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30、老いらくの厨二病

フェルムスティアの都にある冒険者ギルドの建物は 上位の精霊に襲撃され半壊する被害をうけた。今は急ピッチに修復作業が行われている。


臨時の措置として 近くの空き家を 仮の冒険者ギルドとして開業しているが効率は思わしくない。


ギルドマスターのフェレットは そんな中で各種の問題を処理していた。


そんな忙しい彼の元に一通の手紙が届く。

それは 緊急時に魔獣を駆る連絡員が運んで来る最重要の速達だ。


黒焔(こくえん)騎士団・・?」


そこに書かれていた内容は 公式な書面で無ければ鼻で笑いそうな話である。


曰く{カルザックの領地にて、黒き鎧に赤い炎を描きし騎士団・黒き馬を駆り進軍せり。既に数箇所の町村が壊滅せんとす。各地の自警団及び騎士団ともに死滅。

敵に各種魔法は通用せず、国軍の騎士団は追跡するも その影いまだつかめず。

各位、留意され警戒されたし}


「魔族でも攻めて来たのか」とも考えたが 奴等なら こんな地味な事はしない。

むしろ殺戮を楽しむ為に人の多い都を攻撃させるだろう。


「魔法が通じない黒色の騎士団ですか・・・」


嫌な予感がする。


彼の地の領主とギルドマスターの連名で送られて来た事から 今頃は同じ書状が 領主フランベルトの下へも届いている事だろう。次から次へと、厄介な話である。


新たな面倒事に 領主がまたも神経をすり減らすだろうと思い、領主の館を仰ぎ見るフェレット。


だが、その館では それ以上の危機的な大問題が起こっていた。




領主の嫡男シーナレストは 妹に近づく魔女?に とうとう我慢出来ず、ハルカ拘束せんと動き出した。


彼の隣にはローブを着て 本を片手に持つ筆頭魔術師のバラン。


そして、ハルカ達を取り囲むように華やかな鎧を着けた騎士が5人配置されている。



「お兄様?。どうされたのです」


「そこの黒い髪、その手の物は何だ!」


「ん・・マント」


「お兄様、私がハルカにプレゼントした物ですわ」


ララレィリアは ようやくハルカに話しかける事に成功し、先日のお礼として 旅に役立つフード付きのマントをプレゼントしていた。

色は一般的な濃いブラウンで目立たず 作りもしっかりしていて暖かい。

不機嫌だったハルカは このプレゼントに大喜びだ。


ところが、やっと仲良く成れると思った矢先に 兄の乱入で台無しとなり、ララレィリアは かなりムカついている。


「姫様 危険です。こちらへ・・」


「えっ、ちょっと 貴方達 手を離しなさい」


年配のメイド2人が ララレィリアを拘束しハルカから遠ざけた。

騎士達からは 警戒心と少しの殺気が漏れ出ている。

どうやら単なる脅しでは無いらしい。


「姫様、近づいてはなりません。この者は怪しい術で人の心を惑わす魔女です。今も姫様の心を操り 手始めに褒美を騙し取りましたのが動かぬ証拠」


魔女どころか女ですら無いが・・

ローブを着た陰湿な男 バランは 自ら作り上げたデマが まるで真実であるかのように酔いしれていた。自らが物語の主人公のように ノリノリでウソを語りだした。

老いらくの厨二病は 性質(たち)が悪いらしい。



「魔女・・」 プチッ


バランは プレゼントで鎮火しかかっていたハルカのイライラにガソリンを投下。

ハルカは あまりの理不尽な展開に とうとう本気で怒り出した。

守護している精霊も ピアの顕現も押さえ込んで 自ら手を下そうとするほど怒っている。


この場に居る者は誰も知らない。


