く 途中で手に入れた肉を奮発するし、ゆっくり休みも取れた」
「なるほどな。俺たちなんて 魔法で命を救われたぜ」
「ああ、魔法か・・ありゃあスゲエな。あんな子が仲間なら・・何でも出来そうだ」
「止めといた方が良い。俺たちも それは考えたが あの子には手を出すべきじゃない」
コルベルトは気が付かなかったが、この時 ビルディンの目の奥には剣呑な光が有った。コルベルトの返答次第では殺されていたかも知れない。
「同感だ。俺はスティルスティアの冒険者でビルディン。良かったぜ、お前等が あの子を利用しようと考えていたら魔物のエサにしなきゃならねぇとこだ」
「ふっ、俺はフェルムスティアの冒険者コルベルト。今の言葉 そっくり返すぜ」
この遣り取りで やっと馬車の中は緊張感が解けたのだった。
子ども一人の事で お互いに命を掛けていたのである。
異常な事なのに 彼らは誰も不思議な事には思わなかった。
「でだ、話の続きなんだがな。あの子は 俺たちが肉に飢えてたのを見ていたようでな、別れ際にウサギの肉を2匹分 まるごと渡してくれたのさ。嬉しかったぜ、分かるだろ」
「ああ、食い物では俺たちも世話になったから良くわかるぜ」
「ハルカちゃんは料理も上手だから、将来はお嫁さんに引っ張りだこだね」
「うんうん。おいがあと10年若かったら立候補するな。あの料理が毎日食えるなら 馬車馬のように働けるぜ」
ん?‼
「・・ちょっと待て。お前等の世話になったってのは、あの子の料理なのか?。
・・まさか、その鍋」
平和な雰囲気の馬車に 再びおびただしい殺気が満ちてきた。
「なぁ、コルベルト君。ものは相談だが、命が惜しかったら・・鍋の中身を食わせてもらえるかな?」
「はー・・。おまえなぁ、そりゃ脅迫だ。食わない方が身のためだぞ」
「てめぇこそ、食わせたくないから脅かしてるだろが」
「違うよ。食べたら また食いたくなるし、他の料理が物足りなくなるんだ。味を知らない方が幸せだぞ」
ゴクッと、沢山の音が重なる。
思えば 彼らは旅の途中で一番飢えている時である。
コルベルトは早々に諦めて鍋を提供した。
一口食べて味を知った彼らが 壮絶な取り合いをした事だけは記しておく。
鍋が舐め取られたようにキレイになった頃、護衛の面々は諦めたのか ようやく落ち着いた。
悲しそうな その姿が自分達を見ているようで、コルベルト達も苦笑いを浮かべるしかない。
「しかし、出先でこんな美味いものを食うのか。とんでもないな」
「疲れて眠ってなかったら 他にも食えたかもな。あの子は凄い沢山の食べ物を持ち歩いているみたいだ」
「なるほど、大量の毛皮に あれだけの肉を持ち歩いていた魔法だ、見ていれば納得も出来るぜ」
「あの魔法は凄いな、商人が見たら涎を垂らしそうだ。って、おい、まさか・・」
「あー、心配ないぜ。フルベーユ商会の旦那達は俺ら以上にハルカを気に入ってるからな。利用しようなんて考えないし、下手な商人があの子に手を出したら すぐに潰されるだろうぜ」
男達の会話は まるで自分の娘に虫が付かないか 心配する父親のようである。
もっとも、彼らは今もハルカが男だとは知らない。