ハルカの報復は熾烈で残酷なのだ。



「我が魔術にて 魔女の力を封印してみせましょう。戒めのツタよ・・!」


バランがそこまで言いかけた時 彼の足元に一瞬で光りの輪が現れ、次の瞬間には・・


シュコォォーーーッッッ

「ギィィヤァァァァァァ・・・」


鉄をも溶かす 溶接用バーナーを巨大化させたような青い炎が立ち上がり、ハランは一瞬 断末魔の声を上げ 骨も残らず燃やしつくされた。

キルマイルス帝国との戦いで使った魔法の範囲を絞った濃密なものだ。


「ば、バラン先生!。殺せ、全員抜刀!」


「お兄様、ダメーッ」


シュコン☆


一瞬でシーナレストの周りには石の柱が立ち並び 動きが封じられた。

細い石柱が立ち並んだだけに見えるが攻撃しても傷一つ付かない。

この時点でシーナレストは石の檻に捕らえられた獲物でしかなく、魔法在りの世界でそれは生殺与奪を握られたと同じ事を意味する。

そう、一瞬で勝敗は決していたのである。これでは 逃げる事すら出来ない。




そして、剣を抜いた他の騎士達は・・


「にょうろけっせき」


「ぐっ、あぁぁぁぁーーっ」「なん・・・いだーーーー」


使われたのは、ハルカの悲しい過去が作り出した 呪いと言えるほどの残酷な魔法である。それは尿路結石(にょうろけっせき)を生み出す魔法。


尿路結石(にょうろけっせき)】一般には尿道結石(にょうどうけっせき)と呼ばれる症状は 分かりやすく言えば オシッコが出るまでの管にイガグリが詰まったようなものと言われる。

体の中をヤスリでガリガリ削られると言った方が分かり易いかもしれない。

その苦しみの凄さは「痛みの王様」と呼ばれるほどで、どんな拷問より勝るらしい。

地球でも 普通に存在する状態異常なので ハルカを害する人間に使っても誰一人 変には思わず、ましてや魔法だとは思われなかった。


騎士達は 必死に痛みをこらえていたが 堪らずに下腹部を押さえて苦しみ出し 、もはや剣を持つどころではない。

屈強な男達が悲鳴に似た声を出し 痛みにのた打ち回るという地獄の惨状となった。


シーナレストは ここに来て ようやくハルカの力量を思い知る。

今まで彼は 自分が優位な状態での立場しか知らない。

常に自分が上であり 叩くか、許すか、の選択肢しか無かった。

自分よりも立場が上位 あるいは同等の地位を持つ者にだけに気を付けていれば何の問題も無かった。


故に「何が有っても手を出しては成らない相手」が存在するなど 考えても見なかったのである。



「・・殺す」


静かにそう言って 近づいて来るハルカの目は明確な殺気を孕んでいる。

目の前でバランを殺してのけた。 貴族の自分を恐れてはいないのだ。

彼にとって 初めて意識する死の恐怖であった。


美しい少女という見た目から向けられる凍るような冷たい目。

ユラユラと揺れ動く髪の毛はチカチカと光が弾けている。

その姿は顕現した死神のような恐ろしさとなって迫ってくる。


挫折を知らない彼は 生まれて初めて怯えるという経験をしていた。



「まって、ハルカ。お願い、お兄様を殺さないで」


この状況でハルカを恐れる事無く後ろから 抱きついてくるララレィリア。

幼い妹は 嫡男の兄よりも大物なのかも知れない。

ちなみに、彼女を抑えていたメイドたちは 腰をぬかして座り込み涙を流している。目の前で人が焼き殺されたのを見たのだ。きっとトラウマものの恐怖だろう。


ララレィリアの行動は無謀と言えるものだが ハルカに僅かな冷静さを与えていた。


ハルカは思った。

(ここでこの男を殺せば マントを使う度に 思い出すだろう。それはマズイ)

そう考えてギリギリ心のブレーキが働いた。


ハルカはララレィリアのくれたマントが心底 気に入っていたのだ。


ハルカは泣いて(すが)る姫君を引き剥がし 優しく頬にキスをする。

せめて服装だけでも男の姿であったなら 絵に成る場面だったのだが・・。



「マントありがとう。・・だから 許す」


ハルカはそう言うと近くで気絶しているノロを拾い上げ 転移して消えてしまった。


同時にシーナレストを取り囲んでいた石の柱は消えうせ、兄妹2人 白昼夢を見ていたかのように呆然となっている。



「うっ・・。お兄様のばかーーっ」


我に返り、泣きながら走り去る妹の一言は シーナレストの心に止めを刺した。




事は当然 それだけでは終わらない。

後に 騒ぎの内容を知った領主は 頭を抱えて苦悩し、初めて息子を殴った。


別に甘やかしていた訳ではない。

今まで そんな必要が無いぼど 優秀な息子だったのだ。


「我々の行動一つで 多くの兵も民も死んでしまう。そう言って 何度も教えていたはずだな、シーナレスト」


「はい・・父上」


「お前をそそのかし 暴挙を企てた張本人のバランは責任も取らずに死におって、

八つ裂きにしてやりたいわ!」


シーナレストは動揺している。


初めて本気で怒った父に殴られた事も勿論だが、それ以上に 何時もは冷静沈着で懐深く 威厳に溢れている偉大な男が慌てふためいていたからだ。


確かに あの少女の魔法は凄まじかった。

だが、その程度で父が取り乱すとは到底思えない。


「バランが焼かれた場所の石畳は 丸く焼けて黒曜石のようになっていた。

単なる火魔法などではないのだ。石をも溶かす上級魔法だったという事だ」


「!」


「騎士を動かした事、警戒し動いた事はまだいい。だが、何故 何も分からぬ内に動いた。相手の見た目が小さな少女だから侮ったのだろう。

相手を見極めんで戦を仕掛けるなど上に立つ者のすることでは無いぞ」


「はい・・」


領主も分かっている。

相手があの子でなければ 息子の取った行動は不審者相手に対してむしろ当然と言えるものだ。優秀な息子は本能的にハルカを見過ごせなかったのかも知れない。



「昨日 軍隊蜂の襲撃が 何事もなく終わった理由が何かは知っているか?」


「はい、光の妖精が守った・・という話ですね」


「それだけか?。世の中を見る視点を多く持たねば 身を滅ぼすぞ。

わしの知る情報ではな、目撃した者達は全員が 『キラキラ光る子供が踊っていた』と証言していたそうだ。もう良い下がれ。後は自分で考えよ」


「キラキラ光る・・子供、まさかそんな・・」


あの時チカチカ輝いていた彼女の髪、あれを夜に見たとしたら・・。

もしそうなら 数万の魔物を殲滅した魔法が都に向けられたかも知れない。

あの父が慌てふためく訳である。


「・・・・都は妹に救われたのかも知れないな」




領主フランベルトは 息子を叱りながら 自らの配慮の無さに忸怩(じくじ)たる思いであった。


(その手の存在は人間に干渉される事を嫌う傾向にあります)


ここに来てフェレットが言い残した言葉の意味が、重く心にしみてくる。


「あの少女は この都を去るだろうか・・」


どんなに大金を持っていようと、どれほど地位が高かろうと、手に入らないものは入らない。


現代で分かり易いのはスマホだろう。

作る技術も環境も先進各国は持っていたし経済力も有った。

だけど発明されるまで誰一人手にすることは出来なかった。


お小遣いを持っていても生まれていないマンガやアニメは楽しめないし音楽も聞くことが出来ない。だからこそ中世ヨーロッパの貴族は音楽家や画家のパトロンに成り多くの名曲や名画を作らせた。彼らは真の大富豪だったのだ。


新しく創造される物の素晴らしさを、価値を知る者。

力の限界、富の限界を知る者 それが真の富豪(きぞく)であろう。



(長く居ついて欲しいなら今の都のように 気ままで平和な雰囲気を保つのが最善かと愚考いたします)


「気ままで平和な雰囲気・・壊してしまったのだな」はぁ・・・


都で一番の男はそれを知る者であり、だからこそ決して手に入らない存在が自分の収める都に舞い降りた事を喜ばしいと感じていた。


その反動か 今はまるで恋人を失うかのような喪失感を味わっている。





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